2020年06月30日

大祓神事

今日は夏越の大祓神事。

あまり知られていないけれど、年に二回全国の神社で一斉に執り行われるご神事です。


一回目は6月30日

二回目は12月31日

半年ごとの年度末に行われます。


これは推測ですが、古代はいまの一年が二年として数えられていたのではないでしょうか。

だからどちらも大晦日で、その一年の穢れを祓うためにご神事を執り行ったのではないか。


そう考えると、腑に落ちる点があります。


というのも、古代の天皇の没年齢の矛盾が解けるのです。

最高齢が仁徳天皇と景行天皇の143歳。

その他にも100歳以上で亡くなった天皇が9人います。


この記録をもって、古代天皇の存在は神話にすぎないという説が主流になるのですが、もし当時の一年の数え方がいまの倍(今日が大晦日)だったとしたら納得できます。

なぜなら150歳以上は一人もおらず、もし神話なら300歳くらいの人がいてもおかしくないからです。


143歳で亡くなった仁徳天皇が72歳だったならば納得がいきます。


僕は神武天皇は存在したと思っています。

橿原にある神武陵にお参りした時、理屈抜きの存在感に包まれ、そう確信しました。


神武天皇が八咫烏(ヤタガラス)の案内によって、熊野から吉野を経て大和に向かう途中、すでに聖地として崇められていた天河の地に立ち寄り、天河の磐座に額づいて祈りをささげた折、


「ヒノモト」


という言霊を得て、それが「日本」という国名になったというのはよく知られた話です。

ヒノモトの「ヒ」が何を意味するかは諸説ありますが、僕は宮司さんが言うように

魂の源

存在の源

という意味が一番しっくりきます。






さて、今日の大祓神事。

この半年間(古代の一年間?)、無事に過ごせたことへの感謝を捧げてきます。

そして今日で終了するZENサンガの9期が大きな成果を生んだことへのお礼と、10期がさらに愛にあふれる会になることを祈ってきます。




かんながら  たまちはえませ






  


Posted by Toshiro Abe at 10:40Comments(10)

2020年06月28日

心の声

今日は色(しき)の世界、現象界の生き方について語ってみます。


昨日、宮司さんとの生配信が終わった後に思ったのですが、なぜか二人は生き方や考え方がよく似ています。

一見するとキャラは違うし、宮司さんのスケールと僕とでは比較にならないけれど、それでも基本は同じ生き方をしているのが分かります。


たとえば生き方の共通点を言うと、ブレずに生きているようではあるけれど、実はいっさい計画というものをしたことがありません。

突然何かのアイデアが湧いてきて、それを目指すということはあっても、どうしたらいいかという観点から計画したことがないのです。


格好を付けて言うわけではないですが、

安全か危険かとか、

損か得かとか、

是か非かというような基準で進路を選ぶことがありません。


そしていったん心の声を聞いたら、誰が何と言おうとその道を行きます。


人生を振り返ってみて思うのは、新しいことを始めた時は、その多くが人様の反対や批判にさらされてきたということ。

あるいは善意の第三者から、やめておくように忠告されました。


それでも本人はやるしかないわけで、そのまま続けていると、いつも結果はいわゆる成功と呼ばれる形に落ち着きます。

しかもすべてがスムーズなのです。


もちろんプロセスの中では、お馴染みの自我が出てきて邪魔をすることもあるのですが、そんな愚かしささえも、大きな流れの中でプラスの形に変わっていきます。


そのようなことが、

「やっているのは自分ではない」

というメッセージに繋がっています。






これは僕だけでなく、実は誰でも同じなんです。

ただ、その心の声に徹するか否かの違いはあると思います。


たとえばあなたが外国に移住するとか、やりたい職業に就くとか、新しい道を歩もうとしたとき、周囲に止められた経験はありませんか。


なぜ周囲が止めるのか知っていますか。

もちろんあなたを心配してという思いもあるでしょうが、実はその奥に本人も気がついていない隠れた意図があります。


それは、人間というものは基本的に変化を嫌うということ。


あなたという人は、他者にとっては自分の人生の登場人物であり一部です。

そのあなたが変われば、自分の人生の景色も一部変わってしまうことになります。

それが嫌なのです。

親子のような関係であれば、それはなおさら強く出ることになります。


それを知っているから心の声を貫いてきたわけではないですが、人の言うことはほとんど聞いてきませんでした。



宮司さんはそのあたりのことを、明確な言葉にしています。


「私は、人様のいうことは聞かないけれど、神様のいうことは素直に聞くのです」


宮司さんは神職なので神様という言葉を使いますが、僕は心の声という言葉を使います。

どちらも同じものを指しています。


そしてこれからの時代は、一人一人が心理的な鎖を解き放って、より自分の心を生きるようになっていくと感じています。


心理面だけでなく、経済のような物理的な面も、技術革新と社会整備によって変わっていくことで、より自分らしい人生が歩めるようになると思うし、そうならなければいけないと思います。


もし経済的な面・・・早い話がお金の心配が一切ないとしたらどんな生き方をしたいのかと考えることで、本当の自分の声が聞こえてくるかもしれません。


ただし人によっては、お金の制限が外れることで、いままで抑圧してきた欲求が出すぎてしまい、本当の声ではない単なる反動と、心の声を勘違いしてしまう場合もあるかもしれません。

それでも一つのヒントにはなるでしょう。



これからの時代のキーワードは「自由」です。

自由と愛は同義語ですが、それはまたいつか解説します。


気がつかないだけで、この数十年で社会がずいぶんそんなムードに変わってきました。

あなたの祖父母の時代は、いまでは考えられないくらいに人生の選択肢は限られていたのですから。



これからは心の声を聞いて生きていきましょう。


怖がらなくても大丈夫。


それは僕たちを生かしている神の声だから。



・・・・・・・・・・・・


宮司さんとの対話はオープンキャンパスにアップしました。

ページの中段にあります。

前編と後編に分かれていて、後編は今日中にアップする予定です。

完全ノーカットでお届けしますが、いまアップしていて思ったのは後編もすごく面白い。

こんな情報を届けることでできて幸せです。

16時くらいにアップが終わります。



そして今夜は天河からレクチャーと瞑想会を配信します。

今夜のアドレスはコチラです。





  


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2020年06月27日

自分の計画を手放したときに大自然の計画が始まる

最近は夜明けとともに目が覚めます。

動くのがおっくうだった頃からみれば別人のように、天河の里を散策するのが何より楽しみな日課となりました。


ここにはお店もなければ、何もない。

でも全てがある。

命が脈打っていて細胞の芯から活性しているような気がします。


今朝はあまりに気持ちが良くて、この気持ちの良さを皆さんにと思い、急遽動画配信をしました。


その模様はオープンキャンパスにアップしましたので、この場の波動を受け取ってください。






ついさきほどまで宮司さんの家にお邪魔して、いろいろと歓談してきました。

その模様もサンガ内で生配信したのですが、のちほどオープンサンガにて公開します。


今朝はつくづく思いました。


幸せとは、感謝すること。



感謝するとは、敬うこと。



あーありがたいな、という気持ちが幸せなんだと思います。


何もかもを敬ったとき、そこに流れるのが幸せな気持ちです。



そして神社とは天地自然を敬う装置であり、今日の宮司さんの話では戦前までは宗教という言葉もなかったそうです。


ただ万物に対する敬いの念。


昔の日本人は、このような装置の中で、日々感謝と幸せを感じていたのではないでしょうか。



これからの時代の大変化は、そんな基本に立ち返ることではないかと思いました。





  


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2020年06月26日

目覚めへの道

shさんからの質問

10期から入会した場合 、【人を覚醒に導く「奇跡のコース」のカリキュラムを、阿部敏郎が分かりやすく超訳し一日おきに配信しています】

とありますが、こちらの動画もほかの動画と同じように、今までの分すべて見られるのでしょうか。




奇跡のコースとの出会いは2年ほど前です。

ニューヨークでこのコースの教師として有名な香咲弥須子さんという日本女性が、なんと沖縄に来られるという話があり、ぜひ対談講演をと依頼されたのが出会いでした。


実は僕は、講演を依頼されてもほとんどはご辞退してきています。

なにも生意気にふんぞり返っているわけではなく、貧乏しても自分の好きなことしかしたくないからです。


ところがこの依頼は一年近く先の話だったので、なんとなくお受けしたら、実際にその日がやってきてしまいました。

重たい気持ちで会場に向かい対談をさせてもらうことになりました。


ところがその時、初めて奇跡のコースの第一日目のレッスン内容を知ることになり、「これはもしかしたら」という直感を得たのです。


その内容は

「今日目にするものすべてには、何の意味もないと思ってごらん」

というようなことでした。


これは面白い。


確かに人は、すでにあらゆるものに名前を付けて分かったような気になっている。

でもそれは勝手な思い込みであり、幻想物語(人生)の素材になっているだけだ。


本当の意味は、勝手な意味が消えて初めて出現することであり、それは「自己」という幻想が消えて、ワンネスの気づきの中にしかない。

すなわち真実は、非二元の真実である「愛の次元」にしかなく、それ以外はすべて戯言にすぎないと確信して生きてきました。


依頼される講演の多くは、激動の時代をどのように生きたらいいかというレベルのものが多く、そのような分野には優れた教師が沢山いますし、僕の役割ではないと思っています。


最初は奇跡のコースもその延長だろうくらいに思っていました。

ところがコースの第一日目のレッスンを知った時、この先にあるのはノンデュアリティ(非二元)だと直感しました。

いわゆる勘が働いたということです。


そのことを踏まえて香咲さんと改めて話をしてみたら、まるで水を得た魚のように僕の魂が喜びました。

短い時間に完全に意気投合したのです。

そこですぐにZENサンガに入ってもらったというわけです。



アメリカの生徒の皆さんと。最前列中央が香咲弥須子さん



奇跡のコースは、ネットで検索すれば365日分のレッスンなど、たくさんの情報が出てきます。

でも読んでもほとんどの人は続かないことでしょう。


それは、これらが自動書記された時代と文化の背景が違う上に、難解な文章をそのまま直訳しているので頭が痛くなってしまうのです。

こんなに優れたものが日本で広まらなかった理由は一目瞭然でした。


真面目に奇跡のコースの一言一句を守ろうとしている人から見れば冒涜かもしれませんが、僕なりの超訳でサンガのメンバーに配信することにしました。

僭越ながら、このコースを世に出した人や香咲さんと同じところを見ているのが分かるので、自分の言葉に置き換えようとしたのです。

しかもサンガのメンバーは、僕の文章に慣れているから入りやすいはずです。


超訳など叱られるかもしれないけれど、きっと香咲さんが守ってくれるはずです(笑)

書籍化の話もいただいていますが、これは本にしてはいけないと思います。

定期的に少しずつ届くことに意味があるからです。


コースをやっていて抵抗感が出てくる人は幸いです。

封印してきた自我があぶりだされているということだから。

したがってコースは、目覚めのための特急券みたいなものだというのが僕の考えです。

欧米の有名なメッセンジャーの多くが、このコースの出身だというのも頷けます。


ここに瞑想が加われば鬼に金棒であり、禅のメッセージとも相性が良く、毎日楽しんで超訳させてもらっています。


ただ、くどいくらいに同じポイントを繰り返す期間もあり、途中で飽きてしまう人や、放り出す人もいることでしょう。

だとしても何かを失うわけではなく、また今日から始めればいいだけのことです。



【人を覚醒に導く「奇跡のコース」のカリキュラムを、阿部敏郎が分かりやすく超訳し一日おきに配信しています】

とありますが、こちらの動画もほかの動画と同じように、今までの分すべて見られるのでしょうか。



入会すると、第一回目のレッスンから一日おきにあなたのもとにレッスンが配信されます。

奇跡のコースがなくてもZENサンガのコンテンツには自信を持っていますが、多くの人にとって有意義なカリキュラムとなることでしょう。



オープンキャンパス内にある、阿さん(仏教学者)と香咲さんと阿部との鼎談は見ものですよ。

香咲さんの登場は1時間13分あたりからです。

登場した冒頭から、ものすごく重要なことをお話ししています。


香咲さん、かっけー!!


ZENサンガ・オープンキャンパス




かんながら






  


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2020年06月25日

黄金の世紀へ

昨日はサンガの感想をありがとう。

スタッフの滝沢くんから電話があって、ウルウルっときたと。

ささやかながら誰かのお人生の役に立てていることがわかると、それだけで生きる力になる。

やはり人は生かされて生きているんですね。


昨日大急ぎでオープンキャンパスを公開したから、大事なことが抜けていた。

むかし天河神社に奉公していた時に会いに来てくれた、当時は全く無名のとある役者さん。

彼に宮司さんからもらったばかりの、「なんでも夢がかなう赤い巻物」をプレゼントしたら、その数日後に、その年一番の超大作映画の主役に抜擢された話はなんどもしたでしょ?

その時の巻物が、とある天河の家から出てきて、それを「禅サンガ聖典」に収めて入会者に郵送しているんだけど、その聖典の内容を仏教学者の阿純章さんが詳しく解説してくれた販売用の動画(未公開)を、28日までに申し込んでくれた人に早期申し込み特典でプレゼントするはずでした。

すでにたくさんのお申し込みがありますが、もちろんすでに申し込まれたみなさんにはその権利があります。


これから入会を考えている人も、どうぞこの動画を手にしてください。

大げさに言うわけではないけれど、これは天河神社秘伝の経典で、しかも仏教学者が分かりやすく解説したのは初めてだと思います。


それとオープンキャンパスの中で昨日生配信した、天河韋駄天社からの配信動画は、BGMを付けてアップしています。

この世で唯一大切な真理を簡潔に伝えられたと思います。

こうやって書くと、ほんとうに図々しい言い方になってしまいますが、本人はいたって本気です。


こちらからご覧いただけます。

オープンキャンパス



それと夏至の日に神殿から配信した瞑想会。

神主見習の辻田君の踊りに感動した人も多かったと思います。

2時間近い動画の核心部分だけを19分の動画にまとめました。

「黄金の世紀へ」


サンガが彼のような若手にも広がっていることを嬉しく思います。





今日は旧暦の端午の節句

ずっとお祭りを自粛していた天河神社で、久しぶりのご神事です。

このぶんだと8月の天河リトリートは開催できそうな気配です。

今回はサンガの先行予約だけで満員ですが、また9月以降も計画してみます。


神社仏閣に関心のない阿部が、なぜ天河なのかも分からないまま、こうして今日も生かされています。


いまから、あなたに幸多からんことをお祈りしてきますね。



かんながら





  


Posted by Toshiro Abe at 10:35Comments(13)

2020年06月24日

新しい自分

来月から第10期目を迎えるtheZENサンガ

多くの人にこの存在を知ってもらうために、今日は初めてオープンサンガの中での生配信をしてみようと思います。

10分程度の時間ですが、生配信に都合が合わない人には、そのまま動画を残しておきますから、いつでもご覧ください。


ZENというのは禅宗のことではなく、マインドが作り出す幻想のストーリーを横においていまを生きる生き方のスタイルのことです。

世界の突出した実業家たちがZENに傾倒していたのは、妄想や幻想から離れて、エネルギーを無駄なく使うことができたと共に、マインドを超えた大いなる知性とアクセスすることができたからだと思われます。

これは特別なことではなく誰にでもできることであり、僕のような者もささやかながらそのように生かしてもらっています。





いままでの人生で刷り込まれてきた常識や価値観を覆すのは、すぐにできることではなく、継続的に学び続けることが大切です。

参加されている皆さんの中には、自然に考え方が変わってきている人が多く、生きやすくなったという報告が多くあります。

そのような声を聴くたびに、この会を継続させていく意義を感じ、身が引き締まる思いです。


僕が言うよりも実際に参加している人たちの声のほうが伝わりやすいと思うので、実際に参加してみての感想を、お時間があるときにでもコメント欄に書いてみて下さい。



同じ時代に同じビジョンを持って、共に生きる仲間を今日から募集します。


今日の生配信(12時半を予定)はZENサンガ・オープンキャンパスの中からです。

サンガへのお申し込みも、ここからしていただけます。


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今週からWeb瞑想会の配信は水曜日と日曜日に変更になりました。

毎回、アクセスしていただくアドレスが変わりますのでご注意ください。

その日の模様は、そのアドレスでいつでも見ることができます。

今日のアドレスはコチラです。




  


Posted by Toshiro Abe at 09:36Comments(50)

2020年06月22日

目覚めの後

人生は長いのか、短いのか。

年齢と共に少しずつ大切な何かに気づいていくとしたら、全部気づくには健康に生きても200年以上かかる気がする。

だとすると、誰もの人生は道半ばで終わることになる。


その一方で宇宙の真理について言えば、一瞬にして全貌を知ってしまうこともある。

それ以上も以下もない絶対的真理を知るには時間はかからない。


それは唯一、時間がかからない経験だ。

なぜなら完全に「いま」に帰ってくることだから。

いまへ帰るのに時間がかかると考える人はいないだろう。


そのような経験を目覚めと呼ぶ。

目覚めの直後は、全部を知ったという自覚が残る。

正確に言えば知ったのは自分ではなく、自分が消えた後に残る純粋意識だが、すべてを知ったことに違いはない。


でもこのことを言葉にすることはできない。

違う次元は、手掛かりを表現することはできても、それそのものを言い表すことはできないのだ。


しかも歴史的に「凄いこと」と言われてきた悟りを、こんな当たり前の自分がしたなどと言ったら、大ウソつきか、誇大妄想に見られるのがオチだ。

したがって多くの場合は口を閉ざすことになる。



それでもしばらくは、ハイな状態が続いていく。

すべてが輝いて見え、動植物だけでなく、部屋の壁や、机や、ありとあらゆるものが呼吸をして生きているのがわかり、いわゆるサイケデリックな感覚が続くのだ。

自分はすべてを知るに至ったという確信も残り続ける。


このハイな状態は、短い人で数日、

長い人で数か月続くことだろう。


しかしやがては元の状態に戻っていく。


そのとき多くの人はこう思う。

「あの経験はどこにいってしまったのか。

これでは元の木阿弥じゃないか」


あいかわらず自分の中には、自分特有の偏った性格を持った自我が「オレがオレが」と騒いでいる。

このとき、やはり多くの人は、あの目覚めの体験をもう一度とばかり恋焦がれることになる。



一休禅師はこう詠んでいる。


本来の面目坊が立ち姿

一目見しより恋とこそなれ


本来の面目坊とは、宇宙的自己、真理のことだ。


そしてあの瞬間よもう一度とばかり修行に励んだりするのだが、二度と同じことは起きない。

時間がかからない経験を、気の遠くなるような時間をかけて再現しようと奮闘することになるのだ。


たぶんこれは一休の初期のころの歌に違いない。

ここから人間としての熟成期間に入り、やがては悟りの瞬間の再現もいらなくなり、静かにいまここの命に落ち着き、人の世のしがらみから自由になっていく。


このプロセスを大悟と言うのだろう。


今日の記事の最初に戻るが、生身の生活の中で大事なことに少しずつ気づいていくのだ。

このことについていえば、目覚めていようがいまいが関係ない。


そしてまだまだ課題は残り続けていく。

あの釈迦でさえ、修行は永遠に続くと言ったとされる。


そうなのかもしれない。

ましてや、この凡夫の身に至っては、今回だけの人生で足りるわけがない。


もしかしたら、人は輪廻転生を繰り返していくというのは本当かもしれない。





若いころ、すべてを知ったとしてハイな日々を送っていた。

そしていま、すべての知は何も変わらず心の奥に佇んでいるが、人間としての未熟さもあいかわらず携えている。


まだまだ道半ば。


人生は長いのか、短いのかわからない。




さてと、お茶でも飲むか。




かんながら



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昨夜の神殿からの配信は、何かの光に包まれていたような妙な感覚でした。

実際に神という実在が、あの場にいるような気がします。

本当に不思議な場所です。


今週のWeb瞑想会は24日(水)になります。

瞑想だけはお互い続けていこうね。








  


Posted by Toshiro Abe at 10:53Comments(40)

2020年06月21日

黄金の世紀

昨日も一日中、天河神社の柿坂宮司と語らっていました。

これからの時代へのビジョンが一致しているから楽しい。


一致しているのは、これから先は「黄金の世紀」へと移行していくということ。

そしてそれを作り出すのは、強力な指導者でも完璧なイデオロギーでも宗教でもなく、我々一人一人の意識の向上だということを話し合っています。

力を合わせて、この流れに貢献していこうと。


意識の向上とは、幻想から目を覚まし無条件の安心と幸福に包まれることです。

そんな人が増えていくことが、愛にあふれた黄金の世紀に繋がっていくのです。





人の意識を高めていくのは微力ながら僕のライフワークであり、それを具現化したのがZENサンガです。

オンラインのサンガは前例がない分だけ苦労もあったけれど、柿坂宮司が仲間になってくれてからは100人力。


心を込めて信じた道を行けば、必ず応援してくれる人が現れる。

これは誰の人生も同じだと思います。



ZENサンガは来月から10期目に入ります。

半年ごとに継続か否かを選んでもらうことから、第何期という言い方をしていますが、実際には一つの流れがあるだけです。


新規募集は6月24日から始めますので、また追ってご案内します。



夏至と新月が重なる今夜は、天河神社のご神殿からWeb瞑想会を配信します。

人生のリスタートへの道を分かち合いましょう。


アドレスはコチラです。





  


Posted by Toshiro Abe at 09:55Comments(20)

2020年06月20日

完全なる自由

hoshisoraさん

>もし自分というものがないのなら人間に自由意志はありますか。

このような質問には何度答えてきたか分かりませんが、今日は今日の答え方をしてみます。


もし僕が「自由意志などない」と言えば、心に抵抗を持つ人が出てきます。

自分が何も選べないのなら、人間は操り人形かと言うわけです。


しかし操り人形だとしても、そこには分離した「個」があります。

我々は操り人形でさえないのです。


あなたも僕も有機的につながった全体の一部であり、摩訶不思議な宇宙的生命の現われです。

あなたの思考も感情も行動も、あなたがやっているのではなく、何もかもが全体の表現です。



「単独に分離した自己はない」という言葉を、分離した自己が知ることはできません。

これは決して知られないことなのです。


しかし、「自己はいない」という事実だけが人を苦しみから解放します。

だから釈迦は40年以上もかけて、言葉にできないたったひとつの真理を語り続けたのでしょう。

彼は無我(自己の不在)を説くことで、人々の苦しみを根底から消し去ろうとしたのです。



>もし自分というものがないのなら人間に自由意志はありますか。


この質問は、釈迦がいた当時から問われてきました。

そしていまだに明確な言葉による答えは与えられていません。

「Yes」か「No」かの問題ではないからです。


これは体験的に見抜くことであり、知的に解ることではないのです。


自分がいないのなら、いったい誰が見抜くのか。

こうやってマインドはまた新たな問いを作り出しますが、あえて答えるとしたら、全体が見抜くとしか言いようがありません。


体験した時、言葉にならない答えがあなたに流れ込みます。

そしてあなたは大笑いすることでしょう。


これが、初めて完全なる自由を知る瞬間です。

あなたが自由になったのではなく、あなたという幻影から自由になったのです。






昨日は天河神社の柿坂宮司と長く歓談させてもらいました。


神社仏閣にさほど関心のない僕が、なぜこの地に惹かれるのか理屈では全く分かりません。

この出会いも起きたことであり、こうしていま、あなたとの出会いも起きたこと。

何十億もの中での出会いを、奇跡と呼ばずして何と呼んだらいいのでしょう。


すべては宇宙の大いなる仕組みの中で、刻々と紡ぎだされている命のタペストリーです。


何一つ偶然はなく

何一つ無駄もなく

いまも刻々とタペストリーが紡ぎだされています。


それは全体として生きているのです。




あらゆる出会いに感謝申し上げます。




・・・・・・・・・


今日は

一粒万倍日であり天赦日でもあります。


一粒万倍日は、蒔いた種が1万倍になって実るという、願い事を心に描くのに最良の日。

そして天赦日とは、天がいままでの全ての罪を許してくれる最上級と呼ばれる日。

この二つが重なる日は年に二回ほどです。


そして明日は夏至。

すべてがスタートする新月と重なり、さらに夕方には部分日食が起きます。


時代が大転換するシンボルのような日ですが、明日の夜は天河神社から瞑想会と講演をお届けします。






  


Posted by Toshiro Abe at 09:33Comments(23)

2020年06月19日

メッセージについて

「人生は冗談のようなものだ」


これはとても深い真実ですが、と同時に、つい深刻になりがちな人たちに向けられたメッセージです。

なんでも生真面目にとらえることで視野が狭まり、そのぶんだけ閉塞感に苛まれて苦しんでいる人に発しています。


現代はそのような人が増えているので書いているわけですが、だからと言って全員に当てはまるわけではありません。


中にはなんでも茶化してしまったり、真剣に直面して学ぶべき出来事を「まあいいか」で済ましてしまう人たちもいます。

彼らは、現実の空性を見抜いているわけではなく、むしろ心の底にある恐怖から目をそらしているだけです。


そのような人たちには、

「もっと現実に向き合いなさい」

というメッセージが必要になるでしょう。



似たような例で言えば、慎重になり過ぎてチャンスを逸してしまう人には、


「考えないで、即行動しなさい」

と言いますし、その一方で軽率な行動を繰り返すおっちょこちょいには


「考えてから行動しなさい」

と言うことになります。


これらのメッセージは、極端に偏りやすいマインドの傾向に歯止めをかけるもので、真逆に振り子を振ることで中道に戻すためのものです。


そして完全に中道を知れば、マインドは消えて無くなります。

マインドとは偏った中でしか生きられないからです。


そしてマインドが消えた時、初めて「あるがまま」を見て取れるようになり、そこに苦しみは存在しません。


これがより深い真実であり、深まれば深まるほどメセージは普遍的なものとなります。

仏教が、「中道」、「無心」をことさら強調するのはこのような理由からです。





今日の最後に、誰にでも当てはまるであろうメッセージを書いておきましょう。



「力を抜くこと」


「リラックスすること」


これは人生の流れを信頼した時に可能になります。


信頼していないと、自力で人生をコントロールしなければと思うようになり、体中に緊張が走ってしまいます。


大抵の場合人は不信感の中にあり、心身のエネルギーが収縮状態にあります。

ある種の戦闘態勢、あるいは防御態勢です。



さあ力を抜いていきましょう。



すると次のような真実のメッセージを受け取れるようになります。



あなたがやっているのではない


ことはただ起きている



大丈夫


心配いらない


神はすべてを許してくれている



大丈夫


心配いらない


神がすべてを引き受けてくれている



これらを理解して心身共にガサっと抜け落ちた時、それまで深刻な顔をして日々を過ごしていた自分の態度が滑稽に見えてくることでしょう。


いもしないあなたが、ありもしない現実に奮闘していたのだから。


その時あなたは言います。


「人生は冗談のようなものだ」




メッセージの深みは、受け取る時の意識レベルによって違ってくるのです。


おあとがよろしいようで。



・・・・・・・・


【お知らせ】

マントラ瞑想が初めての人のためのハートマントラの伝授は、週明けからご案内します。




  


Posted by Toshiro Abe at 10:14Comments(18)

2020年06月18日

布袋尊

さてと、また一昨日の瞑想会での不思議なゲーム音の続きですが、誰かがコメントに書いてくれたように、起きたことをどのように捉えどのように反応対応するかそれが現実を作っているように思います。

僕が世の中を見る限り、出来事に対してみんながあまりにも深刻で、まるでこの世の一大事みたいな顔をして、テレビのニュースワイドショーもそうですが、世間を取り巻くエネルギーにも同じような質を感じます


しかし少し高い視点から見てみると、起きている全ては冗談のようなものであり、そしてすべては過ぎ去っていくのです。


ちょっとあたりを見回して見ても偉そうな顔してる人が多いですよね。

さも自分が重要人物であるかのような顔をして、さも自分が重大な出来事を背負ってるような顔して、気難しい顔で人々が通りを行き交っています。

そんな彼らの姿を見て道端に座り腹を抱えて笑っていたと言われるのが布袋尊です。




話は変わりますが、僕もそんな布袋尊に憧れて、まずはあのお腹からだと思いせっせと大きくすることに励みましたが、動くのが大変で、ギターを弾く時もせり出したお腹によってギターが遠くなってしまうことに気づき、お腹を元の状態にして気持ちだけ布袋尊になることに決めました。


ぬあんと、1ヵ月半で8kg痩せました。

スリムになったアベッチ。

うん、我ながらかっこいい。


どうしてこんなに短期間に痩せられたかと言うと、「痩せる!」と決めたからです。

すると現実がそのように展開し始めます。

何事も何かを成そうとするときは、どうやってするのかという方法論ではなく、「やる!」と決めることです。

これは僕が人生を作り出してきた最大の秘密です。



今日はとりとめのない話になってしまいましたが、今夜の瞑想会でアイツがどんな対応をするのか、どれぐらい真摯に反省した顔をするのか見ものですね。


そんなわけで今日も1日、すべては冗談のようなものだと思って生きてみてください。



今夜21時のWeb瞑想会のアドレスはこちらです。

https://youtu.be/g5_UEjELEmA





  


Posted by Toshiro Abe at 10:27Comments(21)

2020年06月17日

未来の人

昨日はWeb瞑想会に参加してくれてありがとう。

瞑想中はいつも音を切っておくのでわからなかったけれど、あとでみなさんのチャットのコメントを読んで、はて?何があったのかと。


後で動画を見てみたら、

おお!!

さすが我が息子。


みんなが瞑想している時間帯にゲームをしていて、その音がそのまま配信されとるがね!!






ビューン!

ガガガ!

バリバリバリ!!

そして派手なBGM



こら!!

配信中にやりたくなるくらい面白いゲームなら、俺にも教えろ!!


と思わず心で叫びましたが、その時のチャットのみなさんの温かいコメントと、智子さんの笑い声と、彼のみなさんへの神妙な謝罪の声に、腹を抱えて笑ってしまいました。


いやあ、こんなに深い笑いは久しぶりだ。


なんてことないのに、何がこんなに笑えるんだろう。


笑いって不思議だね。
僕らの次の世代は、未来社会を生きていくいく人たちです。

その未来はいままでの延長線ではなく、全く違う価値観によって作られていくことでしょう。



競い合うのではなく認め合う。

奪い合うのではなく与え合う。

より多くを求めるのではなく、いまあるものに幸せを見出していく。


それによって本当の意味での幸福な社会に繋がっていくと思います。


たとえいま子供が不登校だろうと、過度に心配することはありません。

子供の人生の流れを信頼してあげてください。

誰もの人生は完璧な流れの中にあることを忘れないように。


彼らを正しく愛して、やがては彼らに導いてもらいましょう。






  


Posted by Toshiro Abe at 09:20Comments(24)

2020年06月16日

いま幸せになる方法




幸せになりたいと言うけれど、幸せな状況になったとしてもあなたが幸せかどうかはわからない。

そんな幸せな状況の中でもあなたは、また違う理由で思い悩むかもしれないからです。


そもそもなぜ幸せになりたいのか。

それは、幸せだったら幸せな気分が味わえるからではないでしょうか。

幸せになりたいと言うけれど、欲しいのは幸せな気分です。



その幸せな気分は、いまのまさにあるがままの現実の中でも可能です。


そんなことはできない?

だって十分なお金はないし、家もないし、何もないのに、どうやって良い気分を感じるというのか。

まずはお金だ。

その暁には幸せな気分を感じようじゃないか。


でも今までに地上に現れた人の中で最も美しく満たされていたと言われる釈迦やキリストは、何も持っていなかった。

ということは何を持っているかじゃない。



お金以外にもいろいろと、いまは幸せを感じている場合ではないという理由があるのかもしれません。


こじれた人間関係


自分に果せられた義務


健康


大事な誰かがいなくなった


何かの被害を受けた



探せばいくらでも出てきそうです。


でもあなたも知っているように、気分とは、あなたがいまの現実をどう捉えどう考えているかによって変わってくるものです。


早い話が、いま不平不満の目で現実を捉えているのか。

それとも、感謝の気持ちで現実を捉えているのか。



わかっちゃいるんだけどね。


奇跡のコースを学んでいても、気が付つくと苦虫をつぶしたみたいな顔をしている。

きっと何か気に入らないんだろうな。



えっ?もうわかったって?


でもしつこいオイちゃんは、まだ引き下がらないのだ。

わかったと言うのと、いま幸せな気分でいるのとは違うからね。



その気になれば、気分は瞬間的に変えられる。


大空に向けて両手を広げて深呼吸してみるとか


どこかで大声を出してストレスを発散してみるとか


無理やり微笑みを浮かべてみるとか


いいことだけ思い出してみるとか


きっとあなたなりの方法が見つかるはずです。



そうだ、今日もオイちゃんが一発ギャグで笑わせてあげよう。



















がちょ~ん!!


これはオイちゃんが子供のころのギャグだから、あなたが笑えないのはよくわかる。


でもそこをなんとか自分のためにも笑ってほしい。




しょせん人生は「がちょ~ん!」なんだから、あんまり気難しく考えないほうがいいよ。


なんとかなるって。



だからいま、微笑みを浮かべてみよう。













今夜はWeb瞑想会。

瞑想は一日のゴタゴタを洗い流してくれる妙技です。


今夜は21時になったらコチラから。




今週末くらいから、次期ZENサンガの募集をします。

もう10期目になります。


時間がたつのは早いなァ。







  


Posted by Toshiro Abe at 10:46Comments(20)

2020年06月14日

ありがとう

今日書きたかったことは他にもあって、忘れないうちに書いておきます。


人はみな神の愛の中で生きている。

神はいつもあなたを見守っている。


このような言葉は、キリスト教に関心がない人でも一度は聞いたことがあるでしょう。

科学の時代を生きる我々には、これらの言葉を文字通りに信じることは難しく、きっと何かの比喩だろうくらいに思うのがせいぜいです。


でも最近になって特に、この言葉はダイレクトな真実だと思うようになりました。


正確には思い出せないけれど、聖書の一節に


「空を飛ぶ鳥を見てごらん

彼らは種をまいたり収穫したりもしない。

それなのに神は彼らを養ってくれている。

あなたたち人間は彼ら以上の存在だ。

神が養ってくれないわけがないじゃないか」


というような言葉がありました。


太古の昔から、体力的にはか弱い人間がこうして生き残ってきたのは、動物たちにはない知恵があったからだと思います。

その知恵はどこから湧いてきたのでしょう。

まさにそれが、神からの援助ではなかったでしょうか。


僕たちの日々の生活も同じで、危機に瀕したときや、進路に迷ったときなど、知らず知らずに心の声を聴いて生きてきたのだと思います。

まるで自分で考えたみたいな顔をしてね。


内なる神の声は誰にでもあって、神はえこひいきなどしません。

ただし、その声が聴こえなくなってしまうくらいマインドが忙しいか、素直に受け取れずにあえて苦しい世界に落ちていくことはあり得ます。

したがって歴史的な発明をした人の多くが、マインドの曇りを取り除くために瞑想を習慣にしていたのは偶然ではありません。


僕たちは守られている。

僕たちは生かされている。


若いころに直感したこのことが、経験を重ねたいま、やはり真実だったとわかります。



今日も心の中では、静かな導きがいくつも訪れています。


「神様、ありがとう」

って、素直に感謝することにしましょう。



それではご一緒に、














  


Posted by Toshiro Abe at 11:46Comments(30)

2020年06月14日

6月14日の記事

もし誰一人

あなたを見定めたり裁かないとしたら

どんな人生を生きたいですか。



かく言う自分はどうだろうって考えてみました。


正直な気持ちを探っていたら、思わぬ言葉が出てきました。


それは・・・




ああ、立場的に言いにくいなァ。




そこを勇気をもって言うのだ!






それは・・・








それは・・・












もっと


甘えたい


愛されたい


癒されたい


でした。



もしかしたらこの言葉はいま、生まれて初めて口にしたかもしれない。

僕には言えなかった言葉だ。


長男だったから子供のころから頑張らなくちゃって思ってきたのかな。

強くなきゃ愛されないと思ったのかな。

なーんて正当化したくなるけれど、早い話が人からの評価を気にしていたわけで。


人には生意気に指南しながら、自分が同じものを抱えていたなんてね。


だから悪いというのではなく、そういう自分がいるという話だけど・・・


以上!!




他に出てきた言葉たちも、結構意外性があった。


何か特別なことがしたいわけではなく、人知れず静かに暮らしていたい。


当たり前の生活の中で、身近な幸福を感じていたい。



昨日のコメント欄にくれた答えの中にも、僕と似たような人が多くいましたね。

やはり時代は変わっていて、モノやお金や派手な生活より、人はもっと違う何かを求めだしたのだと思います。



僕が知る限り半世紀前より、いまのほうが断然いい時代です。

あの頃はみんなが荒れていた記憶があります。



この先は、さらに良くなっていくことでしょう。


みんなの心が優しくなっていく。


これまでの何十倍ものスピードで。




人類の進化は、優しさの量と比例しているような気がします。


それは他者や自分を裁かなくなるということかもしれませんね。



・・・・・・・



今夜の瞑想会は僕が担当します。

また質疑応答などしながら進めていきましょう。


21時から、アドレスはコチラです。






  


Posted by Toshiro Abe at 09:15Comments(17)

2020年06月13日

自由

もし誰一人


あなたを見定めたり裁かないとしたら


どんな人生を生きたいですか。







  


Posted by Toshiro Abe at 11:02Comments(58)

2020年06月11日

大空へ

僕の歌の中に「大空へ」という曲があります。


その詩の中に

見えない鎖でがんじがらめにされた小鳥に、「自由な大空を思い出しなよ」と語りかけるシーンがあります。

もちろん、その小鳥とは我々のことです。


これは自分が誰かから、あるいは何かから、がんじがらめにされているという話ではありません。


自らの心が作り出した鎖です。

一から十まで、全部自分がこしらえたものです。


人はその鎖にすっかり慣れてしまっているので、その中で暮らそうとします。

と言うより、無意識にそこから人生を眺めています。


こんなことはできるわけがないとか

してはいけないとか


だからと言って、何でもしろと言っているのではありません。

何をするかは二次的なことです。


まずは自分が見えない鎖に縛られていることを認めることです。

我々の心の奥底に食い込んでいる「べきだ」「ねばならない」を透明にみること。


それを見るのは、ある種の抵抗と恐れが伴います。

その前提のおかげで生きてこられたと思っているから。



このようなことの解決は、ひとりでは難しいので、本当はガイドがいれば早いです。


それは一対一の関わりになります。

もしあなたの周囲に信頼できる人がいたら、仲間としてお互いに正直に関わっていくことです。


この鎖は、あなたが存在に100%開いたときに消え去ります。


存在に100%開くという言い方は分かりにくいかもしれないですね。

存在という言葉が広義すぎるのであれば、パートナーに対してでいいです。


たった一人の人にでも完全に開くことができれば、その相手をドアにして宇宙全体があなたに開示されます。



たとえばそれが

南無阿弥陀仏

の境地です。


この言葉は呪文ではなく、あなたが阿弥陀仏(宇宙)と一つであるという宣言です。

真理に向かうためのものではなく、真理であるということの宣言なのです。


真理こそが自由です。

そして真理とは愛のこと。


いま無理に分かろうとしないこと。

なぜなら、我々が生きている社会からは本当の愛が消えてしまっているから。

そして自由を妨げる愛もどきを、愛だと思っているのだから。



分かり顔の生意気な文章になってしまいました。

実際には誰一人例外なく、本当の愛の記憶を携えています。

だから探求が始まったのです。

知らないものを探せるわけがないでしょ?


ま、お茶でも飲んでゆっくりしましょう。






今夜はWeb瞑想会です。


また瞑想会?なんて思わないで、うまくいくかどうかではなく、役に立つかどうかではなく、その時間に一緒に座ることに意味があります。

もちろん一人でしてもいいのですが、すでに経験済みのように、大勢が同じ気持ちで瞑想する時の違いが確かにあります。


おせっかいかもしれませんが、できたら毎日少しの時間でも、社会での自分の役割やアイデンティティを横において、誰でもない人として過ごす時間は極めて大切だと伝え続けていきます。


今夜21時、アクセスはコチラです。






  


Posted by Toshiro Abe at 09:09Comments(22)

2020年06月09日

ご報告

昨日、僕の中では祝福すべきことが起きました。

それは何かと言うと、「随(かんながら)神」に何を書いたらいいか明らかになったのです。


20年前に描いて、10年前に出版された「随(かんながら)神」を、もういちど新刊として出版したいという声をいただいて、それではと、50日間天河に籠っていましたが、あれこれ考えるうちに何かが違うと感じ始めていました。


そして昨日ひらめいたのは、加筆修正ではなく全く新しく書き直そうというもの。

そうしたら目の前がパーッと開けて、何を書いたらいいのかの全容が一気に降りてきたのです。


これは思考による結果ではなく、突然変異のようなもの。

まさに文字通り、彼方からの援助だと思います。


書く気が盛り上がらないときに、義務感で頑張っても、そこには多くの作為があり、本物の文章は書けません。


これは音楽も同じで、頭で作ったものは過去の焼き直しにすぎず、人を感動させることはありません。


受けたいとかいう気持ちを捨てて、周りの評価を一切捨てて、ただ自分の奥から湧き出してくる感覚を、力まずに作品化することはとても大切だと思います。


一昨日の絶対他力ライブで、好きなことをしゃべり、久しぶりに音楽の楽しさに身を置いたことが、この気づきにつながったのかもしれません。



そんなわけで執筆に集中することになるので、ブログの更新が疎かになるかもしれません。


ただ、サンガの配信や瞑想会だけは続けていきます。

瞑想会は誰でも参加できますのでどうぞ気軽に来てください。



一昨日の智子さんの声の迫力は凄かったですね。

不思議なことに彼女も、この数日にチャクラ瞑想に関する新たなひらめきがあったようです。

やはり高い次元からの波動が、いま地上に降り注ぎ始めたのでしょうか。


これは人の努力の結果ではなく、むしろ無努力・・・作為的なことをやめて大いなる流れに任せることの結果のように思います。


このことは、いまこれを読んでいるあなたにも起きていることで、あせらず、あわてず、あなたらしく生きていればいいのです。


今夜の瞑想会は、沖縄から智子さんと普仁くんがお届けします。

僕も参加者の一人として、一緒に瞑想したいと思います。

21時からです。


アクセスはコチラ




  


Posted by Toshiro Abe at 10:36Comments(27)

2020年06月08日

オンライン

この先オンラインでの活動が増えていくと思うけれど、NIKE瞑想の場合は、まずは音質をクリアにすることから始めました

スタッフが頑張ってくれたおかげで、先日のオンラインでのルートマントラ伝授は大成功。

対面式とは一味違う良さがあったと思います。


お問い合わせをいただいている初めての方用のハートマントラ伝授も、もうまもなくご案内します。


あとは画質です。

とてもいいカメラを見つけて注文したのですが、コロナで沖縄便が減便されているからか、残念ながら昨日のライブにも間に合いませんでした。





昨日は50日ぶりにギターに触れて今朝は指先がジンジンします。

アコースティックギターをやる人間の共通の悩みでしょう。


相棒のさとうみつろう君とのユニットも7年目。

昨日は話の内容もよかったと思います。


みつろう君や、智子さんの言葉に、気づきもありました。


昨日参加してくれた皆さん、ありがとうございました。

瞑想の時間を入れたら4時間近くの配信になりました。


ここにアップしておきますので、長丁場ですが時間があるときに好きなところから見てください。


コチラから


ブログの一週間分くらいメッセージが詰まっているように思います。




  


Posted by Toshiro Abe at 09:10Comments(16)

2020年06月07日

目覚めの連鎖

いまは目覚めの時代だと言われています。

瞑想会のメンバーやサンガのメンバーからも、目覚めの報告が増えています。

そして彼ら自身が本を出版し、多くの人に影響を与え始めました。

これが連鎖と言われる現象です。


以前なら突出した人だけが誘われた目覚めの境地が、我々のような一般の人間に当たり前のように訪れているのです。


このような展開はずっと以前から予想していたことであり、非力ながらその一端のお役に立てるよう、この活動だけに人生をかけてきました


ずいぶんとバッシングも受けたけれど、そうしたくなる気持ちもよく解ります。

昔ならもっとひどい目に遭っていたかもしれず、それに比べれば平和なものです。



多くの人が一番聞きたいのは「どうやって目覚めるか」ということでしょう。

そしてその方法を提供している人もいます。


でも残念ながら、目覚めとは何かをした結果起きることではありません。

「自己」という幻想を見抜くのに、自己が何を試そうと、それは自己を強化するだけだからです。


そんな中にあって60年代にアメリカで生まれた「奇跡のコース」は、時間をかけて巧みに人を誘おうとする仕組みが見受けられます。

いま欧米で活躍する覚者の多くも、このコースを学んできています。


でも残念ながら、文化の違い、言葉の違い、翻訳の限界などが壁となり、本やサイトを読んでもチンプンカンプンです。

これが日本で広まらなかった要因だと感じるので、いまは僕なりの超訳で、毎日のレッスンを提供しています。

少しは分かりやすくなったのではと自負していますがいかがでしょう。



さらに的を射た道があります。

それは「何もしないこと」

自己を消すには、結局は何もしないことしかないのです。


しかし何もしないということさえも、自己はどうやってやろうかと考えてしてしまいます。

そうやってなんにでも関わってくるのが自己(エゴ)の狡猾なところです。


したがって、何もしないということさえもしないという、「無為の最奥を極める」という老子の教えに行きつくわけです。

この言葉は瞑想と坐禅を言い表しています。


瞑想は行為ではなく非行為です。

瞑想はこれからの高い文明を作り出す礎になるので、瞑想を正しく教えられる人を育成するのも大切なことだと考えています。



このようなことも、わずか5年ほど前までは阿部の戯言のように見られていましたが、ここにきて風向きが急に変わり始めました。

これも想定内のことです。

生意気に言わせてもらえば、世の中の流れは数十年前に予想したとおりに起きていて、これからどうなるかについても揺るぎない確信を持っています。


そのビジョンが完全に一致しているのが天河神社の柿坂神酒之祐宮司であり、まったく違うタイプではありますが、ある意味、一心同体のような気がします。

そんな仲間が増えていき、目覚めの連鎖を速めるお手伝いができることに、この上ない喜びを感じます。



これは生まれる前から計画されていたことで、こうして出会った多くの人たちも、実は同じ計画の中にあると言っておきます。


人生には何一つ偶然はなく、何一つ無駄もありません。

あなたの人生が、いまどんなシーンを迎えていたとしても、完全にうまくいっていることを忘れないでください。


そして、あなたの中に芽生え始めた目覚めへの関心を、大切に育んでいってください。

なぜなら、このこと以外に生きる理由はないからです。


悠久の時を経て、物質次元での最終進化を迎えようとしていることにワクワクしてください。


すでに目覚めた人たちもいるので、次回は目覚め後に起きやすいことや、目覚め後の生き方指南を書いてみたいと思います。



・・・・・・・・・



【お知らせ】

今宵の配信は17時からスタートで、さとうみつろう君と惣領智子さんを交えて音楽とトークをお届けします。

アクセスはコチラ

そして今夜は20時からNIKE瞑想に入っていきます。



  


Posted by Toshiro Abe at 09:12Comments(22)