2006年11月30日
本当のことを言うと・・・最終章
今、世の中にはストレスが蔓延している。
そこには成果主義からくる競争や過労など様々な理由があるだろう。
僕は方広寺で企業人たちの人間研修を開催していた。
そして僕が見た限り、彼らのストレスは仕事そのものというよりは、人間関係に起因しているものが多かった。
互いの自我が互いを傷つけあう結果をもたらしていたのだ。
それは家庭の中でも友人関係でも同じこと。
自我とはとても過敏なものだ。
誰かがあなたを特別に好意的な目で見れば、決してそれを見逃さないだろう。
誰かがあなたをあえて無視すれば、それを見逃す事もない。
自分に対するほんのささやかな情報も過敏にキャッチし、一喜一憂するのが自我の仕事だ。
自我とは傷口のようなもの。
いつもその傷口は生々しく開いていて、ちょっとの刺激にもすぐに反応する。
相手はそんなつもりではなくても、それが傷口に触れれば痛みをもたらす。
その時、傷ついた人は相手が自分を傷つけたと思う。
責任は相手にあると考える。
実は相手はその人を傷つけることになんか関心はなかった。
そんな余力は残っていないのだから。
相手の一番の興味は、自分の傷口を守ることだった。
それだけで手一杯だ。
自我・・・それがストレスや多くの精神的疾患の正体だ。
僕たちは、その自我を薄れさせる練習をする事が出来る。
それが今日やった「Welcome!!」「Yes!!」の習慣だ。
それは自我を小さくさせる。
反対に「No!!」は自我を大きくさせる自我の食べものだ。
自我は「No!!」とともに生まれる。
観察した事はないだろうか。
人間は赤ん坊の頃には自我を持っていないが、最初に自我に目覚めて使い出す言葉は「イヤ!」
反抗期と呼ばれる自我の成熟期にも、頻繁に使う言葉がこの「イヤ!」「No!」なのだ。
自我を落とす・・・これが人生で最大の仕事であり、「無心」「無垢」「悟り」に近づいていく道だ。
それは単にストレスをなくすだけでなく、人生の本当の意味に繋がる唯一の道でもある。
人生の絶え間ない繰り返しには意味はないが、その無意味な人生を超えたところに宇宙規模の意味が待っている。
その時初めて、人生は生きるに値する壮大なチャンスになるのだ。
自分の傷口(自我)と生きるのはもうやめよう。
全体に身も心もゆだね、「思し召すまま」「Let it be」の心境で生き始めよう。
君に伝えたいことはたくさんある。
でもそれを知るのは君の仕事だ。
ひとたびそのなんたるかを知ったら、君は大笑いするだろう。
自分がやってきた全て、恨んだり、反抗したり、復讐したりしてきた全て。
その愚かな一人芝居は、他ならぬ自分自身を傷つけていたことを知るだろう。
自分以外に自分を傷つけてきた人はいないんだよ。
そして自分以外に自分を救える人もいない。
僕の経験した全てを君と分かち合いたい。
最後まで読んでくれてありがとう。
2006年11月30日
やってるかい?

放り出さずに続けてる?
何があっても、誰と会っても、心の中でニッコリ笑って
「Welcome!!」
「Welcome!!」
「Yes!!」
「Yes!!」
だよ。
今初めて見た人や、途中で忘れてしまった人はまた今からやってごらんよ。
そして、いつも自分が心の中でいかにたくさんの「No!!」を言ってきたかに気づくんだ。
僕も普段は「歩くNO!」みたいな人間だなって、それが今の実感。
さ、それじゃご一緒に
「Welcome!!」
2006年11月30日
Welcome!!

おはよう

さて今日は、話を一旦脇に置いて、実践的レッスンをしてみようよ。
それじゃ、さっそく始めるね。
今日一日は、何が起きても、誰と会っても、心の中で「Welcome!!」と言うんだ。
「Welcome!!」が言いにくければ「Yes!!」でもいいよ。
にっこり笑って全てを肯定していく。
誰かに足を踏まれたら「Welcome!!」
誰かに侮辱されても「Welcome!!」
好きな人と会ったら「Welcome!!」
苦手な人と会っても「Welcome!!」
なんでもかんでも、ようこそここへクッククックだ。
たった一日でもそれができたら凄いよ!
まず周りの状況が驚くくらいスムーズに展開しだす。
そしてあなたの身体の中に、大いなるエネルギーが満ち溢れてくる。
たった一日でだよ。
だから今日一日それにトライしてみよう!!
さあ、一緒にやってみようぜ。
普段無意識に、いかに何度も「No!!」を言っていたかがわかるよ。
いっさい裁かないで、ありのままの状況に「Welcome!!」
あとで何のレッスンなのか解説するからね。
もちろんここも「Welcome!!」
↓
2006年11月29日
続・続・本当のことを言うと・・・

さて「本当のことを言うと・・・」シリーズだ。
そもそも「言うと・・・」の「・・・」は何かといえば、「身も蓋もない」という言葉が入る。
だって言いたい事は
「人生は生きるに値しない」だから。
それを言っちゃオシマイだよ、おいちゃん!
朝起きて、顔洗って、トイレ入って、新聞読んで、朝飯食べて、満員電車乗って、会社着いて、なんやかんや仕事して、昼飯食って、また仕事して、会社終わって、飲みに行って、家に帰って、夕飯食って、テレビ見て、風呂に入って、(たまにS○Xして)、電気消して、眠って、目覚まし時計が鳴って、また朝起きて、顔洗って、トイレ入って、新聞読んで、朝飯食べて・・・・・・・
生活内容の個人差はあるけど、いつも見果てぬ未来に期待をよせて、「いつか、いつか」って生きている姿は、みんな似たようなもんだ。
そして「いつか」なんて日は永遠に来ない。
子育てのために自分を犠牲にして働いて、その子供が親になればまた自分を犠牲にして親業やって、それが連綿と続いていく。
恋の賞味期限は長くて3年。
うっかり結婚でもしようものなら、その後は絶え間ない葛藤を繰り返し、別れるったって世間体や生活があるし、子供がいた日には、そうそう簡単にはいかない。
絶え間ない心配と、人間関係のトラブルやストレス。
一つ問題が解決したかと思うと、必ず新しい問題が待っている。
宝くじを買いに行けば11番窓口までしかない

「人生は試練だ」とか訳の分からないこと言って自分を励まし、そうやって年老いて、最後は死んでいくんだ。
さて、これくらいでいいだろう。
どう?
うんざりした?
え?まだうんざりしないの?
まだ自分や自分の人生に期待をして、可能性を感じているの?
この先にきっと何かがあると思っているの?
そういう人は、今までどおりその人生のコースを走ったらいいよ。
そしていつかうんざりしてコースをリタイヤしたくなったら、僕の話を聞いてほしい。
さて次回は、こんな馬鹿な話に興味を持ってくれたあなたに、違う生き方の可能性をお話します。
次回はさらにマニアックな世界に入っていきます。
それじゃ、おやすみ。
またすぐに朝だよ。
朝起きて、顔洗って、トイレ入って、新聞読んで、朝飯食べて、満員電車乗って・・・・・・・・・・
2006年11月29日
神のお告げ 後編

<まずは前編を読んでね>
平成12年12月12日 昼
その日はとても寒い日だった。
子供に厚着をさせ、宝くじ売り場駐車場に到着。
僕がのこのこ付いていったんでは、子供が買ったことにならない。
車の中で子供に一万円札と腕時計を渡し
「いいか、この時計が12時になったら12番窓口で買うんだゾ」
「うん、わかった」
たくましく成長した我が子の後姿を見送りながら、ひとりニタニタと3億円の使い道なんぞ考えていた。
うん、1億は貯金しよう。
あとは郊外に家を建てて、庭に茶室なんぞ作って、そこでのんびりお茶でもたてて過ごそう。
俺ってなんて渋い男なんだ。
豪華客船で世界一周だなんてことはぜったいやらないだろう。
そういう派手なの嫌いだし・・・・
だいたい世界一周なんて面倒くさい。
人には黙っていたほうがいいな。
借金とか募金とかに追われるのが関の山だ。
募金しないと、人でなしなんて言われちゃうかもしれないし。
待てよ・・・少しくらい募金しないとバチが当たるかも。
うん、100万円くらいいってみようか。
いや、50万円でいいか、老後の事もあるし・・・
あーでもない、こーでもない・・・
しばらくして息子が車の窓を叩いた。
可哀そうにほっぺたと耳が寒さで真っ赤になっている。
すぐにドアを開けると、白い息を吐いて息子が言った。
「パパ・・・あのね・・・」
「どうした?」
「11番窓口までしかなかった」
「
・・・・・・・!!!!!」重苦しい沈黙
「・・・・・・そうか・・・で買ったのか?」
「うん」
「・・・・・そうか・・・・じゃ帰ろうか
」「うん」

え?いくら当たったかって?
そんなこと聞かないでほしい。
それ以降、神のお告げはない。
あっても信じない。
(この話は全て実話です)
かわいそうな親子に同情の一票を
↓
2006年11月29日
神のお告げ

忘れもしない1982年10月27日早朝。
僕が29歳の誕生日を迎えた朝のことだ。
その日夢を見た。
それは競馬の重賞レースでゼッケン4の馬が他の馬に数馬身の差をつけて優勝するというものだった。
当時競馬を覚えたてだった僕は、すぐに競馬新聞を買って見てみると、その週は天皇賞がある。
ゼッケン4はメジロティターンという馬で、14頭の出走馬の中で8番人気くらいだった。
競馬に詳しい友人にそのことを話すと、その馬は絶対に勝たないとのことだった。
がちがちの本命・対抗があるとの話。
結局馬券を買うことはなかったが、やっぱり気になって当日テレビで競馬中継を見たんだ。
すると・・・・
すると・・・
夢で見た同じような勝ち方でメジロティターンが優勝。
しかもコースレコード!!
単勝の配当金もけっこうなものだった。
その時の驚きは言葉で言い尽くせない。
「あるんだな・・・こういうことって・・・」
それは僕が神様を信じるようになった記念すべき日となった。
時は流れて平成12年12月。
あれ依頼、とんとギャンブルの夢を見なくなっていた僕の夢枕に、ついに神のお告げが下った。
「平成12年12月12日午後12時に、浜松のマスミという宝くじ売り場12番窓口で、子供に宝くじを買わせなさい」
来た、来た、来た、来た!!!
マスミとは、すでに数十本ものジャンボ宝くじの一等を出している全国屈指の宝くじ売り場。
ずらっと並んだ売り場窓口には、いつもひっきりなしに人が訪れている浜松の名所だ。
もしかしたらこのことが浜松に住むようになった理由だったのかもしれない。
起きる事が起きている。
この世に偶然は無い。
なんとも言えない密かな喜びが身体の奥から込み上げてくるのを感じた。
苦節ウン十年!
やっと報われる日が来たんだ。
しかも今回は当たれば億の宝くじ。
競馬なんかとはワケが違う。
子供に買わせるというのがミソだろう。
だって12月12日は息子の誕生日なんだから。
僕は確信めいたものを感じていた。
(長くなったから一休み、この続きは午後にでも)
2006年11月29日
出会いは歯車

おはよう。
ちょっと二日酔い。
昨夜遅く「てぃーだブログ」のスタッフのみなさんが母家に遊びに来てくれたんだ。
みなさん沖縄を愛する気持ちが強く、地元密着型ブログを展開する意気込みを感じた。
これからますます発展していくことだろう。
出会いに感謝だ。
今年の7月、スタッフのZEN君に会わなければ、このブログ生活はないんだからね。
正直言ってその時はブログがどういうものなのか分からず、そんなに興味はなかったんだけど、ZEN君の一生懸命な姿勢が印象的で、とりあえずやらせてもらおうと思った。
今じゃこれがない生活は考えられないくらいに、僕にとって大きな存在になっている。
人生は人との出会いの一つ一つが歯車になって、それがかみ合いながら創りだす大きな芸術作品みたいなものだなって思う。
ひとつの歯車をどう使って、どのように回転させるかで全体が変わってくる。
その時は全体像が見えなくても、僕達にできることはどんな歯車も大切に扱うことなんだろうな。
一見必要のない歯車に見えても、それが全体の中でどんな役目を果たすのかは想像を超えているから。
さて今日はあと2回、ブログを更新する予定。
タイトル予告
「神のお告げ」
「続・続・本当のことを言うと・・・」
お楽しみに
今日もいい一日をね。
創作意欲に直結
↓
2006年11月28日
月の道

できた!
いいよ!
うん、頑張った。
村が土砂災害にあった時、被災者を励まそうと作った歌がこれ。
ちなみにその時に企画したチャリティコンサートの宣伝をてぃーだブログのトップページにお願いした時、いっそ自分でもブログやってみれば?と勧められたのがこのブログを始めるのキッカケだった。
この世に偶然はない。
2006年11月28日
ミックスダウン

たくさんのチャンネルに録音した音をバランスをとって仕上げる段階で、僕の一番好きな作業。
あっというまに5時間10時間がたってしまう。
機材がハイテク化しても結局は感性が決めて。
感動は永遠に人間が作り出すんだろうな。
2006年11月28日
書きたい

いつも見に来てくれてありがとう。
数日前のノンちゃんのコメントへの解説も書きたいし、「続・続・本当のことを言うと・・・」も書きたい。
う・・・ん、書きたい・・・掻きたい・・・背中に手が届かん・・・真実に言葉が届かん・・・

毎日10回くらいアップしても100年分くらい伝えたい事があるんだ。
毎回言い切っておいて何だけど、実際には言葉では何一つ言い切る事は出来ない。
ちょうど平面(二次元)が決っして立体(三次元)にならないようにね。
だから右からも左からも上からも下からも伝えて、それらはそれぞれ矛盾していて、その矛盾の中から聞いてくれる人が何を感じ取ってくれるか。
そう、シャンティさんがコメントしてくれたように、これは感じることなんだ。
だから何度もここに来てくれるあなたにありがとう。
言うまでもなく僕自身は未熟者だけど、それでもあなたに伝えたい事があるんだ。
今日は「月の道」と「センチメンタルカーニバル」のトラックダウン。
そして夜は8時から母家で<いまここ塾>
誰でも気軽に入れるよ。
また実況報告するからね。
今日も一日、「Take it easy」でいこうね。
そんなわけで今日も元気に

↓
2006年11月27日
2006年11月27日
歌入れ終了

声ががらがらになったけど、無事レコーディング終了。
明日トラックダウンで仕上げだよ。
センチメンタルカーニバルをリメイクした。
この曲は23歳の時の作品で、最初にあおい輝彦さんが歌ってくれて、その後芳本美代子さんがリバイバルしてくれた。
典型的な昭和歌謡曲。
カラオケのおかげで今でも印税が入ってくるけど、もっと頑張って他にもたくさん曲書いておけばよかったって、欲はきりなく出てくるのであった。
今回のもなかなかよく出来たよ。
お楽しみに。
2006年11月27日
続・本当のことを言うと・・・

こういう話をする時は、いつもわくわくしてしまう。
自分の魂が喜んでいるのがわかる。
このさいだから、調子に乗ってもっと話させてもらおう。
実際、朝から晩までこの種の話だけをしていたい。
あとの事は取るに足らないどうでもいいことばかりだから。
人生にはいくつかの可能性があると思う。
ひとつはぐっすりと眠りほうけて、欲望と執着の世界の中で同じことを限りなく繰り返す生き方だ。
成功しようと失敗しようと、死が全てを奪い取っていく泡のような人生だ。
一般に「人生」といった時はこの生き方のことを言っている。
うまくいこうがいくまいが、どちらもそれほどの違いは無い。
しょせん一人よがりの思い込みに過ぎないのだから。
ちょいとばかり成功して紳士録に載ったところで、100年もすれば人々の記憶から跡形も無く消え去ってしまうだろう。
それが泡の宿命だ。
ここには本来意味も意義もないのだが、それじゃあんまりなので、人はいろんな意味をひねり出す。
それが哲学や宗教と呼ばれるもの。
それらはこの世の処方箋。
もっと言えば、泣き叫ぶ子供に与えられた玩具のようなものだ。
あげくの果ては前世や来世まで持ち出すことになる。
この世で正しく生きれば報われるといった具合に。
どれもこれも、人間が頭で作り出した戯言に過ぎない。
このシャバの世界、絶え間ない繰り返し(輪廻転生)に意味は無い。
それじゃ、それ以外の人生の可能性とは何だろう。
どうしたらいいって言うんだ。
だいたいお前は何が言いたいんだ。
でへへ・・・

こういうぶっ飛んだ話をしながらも、実際にはシャバにどっぷり浸かっている僕には、今やることがあるんだ。
こんな楽しい話なのに、いつまでもしているわけにいかない。
今レコーディングのまっ最中。
これはこれで面白い。
そんなわけでまた後ほど。
馬鹿な男の独り言にお付き合い下さりありがとうございました。
m(_ _)m
2006年11月27日
本当のことを言うと・・・
また月曜日の朝。
「やれやれ」と重たい身体を引きずっている<サザエさん症候群>のあなた。
何もしてあげられないけど、せめてエールを送りたい。
「頑張れ!!またすぐに金曜日の夜になるから」
「そしたらすぐに月曜の朝だ」
なんのエールにもなってないか(^^;)
こうやって毎日が飛ぶように過ぎていく。
いろんな感情や考えがひっきりなしに訪れて、あいつが気に入らないとか、あの人に嫌われたんじゃないかとか、数年もたてばすっかり忘れてしまうことばかりで、みんな風みたいなもので、実態なんかありゃしない。
すべては過ぎ去っていく。
隣の芝生は綺麗に見えるけど、そばに寄れば似たり寄ったりで、みんな重たい荷物しょって頑張って生きてるんだから、せめて優しくしてあげようぜ。
あんまりまじめに考えるなよ。
疲れるだけだから。
本当のことを言うと・・・
本当のことを言うと・・・
非難覚悟で本当のことを言うと・・・
怖いけど本当のことを言うと・・・
言うぞ・・・
言うぞ・・・
もう一人の僕が、やっぱり言うなと言うけれど・・・
ここまで引っ張ったんだから言うぞ・・・
本当は・・・・
本当は・・・・
「人生は生きるに値しない!」
うわ、言っちゃった。
タブーを口にしちゃった。
これで好感度が急落するのは間違いない。
反感の嵐だ!!
頑張って一生懸命生きている人ほど、こんな言葉は聞きたくないだろうから。
結論
でも今こうして生きているのも事実で、この無意味な人生の奥に隠された真理に目覚めるために、今日も一日けなげな人生を送るのであった。
せめて気楽に生きようぜ。
もう一度言うよ。
「あんまりまじめに考えるなよ」
勇気にご褒美を
↓
2006年11月26日
風邪注意警報

昨日から家の子が風邪をひいたみたいで、熱が38℃で咳が止まらない。
昔だったら必ず喘息を併発したのに、沖縄に越してきてからは温暖な気候のお蔭か喘息がでることは無くなった。
それだけでも親としてはほっと一安心。
今までに何度救急に駆け込んで、一緒に病室に泊り込んだことか。
これから風邪のシーズンだから、みんなも気をつけてね。
僕は外出から帰ったら必ずウガイをして手を石鹸で洗っている。
エヘン、偉いだろ?
それだけでも、ずいぶん違うよ。
お互い風邪には気をつけようね。
ガラガラガラガラ・・・・・・ッペッ!
2006年11月26日
人生は冗談
深刻さがなくなれば全ては祝祭、宇宙の戯れ。それをインドの人達はリーラって呼んだんだ。
あーでもないこーでもないの頭を切り離せば、あとは笑っちゃうだけだね。
そうなれば自分を取り巻いている現実も容易く見えてくる。
今日はみんなでそんなこと学びあいました。
はいそれでは記念撮影。
パチリ!
2006年11月26日
三昧
おはよう。
元気?
僕も気分は晴れ晴れ、元気だよ。
疲れてるんじゃないかって心配かけたみたいだけど、本当は申し訳ないくらい無理してないからだいじょうぶ

みんな優しいね、ありがとう。
昔、向和尚から教えてもらったことに「成りきる」っていうのがあるのね。
生活の中では刻々と目の前に状況が現れて、そのたびに自分の役割が変わるよね。
僕の場合だったら、ある瞬間は親であり、ある瞬間は夫であり、ある瞬間は歌手であり、講演者であり、DJであり、ワークショップのトレーナーであり、ブロガーであり、食べる人であり、歩く人であり、坐禅をする人であり・・・・
そのとき自分がやることに100%成りきる。
多くの場合、分裂した自己があり、何かをやりながら他のことを考えていたり、やっていることが半身だったりするけど、100%その状況と自分の役割に成りきってしまうことが大切って。
たとえば食べながら仕事のことを考えたりしないんだよ。
食べる時は、その食べ物と一緒にいる。
誰かといる時は、その人と100%一緒にいる。
完璧には出来ないけど、少しコツをつかむと「なるほど」って思うよ。
そのことが究極的に高まって、行為者が消えて行為だけが残るような状態を「サマーディー」っていうんだ。
この言葉に漢字をはめて三昧(ざんまい)となった。
まるで自分が中空の竹になったような感覚で、その中を宇宙の力が流れていて、そのことを許している感じだよ。
自分という見張り人が消えるんだ。
茶道でも、武道でも、およそ「道」と名が付くものはみなその境地を目指している。
そこに達した人が達人。
僕たちも生活の達人を目指そう。
それが生きるってことだから。
今から僕のライフワークに行ってきます。
また後日報告するね。
友よ、今日もよろブヒッ
↓
2006年11月25日
レスについて

以前は頂いたコメントにきちんとレスしていたのに、いつの頃からか書かない日が増え、それでも時たま、この人の質問やコメントにお答えしたいと思うときがあり、でも一人だけにするんじゃ他の人に悪いかななんて、ゴチャゴチャ考えて結局失礼してしまったりする。
でも「天」にノンちゃんからもらったコメントは、僕には答える義務があるように思うので、きちんと対応したい。
だって彼女?の考えは、凄くもっともだし、僕も昔はまったく同じ様に考えていたから。
少し時間を下さい。
数日中に必ず書くからね。
それからハーケン君や心のこもったコメントを書いてくれる皆さん、レスが無くてがっかりさせていたらゴメンね。
いましばらく猶予を下さい。
でもみなさんのコメントを読む時間はとても嬉しい時間です。
2006年11月25日
特別意識

僕はこの世で自分だけは特別な存在だと思っていた。
そうやって世の中の人、みんな見下していたんだ。
いつも人と違う事を選んで、こっそりと独りよがりの優越感を感じていた。
そんな高慢チキで幼稚な思い上がりが自分から滑り落ちたとき、それまで人を人とも思わずに生きてきた自分の愚かさが恥ずかしかった。
だから折り返し点を過ぎた今、残された人生では、その分までも人を大切にして生きていきたいって思っているんだ。
人生ではある日突然何かに気づく事がある。
そしてそれまでの人生観が大きく変わったりする。
生きてるって凄い。
2006年11月25日
ライブのお知らせ
この写真は5年前に復活ライブをやったときのもの・・・・なわけないね。
25年前に沖縄の労働福祉会館(現・県立郷土劇場)でやったコンサートの写真。
当時の音楽雑誌からの切り抜き。
ワッケ~~

それじゃライブのおしらせ。
5年前に復活ライブをやらせてもらった会場がD-SET。
そのD-SETが松山から国際通りにお引越しした。
新しくなって初めての出演だ。
なんか感慨深い。
2日間行い、それぞれ趣が違う。
12月15日(金)
アコースティックナイト
12月20日(水)
バンド編成
(D-51のバンドメンバーとのセッション)
どちらも予約3000円。
開演は20:00です。
お楽しみに。
予約・お問い合わせは
098-866-5880(母家)








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