2019年11月27日

一休みすることの大切さ

来てくれてありがとう。

読む前クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



昨日のブログにも書きましたが、頭がパンパンになって、ドツボにハマりそうな時ってありません?

僕は久しぶりにそんな感覚を経験しましたが、これって昔はお馴染みだったなと思いました。


そのとき頭の中で考えていることは一見事実のように見えるのですが、百歩譲って事実だとしても、事実のほんの断面でしかありません。


このことが見抜けたとき、身体から力が抜けます。

な~んだ、何も起きてないじゃないかってね。


いまも目の前には、ただあるがままがあります。

いままでもそうだったし、これからも変わりません。


何かがうまくいってないときは、これからずっとこの状態が続くと思いがちですが、それは違います。

すべては移り変わりながら過ぎ去っていくのであって、何一つ固定されているものはありません。


ただ唯一の例外は、頭の中で作っている世界(万物)の捉え方だけは固定されています。


たとえばあなたと毎日顔を合わせる人。

その人も昨日と同じ人ではありません。

でもあなたはその人を固定した人格だと考えているので、そのような人として現れてきます。


だからその人に対してはいつも同じような反応になるし、同じような香りがすることでしょう。


あらゆる物事は移り変わっているというのは絶対的な真実の一つですが、この対極の真実も存在します。


それは、あらゆることは何も変化していないという真実です。



何度も話してきましたが。


前者が色(しき)


後者が空(くう)


そしてこの両者が同時に存在しているのが宇宙の実相です。






空(くう)は海全体のことで、色(しき)は海に生じる波。

波は一瞬も同じ形をとり続けることはなく、海は波がどんなに荒れても何ら変わらず海をやっています。


波は動きのことであり、海は質のこと。


端的に言えば、動きが変わり続けても質は変わらないということです。

このことを極めて難解な言い方で教えてきたのが仏教と言えるかもしれません。



さて大切なのは、この2つの真実をどう使って生きるかということでしょう。

生きること自体が色(しき)の世界のことなので、色の世界にどう空(くう)を取り入れていくかということかもしれません。


最初に理解すべきは、自分の人生で何が起きていようが、その背後にある空(くう)は何も損なわれることなく、いつもいまここに在り続けているということ。

色(波)は動きのことであって実体ではなく、実体は空(海)だということ。


したがって空(くう)が本質のあなたは、いついかなる時も完全であり、最初から最後まで心配いらないということです。



いつも同じ話になってしまいますね。

結局はこれしか伝えたいことはないし、これ以上の福音はありません。


あらゆる宗教は色(しき)の世界の出来事に過ぎません。

そんな権威を持ち出さなくてもあなたこそが宇宙であり海全体なのです。



瞑想は色から空への移行であり、安心と満足をもたらしてくれる唯一の時間なので、やはり最後は瞑想しかないというのが長年の主張です。



今日はこんなところで(^^)



今夜Web瞑想会をしますから都合がつく方は一緒に瞑想してください。

21時少し前から配信していて、21時半くらいから瞑想に入ります。

場所は離れていても心を合わせれば、いつもと違う境地に誘われていくことでしょう。


時間になったら

https://www.ustream.tv/channel/rh5rrpCfAuq

にアクセスしてください。





いつもありがとう。

あなたのクリックが励みになっています。







  


Posted by Toshiro Abe at 09:20Comments(9)

2019年11月26日

私は狂ってます

来てくれてありがとう。

読む前クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



今日はそこら辺をゴロンゴロン転がりたい気分だ。

エネルギーが余ってしまって、どうにかしなきゃという感じ。


こういう時は頭の中もフル回転。

久しぶりに訪れたこの状態をもう少し観察してみようか。


まるで落ち着きのないサルが木から木へ飛び移るみたいに、思考はじっとしていられない。

何を考えているのか掴まえようとすると、すでに違う思考が現れている。


漆黒のカーテンに向かって、次の思考は何かなって待っている時とは大違いだ。



いまこの記事は音声認識で入力しているけれど、もし考えたことがそのまま入力できるような技術が開発されたら、きっと驚くだろうな。

自分が完全に狂っていることを認めざるを得ないだろう。

こんな狂ったマインドの指示に従って生きたとしたら、人生が混乱するはずだ。


そういえば、昔は大声で支離滅裂な独り言を言いながら歩いている人を見かけたものだ。

みんなはその人を狂人だとして遠巻きに避けて通っていたっけ。

僕も怖くて近づけなかった。


でもいまの僕の頭の中も、その人と同じようなものだ。

ただ声に出していないだけで、頭の中でずっと独り言を言っているしね。


しかも内容はほとんど支離滅裂。


あっちいったり、こっちいったり。

こうだと思えば、こうじゃないと思うし。



そうか、いま僕は狂ってるんだ!

考えに取り込まれている時は、狂っているようなものだ。


この混乱したマインドの言うことを鵜呑みにしてはいけないことだけは確かだ。

マインドは、さも自分の言う通りにすれば幸せになれるみたいな顔してるけど、これまでだって何処にも行きついちゃいないじゃないか。





僕らが完全に正常なのは瞑想している時だけかもしれない。

たぶん僕だけじゃなくて、誰も似たようなものだろう。


みんなで思考拡声器を取り付けたら、世の中うるさいだろうな。

ギャアギャア何言ってんだか分からない。


それに

「おまえ、そんな風に思っていたのか」

って仲たがいが始まるかも。

そうならないように、きっと僕らは心のどこかを緊張させて、分別にのっとって生きているんだと思う。

だから疲れるんだ。



正直に告白しよう。

いま思考まみれの僕は完全に狂っている。


もしかしてこの状態が続けば、自分が狂っていることにもマヒしてしまうのではないか。

そこに病名がつくかどうかは単に程度差であって、質はみんな同じようなものかもしれない。



そういえば、ブログを書くときって瞑想してからが多いな。


瞑想状態でブログを書くと・・・・・いいこと言うんだなこれが(笑)




そんなわけでまた明日。




よければクリックしてください





・・・・・・・・・・・・


【お知らせ】

12月15日大阪ワンデイセミナー「幸福な富者への道」は満席となりました。

その後もお申し込みが入っているので、ご都合が変わった方は、なるべく早くご連絡さい。


12月22日は東京で、奥平亜美衣さんとコラボします。

もちろん引き寄せが最終テーマですが、彼女OSHOの本を翻訳して、それが発売になるタイミングなので、かなり深い内容になると思います。

また詳細が決まったらご案内しますね。




  


Posted by Toshiro Abe at 09:40Comments(22)

2019年11月25日

あなたは宇宙の孤児ではない

来てくれてありがとう。

読む前クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



さてまずは、何人かから頂いた質問。


Q)赤い巻物はいま僕の手元にあるのか?

A)まったく同じ内容のものを、最近になって神社関係者から頂いたということです。



Q)白蛇経の読み方は?

A)「びゃくだぎょう」です。


以前この呪文をブログで紹介するとき、記憶が間違っていてはいけないと思い、ネットで調べたことがあります。


そのときいくつかの記事がヒットしたのですが、その中では


「びゃくじゃぎょう」

あるいは

「はくじゃぎょう」


と書かれていたので、蛇は「だ」ではなく素直に「じゃ」なのかと思い、そのように紹介しました。


ところが今回、経文そのものを手に入れたことで、

「びゃくじゃ」ではなく

「びゃくだ」であることを再確認しました。


どうやら記憶は正しかったようです。



天河での奉公を終えて下界に戻ろうとしたとき、神殿の前で願った3つの願い事は不思議なことに、たちどころに叶うことになります。

しかもどれも簡単な願い事ではありませんでした。


その後、これまた天河神社で知り合った人たちのおかげでセミナーを開催できるようになったりして、人生の節目にはいつも天河がありました。

たんなる偶然の繰り返しという可能性もあるのですが、もしかしたら本当に彼方の力なのかもしれません。



少なくとも、神社にほとんど興味のない僕が、ここまで一つの土地に惹かれてしまったのは理屈を超えています。

何が何だか分からないまま、いまを迎えているのです。


余計なことですが、もし第三者がひとつの神社等にこだわり続けていたら、偏った人として遠巻きに眺めていることでしょう。


僕のこともそのように見ている人がいることはわかります。

でもどうしようもありません。

そのような他者の目や意見を気にするより、湧き出てくる思いを生きるしかないからです。


「やっているのは自分じゃない」ということを、こういう時は使いたくなります(^^)

実際そんな感じです。






そしてこの先、この人生は思いもよらない方向に流れていく予感があります。


それは僕だけでなく、多くの人に訪れだしたチャレンジのような気がします。

端的に言えば、怖れや世間体から生きるのか、心のままに生きるのかということ。

そういう時代に入ったのではないでしょうか。



今日の最後に、天河弁財天から託されたメッセージをお伝えしておきます。


「もっと私に甘えなさい。もっと願いなさい。」


我々は宇宙の孤児ではないということ。

お馴染みの不安や心配は、この世を生きる定めのようなもので、これからも決してなくなることはありません。


しかも我々は生かされているのです。

自力だけで頑張ろうとせずに、もっと甘えていいのです。


「もっと私に甘えなさい。もっと願いなさい。」



いつも何かに守られていて、その何かは完全にあなたの味方だということをお伝えしておきます。



おんそらそばていえいそわか



かんながら






・・・・・・・


【お知らせ】

明後日の27日夜9時から、Web瞑想会を配信をします。

一緒に瞑想してくれる人は時間を空けておいてください。


12月15日大阪ワンデイセミナー

「幸福な富者への道」は残り席わずかです。

詳細はコチラから


  


Posted by Toshiro Abe at 09:10Comments(21)

2019年11月24日

貧転じて福となる

来てくれてありがとう。

人気ブログランキング



今日の話をする前に、まずは30年前のとあるエピソードをお話ししておきましょう。


僕が天河神社のご奉公を始めて2か月目くらい、平成元年5月だったと思います。

とあることで知り合いだった俳優のEさん・・・面倒だから実名でいきます・・・榎木孝明さんが、僕を訪ねて東京から天河にやってきました。


その日は夜遅くまで、天河の民宿で彼の相談事を聞くことになりました。

当時は俳優の仕事が行き詰っていて、進路を迷っているというような話だったと思います。


実はたまたまその日、宮司さんから

「アンタにこれやるわ。これ持っとると何でも夢が叶うさかい」

と言われて、赤い表紙の短冊状の経文をもらっていました。


宮司さんからのプレゼントは初めてのことで、あのころは宮司さんに声をかけてもらうだけで嬉しかったので、僕は宝物を手にしたような気分でいました。


でも目の前の彼の思いつめた顔を見ていたら、この経文を彼にあげたくなってしまったのです。


僕自身もこの先どうなるのかまったく分かっていませんでしたが、芸能界の活動を辞めてすでに年月も経っていて、僕が持っているより彼のほうが役に立つ気がしたのです。



翌朝、彼は帰京しましたがその二日後くらいだったでしょか、彼から民宿に電話が入りました。


「大変です。今日になって角川映画の超大作の主役が舞い込んできました!!」


僕の著書では、その時、経文をあげてしまったことを後悔したと面白おかしく書きましたが、実際は心から良かったと思いました。


そして

「へえ、そんなことってあるんだな。たしか三日のうちに願い事が叶うって書いてあったし」

と静かに感心したのを覚えています。



それが「三日成就妙典感得」と題された聖典です。


もともと弁財天は仏法の守護神ですが、そこに神仏習合によって宇賀神信仰が加わり名実ともに福の神となります。

宇賀神についてはよくわかっていないのですが、日本各地にある稲荷神社の主祭神とも言われています。


このような知識には諸説あるので、どれが正しいかというよりは、実際に功徳として使いこなすのがいいと思っています。

いまや、弁財天と宇賀神は一体として考えるのがいいでしょう。


で、経文の内容は何かと言えば、お釈迦さんが、

「この呪文を唱えれば、とことん豊かになる」

と言って、どれくらい豊かになるのかを詳しく述べています。



こういう話をすると、

「無欲を説いたお釈迦様がそんな下世話な教えを説くわけがない。いいかげんなことを書くな」

というお叱りのコメントが来そうですが、今日は要りません。

実際に古来から伝えられてきた経文がこうして残っているのだから。


ただしこのような教えは秘教の一種であり、特定のグループにだけ伝えられてきたきらいがあります。


でもこのインターネットの時代には、秘教もへったくれもありません。

そもそも関心が無ければ無視すればいいだけで、関心のある人には生きる力になるかもしれません。


僕自身は奇跡も含めて、この世ではどんなことでも起こりうると考えています。


ちなみにその後、榎木孝明さんは「天河伝説殺人事件」の主役にも抜擢されるのですが、もちろん偶然(?)です。

しかも龍村仁監督の映画「ガイアシンフォニー」のナレーターも務めます。

龍村監督は天河に魅せられて、作品ができると必ず天河神社で奉納上映してから一般公開をしています。

実は龍村監督に最初に天河神社を紹介したのも僕であり、どうやら昔から天河と人を繋ぐ役目をさせてもらっているようです。





さて経文の中では、長々と具体的に富の描写が続いた後、豊かになるための呪文が公開されます。

この呪文を唱えれば三日のうちに貧転じて福となると言った後で、


その時、世尊、定業貧転の偈を説き巳(おわ)って即ち、貧転の呪を説いて曰く

「南無白蛇形宇賀耶惹耶蘗陛施多摩尼貧転吽娑婆訶」

なむびゃくだぎょう うがやじゃやぎゃらべい しんだまにびんでんうんそわか



となるわけです。


絶対的真実である空(くう)の教えだけでなく、生身の人間として生きる者たちに、少しでも人生を豊かにする知恵を授けたとしても何らおかしくありません。


色(しき・現象界)も空(くう・非二元)も同時に起きているのであり、どちらもバランスよく学ぶことが必要だと思っています。

手前みそですが、会員制の禅サンガはまさにこのスタンスでみなさんと体験を共有しています。




そんなわけで今日もクリックご利益


なむびゃくだぎょう・・・





・・・・・


【お知らせ】

ここまで読んでくれた皆さんに、とっておきの情報があります。

来る12月10日、天河神社に善光寺貫主をお迎えして、柿坂宮司と共に、宇賀神をお祀りする神仏習合の神事「宇賀神王浴酒神事」が執り行われます。

「牛に引かれて善光寺参り」の、あの善光寺です。

貫主様は天河神社の熱心な信者で、ほぼ毎月かかさずお参りされているそうです。


宮司さんからは、この日は最も大切な日になるから真の祈りを捧げてくださる方々にお知らせくださいと言われています。


詳しくは天河神社からのお知らせをご覧ください。



僕も参加させてもらいます。





  


Posted by Toshiro Abe at 09:10Comments(26)

2019年11月23日

いい夢見よう

来てくれてありがとう。

読む前クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



グレースさんからの質問

>「考えない」ことと「現実逃避」との違いは何ですか?


とても素直な質問ですね。


僕の話は分かりにくいかもしれません。

だってあなたが現実と呼ぶものを、僕は夢だと言うのだから。


夢と言っても、あなたの目の前に何もないということではなく、それらの素材を基にして夢の物語を紡いでいるということです。

その夢は思考によってできているので、考えない時は消えています。


でも人は自分が抱えている物語を唯一の現実だと信じていて、その物語をよりよくするのが人生の責務だと思っています。





人生に責務があるとしたら、一つしかありません。


それは夢から目覚めること。


世間という夢


自分という夢


家族という夢


将来という夢



そう言いながら僕も夢を見ています。

個人的な夢が覚めても、集合的な夢は続いていくからです。


そのことが悪いわけではありません。

だって夢を見たくてこの人生を選んだのだから。


でももしその夢が苦悩に変わり始めたら、一休みすることも可能です。


それが「考えない」ということ。


そしてまた苦悩の映画の続きを見ればそれでいいのです。

どんな苦悩も、観客席のあなたには影響を与えることはできません。


あなたはいつも安全であり完全です。

それがこのブログで伝えたいことです。



さて、明日は「南無白蛇経」の宇賀神についてお話しします。

30年前に、ある俳優さんにあげてしまった赤い巻物を再び手にすることができたので、その内容をかいつまんでお話しします。


みんなでいい夢見ましょう(^^)



そんなわけで今日も

なむびゃくだぎょう












  


Posted by Toshiro Abe at 10:41Comments(23)

2019年11月22日

考えない練習

来てくれてありがとう。

読む前クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



最近はとにかく気分が軽い。

どうして軽いのかと言えば、ズバリ瞑想効果だと思います。


もし瞑想していなければ、僕のような者は思考まみれになっている可能性が高いです。

元々そういうタイプだしね。



若いころは効率よく生きることをモットーにしていたので、瞑想は完全に無駄な時間に見えました。

ところが内側で大きな気づきが起きてからは、価値観が完全に逆転してしまって、いまや瞑想が最も大切な時間になっています。



さてここからが今日の本題。


瞑想を続けていると自分なりのコツのようなものをつかみ始めます。

ちょっとした遊び心で、いろいろ試してみたりするのです。


僕がやっているのは「考えない練習」

練習というよりは挑戦かな。


たとえば何か人生で問題(トラブル)や心配事を抱えていたとしても、そのことを考えていない時は消えているってわかりますか?

心を悩ませている問題を考えなければ、その問題は存在していないんですよ。


苦悩する人というのは、その問題(トラブル)をとことん考えて、ぐるぐると同じ思考を巡らせて、どこにも行きつかずに気分だけがドツボにはまっているのです。


だから考える人をやめて、考えない人になるのだ。




これは究極の、いい気分即効薬。


僕の場合は瞑想中に、目の前に漆黒のカーテンを引いてじっとその黒色を見るんです。


そして、なんとなく待っている。


何を待つかというと、最初に現れてくる思考はどんな思考かなって。

真っ暗で何もないスクリーンに、最初に現れる思考。


どうしてそんな思考が現れるかも含めて、けっこう楽しみに待っているんです。



すると思考ってやつはアマノジャクで、なかなか出てこなかったりする。


それでもただ見張っている。

そうするとね、気がついた時には何かのストーリーにハマっています。


あれ?最初はどんな思考から始まったんだっけ?


これが分からない。


ほとんどの場合は「最初の思考を見つけるというゲーム」には敗北しています。


そしたらまた最初からやり直し。

で結局は同じことの繰り返しなのです。

アレ?いつからストーリーに巻き込まれたんだろうって。


そしてまたやり直し。



そんなことを繰り返していると、あっと言う間に時間が過ぎています。


しかも終わった後の気分は爽快。

身も心も軽くなっているのです。



今日伝えたかったポイントは、人生の問題は考えなければ存在しないということ。


そんなことを言うと、

「考えなくても問題は解決してないじゃないか」

という声が聞こえてきそう。


それがそうじゃないんだな。


やってみればわかること。




ハッピーついでに金運アップ(^^)/


なむびゃくだぎょう







  


Posted by Toshiro Abe at 09:32Comments(26)

2019年11月21日

再度ノンデュアリティ(非二元)のメッセージ

来てくれてありがとう。

読む前クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



「突然の気づきの中で確信したのは、これまでもずっと愛と祝福の中にいたことです」


「その時、宇宙と一つになっていました」


このような言葉を耳にすることがあります。

僕もそんな表現を使ってきました。


愛の中にいる・・・(私が愛の中にいる)

至福の中にいる・・・(私が至福の中にいる)

宇宙と一つになる・・・(宇宙と一つになった私)


でも非二元のメッセージには、私という主語はありません。


実はこのポイントが、ノンデュアリティのメッセージに関心を持った理由の一つでした。

我々は知らず知らずに、自己があるという立場から、ノンデュアリティを想像してしまうからです。



先日もお話ししたように、私という収縮したエネルギーが解放されたとしても、思考や感情、あるいは感覚も生じてきます。

ただそれを所有する自己がないのです。


ここはとても大切なポイントなので、繰り返し伝えておきましょう。


思考も感情も、内側にあるというよりは、外側の現象と同じように「場」の要素としてあります。

あるがままに起きていることの一部として生じているのです。



首なし人間のイメージの最中も思考は湧いています。

しかしそれらの思考も、風が吹いているのと同じように、ただ起きているに過ぎません。


実際にはあらゆる人がこの状態に在ります。

したがって自分がいると感じていようといまいと、我々はすでに究極の真実、非二元として存在しているのです。


でも普通我々は、自分が考え、自分が行動していると感じています。


何か思考が湧けば

「私が考えた」

と思いますし


何かすれば

「私がやった」

と思います。



もし、その「私」が錯覚で、ことは自然にただ起きているだけだとしたら。


自我はこの真実を認めてしまうと存在できなくなるので、あらゆる思考を使って否定しようとします。

中には怒り出す人もいるくらいです。


そんな喜怒哀楽も含めてただ起きているのであり、それ以外は起きていません。





Hな妄想も、

誰かに対する憎しみも、

何であれそれが起きていて、それ以外は決して起きなくて、

そこに優劣も正誤もありません。



このメッセージは、あらゆる罪悪感から救ってくれます。

だってやったのはあなたじゃないんだから。


そんなこと言ったら無秩序になってしまうという抵抗が起きる場合があります。


そういう考えが起きたなら、そのように起きたのです。



ちょっとしつこいですね(^^)



それではまたお会いしましょう。




なむびゃくだぎょう








  


Posted by Toshiro Abe at 09:42Comments(30)

2019年11月20日

自灯明

来てくれてありがとう。

読む前クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



ある修行僧が森の中で坐禅をしていた時、彼の目の前に毒蛇が現れました。

猛毒で知られている危険な蛇です。


その蛇は修行僧に近づいてきました。



彼は考えました。


悟りとは全てを受け入れることだ。

ここで身をかわしたら自我の防御になってしまう。

命は永遠だと言うことを知っていれば逃げる必要はない。

お釈迦様なら微動だにしない事だろう。


だからと言って、このまま咬まれるのを待つのもどうなのか。

悟りを選ぶか、安全を選ぶか。


誰も見ていないのだから逃げようか。

いやそんなことをしても自分に嘘はつけない。

それでは修行が台無しになってしまう。

もしお釈迦様なら・・・

ゴチャ、ゴチャ、ゴチャ・・・







結局彼は蛇に咬まれて死んでしまいました。


その話を聞いたお釈迦さまは言いました。

「かわいそうに。なぜ逃げなかったのか」



何事も、あるべき姿にとらわれてはいけません。

教えの言葉に縛られるのも愚の骨頂です。


それらはすべて過去のもの。

いま目の前の状況には合わないかもしれません。



いまこの瞬間の感応を拠り所にすること。


それが自灯明です。




いつもありがとう。

これからもこの瞬間の自分を信頼していきましょう。





なむびゃくだぎょう






  


Posted by Toshiro Abe at 09:55Comments(19)

2019年11月19日

精神の縄文回帰

来てくれてありがとう。

読む前クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



生きる基本は宗教学でも哲学でもありません。

生きるというのは、ダイレクトないまここの命のほとばしりです。


流れる風

満天の星空

神との交感

命とのふれあい


太古の日本には宗教などなかったけれど、いまよりずっと宗教的だったのではないでしょうか


人々は自然を崇め、自然と共に生活していました。

人間も自然の一部だということを知っていたのです。

それを縄文と呼ぶのなら、いまこそ縄文に帰るときなのかもしれません。


はしょって言えば、西洋は自然を淘汰し克服することを目指してきました。

その結果、地球環境を破壊し、絶滅種を増やしてきました。

人間こそがもっともすぐれた生物で地球の支配者だと信じた結果です。


でもそのおかげで科学文明にあやかることもできています。

いまのこの便利な生活を支える道具の数々は、西洋科学がなければなかったことでしょう。


なにごともバランスです。

縄文に帰ると言うのは、それらの便利さを捨てろということではありません。

何もかも昔に戻すことがいいとも思いません。


ただ、拡大ばかりを目指すのではなく、その知性と努力を持って自然との調和にも力を入れていこうということ。

地球の支配者であるならば、自然や命を破壊するのではなく育んでいこうということです。


たぶん世界中の多くの人たちがそれを望んでいることでしょう。

子供や孫たちに何を残すのかを考えれば、答えは同じです。


経済優先主義の暴走をいかに食い止めるか。

それには、何が幸せで何が心の満足をもたらすのかを、もう一度問い直すことだと思います。


人間の知性の方向を少し変えるだけで、人口と食料のバランスも、富の配分も、動植物たちとの共存も可能になることでしょう。





科学技術を携えた精神の縄文回帰。

自然を崇め、自然と共に暮らすテクノロジー社会。

あらゆるものに神が宿っていて、すべての命の源は「ひとつ」だとみんなが知っている社会です。


そのためには、個々の中に地球感覚がよみがえることだと思っています。

地球感覚とは全体意識です。


これを書いたのは危機を訴えるためでも、啓発を促すためでもありません。

いまの流れを無理やり改革しようとすれば、それもまた暴力です。


そうではなく、やがては人の意識が新しい方向に向かい始めるという予感です。


なぜか


それは、人間をはるかに超えた地球の知性が、多くの人に全体意識への気づきをもたらしていくと感じているからです。

すべては必然であり、ここまで破壊が進み危機を生み出したことで、それを解決するための悟りの連鎖が始まっていくと思うのです。


この直観を得たのは30年以上前ですが、あのころとは比べ物にならないくらい多くの人が真実に目を開き始めました。

このムーブメントを作っているのは全体意識(地球意識)自体だと思っています。



かんながら たまちはえませ





今日も

なむびゃくだぎょう







  


Posted by Toshiro Abe at 09:42Comments(18)

2019年11月18日

自我とノンデュアリティ(非二元)

来てくれてありがとう。

読む前クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



何日か前にいただいていた素朴な疑問さんからの質問

>会いたいと思うのは自我なのですか? そこで会うのは運命なんですか?


ノンデュアリティ(非二元)について学び始めると、いろんな疑問が出てきます。


どだい自分という幻想を自分が見抜けるわけもなく、なにひとつ自分で理解できることもないのだけれど、なんとなくでも「そういうことか」と感じれば、その分だけ楽になります。


それには真実を指し示すガイドが必要なのですが、へっぽこガイドでよければご案内しましょう。



いつだったか、自動運転という言葉を気に入った人が沢山いましたね。

何が起きるか分からない人生で、この先ずっと正しい選択をし続けなければいけないプレッシャーは相当なものですが、人生のすべてが自動運転だと分かれば、とても気が楽になります。


あなたが人生を運転しているわけではないのです。

運転しているのは全体です。


ですから全体を信頼して身を委ねるというのが生きる極意になってきます。


ここまでの話はすでにしましたよね。

今日はその続きです。






>会いたいと思うのは自我なのですか? そこで会うのは運命なんですか?


誰だって会いたい人には会いたいし、会いたくない人には会いたくありません。


人はよくこんな考え方をします。


自分の中から「私」が消えてなくなったら、好みもなくなってしまうのではないか。

全てを受け入れるのはいいが、暴漢に襲われたらどうするのか。

自分がいなくなれば希望や目標も持たなくなるのではないか。


これらは、ノンデュアリティに対する完全な誤解からきています。


一時、大和田菜穂さんが登場した時も、彼女がおしゃれな女性だということを捕まえて、

「化粧をしたりおしゃれをしたりするのだから彼女には自我が残っている。したがって彼女は偽物だ。」

というような意見が届きました。


僕はむしろ、非二元のメッセンジャーが若くておしゃれな女性だということが面白くて、

多くの人は、「ブッダとは着の身着のままで、好き嫌いもなくすべてを受け入れた賢人だ」

みたいなイメージを持っているので、その思い込みを外す絶好のチャンスだと思ったのですが、固定観念からの逆風がすごくて、めげそうになりました(^^;)


非二元の状態を生きていることが、無欲で瞑想的で質素で感情も平たんでというのは、仏像や伝記からくる完全な誤解です。

この誤解が、自らがブッダであることを認める妨げになっているので、彼女の存在はとても有意義だと思ったのですが・・・


こういうことは歴史上も何度も繰り返されてきて、たいてい評価されるのは死んでからです。

死んでしまえば批判の対象から外れて、むしろ伝説となって神格していく場合があるのだから人間界は複雑です。

批判の対象というよりは、自分との比較の対象と言ったほうがいいかもしれません。

比較して惨めになって攻撃に転じるのが自我の習性だからです。



非二元の覚者が、あなたより優れているのではありません。

だってあなたの本質も非二元なのだから。


違いは何かといえば、たとえば質問にあるように誰かと会いたくなったり、誰かを好きになったり、嬉しかったり悲しかったりしたとしても、それらの思考や感情を「自分」のものだと感じていないこと。

すべては全体の表れだと知っている、ただそれだけです。


大和田さんの中に誰もいないように、あなたの中にも誰もいません。


それでも誰かを好きになったり、怒りがわいたり、自分の身を守ったり、何も変わりません。

ただそれをやっているのが個としての自分ではないことを知っているだけです。


なんとなくわかりましたか。


我々が努力して非二元の状態に成長するのではなく、元々ありもしない「自分」という錯覚を見抜くこと、それが仏性との出会いです。



>会いたいと思うのは自我なのですか? そこで会うのは運命なんですか?


「これは自我だ」と思うことも、「運命だ」と感じることも、すべては全体の表現です。


いくら書いても書き足りませんが、また思い出したら書きますね。



塵も積もれば山となる

なむびゃくだぎょう







  


Posted by Toshiro Abe at 09:35Comments(29)

2019年11月17日

勇気

来てくれてありがとう。

読む前クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



今日も思いつくままに書いてみます。


たくさんの人に会ってきて思うのは、人のマインドの複雑さです。

たとえば人は「私は変わりたい」と言うのですが、その一方で変わることを恐れています。


現状に満足していないのに現状を変えることを恐れるのです。

いまよりもっと悪くなるような気がするのでしょうか。

いまの苦しみなら何とか慣れたから、新しい苦しみよりはマシと思うのかもしれません。


もし変化を望むなら、「自分には無理だ、できない」と思ったことを、準備が整ってからやろうとしないで次の瞬間にやっているという「即行動」をお勧めします。

考えていると、やらなくていい理由を見つけてしまい結局はいまいる世界から抜けることができないからです。


「こうしたい」


「これができたら」


と思うなら


あれこれ考えないで「やる」と決める。


「やる」と決めて、即やる。



これは才能ではありません。

ちょっとした勇気です。


勇気は人間に与えられた掛け替えのない力です。

なぜなら、生きるというのは本来危険を伴うことだから。


ただ生きながらえるだけなら勇気はいりません。

でも真に生きるのであれば勇気は必要です。





中には、特に恐れを強く感じやすい性格タイプの人もいます。

でもこのような人が幸いなのは、勇気をたくさん発揮できる可能性を持っているということです。

恐れが少ない人には、勇気を発揮する機会がありません。


勇気はイキイキと生きる秘訣です。

そしてその力は誰もの中にあります。


あれこれ考えずに、「やる」と決めて、すぐにやる。


急にこんなことを書いたのは、きっとこのメッセージを必要としている人がいるからでしょう。

この記事が、そんなあなたの背中を押すことができたら幸いです。




ある見方からすれば、起こることはすべて決まっています。

だとしたら、どう決まっていてほしいかを生きましょう。


そして結果は天にお任せ。


「人事を尽くして天命を待つ」とはよく言ったものです。




愛と勇気を友達にして、思いのままの人生を送ってください。

なむびゃくだぎょう









  


Posted by Toshiro Abe at 09:29Comments(22)

2019年11月16日

「Yes」のススメ

来てくれてありがとう。

読む前クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



今日は絶対他力に繋がる、「信じる」ということについて書いてみます。

この話を理解するには、我々がいつも自我を生きていることを知ることが必要です。


自我を生きることが悪いと言うのではないですよ。

自我はこの世を生きる乗り物だからです。

ただし自我を生きていることを忘れて、自我と同化し振り回されることで問題を作り出すことになります。


自我とは混乱したマインドのこと。


と言うよりも自我とはマインドそのものです。

なぜならマインドはすべて程度の差こそあれ混乱しているからです。



信じるということは自我にはできません。

自我(マインド)とは後天的に作り出した防衛機構であり、それは疑うことで安全を図ろうとするからです。


そんな自我の性質を認め、謙虚になれば内側に新たな次元が現れます。

それが信頼の次元であり、絶対他力への入り口になります。


猜疑心を持つことが知性的だと思うのは間違いです。

反対に、信じること、信頼することには、深い洞察が必要となります。


誰か特定の人や教えを信じろという話ではありません。

存在全体を、そして自分の人生そのものを信じるのです。





「Yes」

これが次の次元に向かうキーワードです。

このメッセージはマインドを生きる段階から、マインドを超えた根源的知性に移行しようとする人たちのものです。


自力で頑張ってきた人が、他力の奥深さを知るためのものです。

そう言えば、ジョンレノンとオノヨーコが出会うきっかけとなった彼女のアートギャラリーでは、会場の中央に高い脚立が設置されていました。

ジョンが脚立に上って、そこに置いてあった虫眼鏡で天井をのぞき込んだら、そこに

「Yes」

と小さく書かれていて、それが恋に落ちるきっかけになったそうです。



「Yes」と言えば言うほど、自我が薄らいでいきます。

自我は「No」を栄養にして生きているからです。


赤ちゃんが自我に目覚めるのは最初に「No」と言った時だと知ってましたか。

「No」が「私」を形成します。


そうやって自我に目覚めて、自分のことは自分が守っていかなければという段階がやってきます。

両親に気に入られるようにいい子を演じたり、できる子であろうとしたり、強くあろうとしたり、そうやって本当の自分の中心から離れてしまうのです。


その結果、心からの喜びは忘れ去られ、不安とストレスの人生が始まっていきます。

瞑想はそんな状態を緩和してくれる妙薬ですが、「Yes」という態度もそのことをサポートしてくれます。


自我の頑張りは、時間と共に消耗していきます。

疲れ果て、最後は誰もが敗北するしかありません。

部分(自我)が、全体に勝てるわけがないのです。


だからこそ自我を少しずつ薄めていって、最後は完全に全体にお任せしていく。

すると人生が不思議なくらいスムーズになります。

それが絶対他力の生き方です。


かんながら たまちはえませ



また書きますね。




いつものバナーをクリックする時、心の中で「なむびゃくだぎょう」と唱えてみてください。

金運マントラですが、本当に効果があったという人が少なくありません。

実際にはもっと長いマントラですが、これだけでもパワーがあります。


南無とは絶対他力の別名。


南無白蛇経(なむびゃくだぎょう)







  


Posted by Toshiro Abe at 09:32Comments(22)

2019年11月15日

お金持ちへの第一歩

多くの人の目に触れるよう、ブログランキングに参加しています。

読む前クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



少し前に、性欲について書いたので今日はお金の話をしてみます。


お金に対する偏見は自分では気づいていないのが普通です。

多くの人は、自分はニュートラルに見ているつもりでいますが、人生全体が思い込みでできた自分本位の物語なのです。


もし全ての思い込みから解放されたとしたらどうなるんでしょう。


その後は・・・どう遊ぶかだけが残されます。

真実を知れば、あとは遊ぶことしかないのです。


何度も伝えてきましたが、人生のあらゆるルールをこしらえたのは自分ですし、そのことを破っていないかチェックしているのも、賞罰を与えているのも自分です。


自分しか存在しない劇場で生真面目に演じて、その観客まで自分がやっています。

これが人生の全貌です。



このことが分かったうえで、さてどう遊ぶか。

「遊ぶ」という言葉が不真面目に感じるように躾けられてきたから、人生は遊びだと言われると少し抵抗があるかもしれません。


でもそもそも森羅万象の存在理由は、無目的の遊戯です。


目的がないゆえに、すべては冗談みたいなもので、深刻さは人間のマインドの投影なのです。


話についてきていますか?



我々は、霊的存在であるのと同時に肉体的存在です。


そして本当の事を言えば、人が確実に知っているのは肉体だけです。

正直に自分の中を覗けば誰もがそうだと分かります。

スピリチュアルの知識で、わかったような気になっているだけです。


肉体であるが故に、お金は必要です。


自分はお金になど興味がないという人も、衣食住にはお金を必要とします。

自分は興味がなくても、衣食住を提供する側は、あなたのお金に興味を持っているのです。



さてここからが本題ですが、セオリーを理解すれば誰もが豊かさを手にすることができます。


そのための第一歩は、様々な偏見から抜け出してゼロポイントに戻ること。


考え方が自分の人生を作り出していることに気づくこと。

そして新しい考え方にシフトしていくのです。


その基本は、何だっていいんだということを知ることです。


もちろん人をだましたり迷惑をかけてはいけません。


でも安心してください。

お金持ちになる基本は「愛」だからです。

でなければたとえ一時成功しても長続きしませんし幸せにもなれません。


この先、毎回このテーマを扱うわけではありませんが、折に触れ書き進めていきたいと思います。


今日はこのへんで。




いつもありがとう。

お礼に金運呪文を封じ込めておきます(^^)


「南無白蛇形宇賀耶惹耶蘗陛施多摩尼貧転吽娑婆訶」





・・・・・・・・・・・・・


【お知らせ】


お金の話をしたからではありませんが、ワンデイセミナー「幸福な富者への道」を大阪で開催します。

とても面白い気づきのセミナーです。




東京会場


詳細はコチラから





  


Posted by Toshiro Abe at 10:01Comments(11)

2019年11月14日

宇宙大の独り言

来てくれてありがとう。

読む前クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



しずくが大洋に消え去るとどうなるか。

自分を遮るものがことごとく消えて、完全な自由がやってきます。


スカッと自由になれたら、すごく気持ちがいい。

何一つ自分を拘束するものがない状態、それが本当の状態であり、僕たちは心の底でいつもそれを恋い焦がれています。



スカッ!!


き・も・ち・い~~~~!!!



自分を縛りつけている犯人は、自分を取り巻く条件や環境ではありません。

真の犯人は、この世を生きるために自分で設定した無数の「ルール」であり、枠組みです。

あーするべき、こーするべきの全部。

人生観のすべて、信念、意見、信条、観念、何から何まで全部です。


本当の自由とは、それら枠組みからの自由でもありません。

それだとまだ、枠組みが残ったままだから。


本当の自由とは、それら枠組みが消えて無くなることです。


枠組みが消えてなくなった瞬間、意識が宇宙大に拡大します。


そして、あなたは言います。




き・も・ち・い~~~~!!!


宇宙大のあなた



本当は最初から解放されていて自由だったんだ。


生き残るための奮闘が、全部独りよがりの思い込みだったなんてね。



なんにもしなくてよかったんだ。


ただ楽しめばよかったんだ。


いったい何から何を守ろうとしていたんだろう。

外側の脅威もなければ、内側の守るべき自分もいなかったじゃないか。


内側も外側もなかったのか。



な~んだ、そういうことだったのか。


ずっと頑張ってきた愚かな自分が愛おしい。


私ってなんて健気(けなげ)な奴なんだろうって、きっとそう思いますよ。



LOVEハート




いつも応援ありがとう。

よければクリックしてください。







  


Posted by Toshiro Abe at 10:12Comments(19)

2019年11月13日

宇宙のしずく

来てくれてありがとう。

読む前クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



数日前に絶対他力の話をしたけれど、絶対他力って自力が完全に消えることを言います。


自力とは「私がやっている」という感覚のことで、自力が消えるというのは「私」が消えるということ。

早い話が全体になりきっているということです。


完全にお任せした時は、お任せした自分も消えています。

「サレンダー」です。


ところが自分を明け渡すということは自分にはできません。

ここがジレンマですね。


そこで

100%信頼するとか

潔くすべてを手放すとか

完全にリラックスするとか

いろんな言い方をするわけですが、

どれひとつとっても、自力ではできないことばかりです。



それじゃ、どうすんだよ!!

って言いたくもなるけれど、どうにもならないことはどうにもならないわけです。



少し希望めいたことを言えば、このような情報に関心を持ちだしたということは、その日が近いということ。

どれくらい近いかは知らないけれど、少なくとも数十万年もの彷徨の末に、ついにその時が来たということです。


シフトが明日起きるのか数十年後かは知りませんが、数十万年から見ればもう目と鼻の先です。

あんまり励ましになってないか(^^;)



でもこのことは、あなたが想像しているよりはるかに凄いことです。





一滴のしずくが大洋に落ちて消え去ります。


それでもまだあなたは存在します。

有限のしずくだった水滴から、大洋としての無限の存在に生まれ変わるのです。


それが再生であり、火の鳥伝説が言おうとしていることです。



その時初めて、自分がいかに偉大な存在だったかを思い出し、無尽蔵の感謝が湧き起こってくることでしょう。

それは保証します。



実際にはいまもあなたはその偉大な存在そのものなのですが、どうしても水滴のままいたいと言うので、その願いが叶えられているのです。


分離を信じることの副産物は、毎日の不安や葛藤、そして死の怖れ。


それらの勘違いが全部消えたら気持ちいいと思いませんか?

そしてそれは誰一人例外なく約束されている結果です。



だったらそれまで待たずに、前祝いといこうじゃありませんか。



ばんざ~い!!






あなたがあなたでよかったね(^^)





前祝いのクリック





・・・・・・・・


【お知らせ】

絶対他力は、引き寄せの法則にも通じるものがあります。

この法則を使うのは難しくありません。

でも頭が複雑になっている分だけ難しく感じるかもしれません。

8月に沖縄で、奥平亜美衣さん、さとうみつろうさん、そして阿部敏郎の3人で引き寄せの法則の直伝イベントをしました。

このとき参加した方たちから、もういちど動画で見たいというたくさんのリクエストを頂きました。


それくらい内容が濃くて楽しい会だったと思います。


今日からスピタメで配信します。

3時間にわたる満足度の高い内容です。


スピタメ




  


Posted by Toshiro Abe at 10:10Comments(24)

2019年11月12日

いい夢マニュアル

来てくれてありがとう。

読む前クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



そんなわけで僕もあなたも、好きで自分という夢を見ているわけだけど、どうせ見るなら良い夢の方がいいですよね。


そのためには、気分の調整を心がけようというのが引き寄せの法則の考え方です。

毎日の気分というものは、ほっとけば下に流されやすいから、そこを意識的に踏みとどまろうじゃないかと。


いい気分であれば夢(人生)の展開さえも、自分の望みに沿ってくるというわけです。


たしかに、いい気分が全てかもしれません。

だっていまいい気分なら、それに越したことはないし。


いい気分を選ぶ達人になれたら、それだけで人生の達人ですね。



僕自身、引き寄せの法則と改めて出会ったことで、何をやるにも楽しい気分ですることを心がけるようになりました。


いま自分がどんな気分なのかに気づいて、意識的に気分の方向変えようとすることは、練習次第で誰でもできるようになります。


理屈じゃなく実践あるのみ。






そんなわけで毎日いい感じなのですが、これで本当に引き寄せの法則が機能するのか改めて検証したいと思います。

これが証明で来たら、たくさんの人に勇気を与えますものね。


僕自身が具体的でわかりやすい願望を設定し、

引き寄せの法則のセオリーに則って生きたとき、

いったいどのようなことが起きていくのか、

実況で伝えながらやっていこうと思います。


さしあたっての願望は、天河に最高のホテルを建てたいというもの。


百名伽藍を超えるやつ(^^)


いるだけで身体も精神も霊体も全てがリフレッシュしていくような、そんな空間を作り出してみたいです。

きっとそれは、シンプルさの中に在るんだろうな。


少し前の僕なら、どうせ難しいと言って真剣に思い描く事さえしなかったと思いますが、これも奥平亜美衣さん効果かもしれません。


そして素直な僕は、彼女が言うセオリー通りに生きているわけです。


いい気分に浸りながら、一度願ったら、その願いに執着せずに普段は忘れている。

こんな感じです。



引き寄せの法則は、色(しき)の世界を面白くする一つかなと思っています。

いまこうして書いて改めて思ったのは、僕の中では天河のホテルが、もう8割がた実現すると信じているということ。

何も決まっていないのに、なぜだろう。


結果を信じると、ますます実現する確率が高くなるわけで・・・


しかも、いい気分で生きてるし





それでも叶わなかったら全部、奥〇亜〇衣のせいだ!!!!!!






さあ今日も成功波動を引寄せるぞ。


「南無白蛇形宇賀耶惹耶蘗陛施多摩尼貧転吽娑婆訶」

あなたにもお裾分け







  


Posted by Toshiro Abe at 10:02Comments(32)

2019年11月11日

長者の家の子となりて

来てくれてありがとう。

読む前クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



長者の家の子となりて 貧里(ひんり)に迷うに異ならず


これは白隠禅師の坐禅和賛の一節です。



人はいつの頃からか、何かが足りないと感じ始めます。

その何かを得ればもっと充足した幸せな気持ちになれると感じていて、いま以上の、もっと満たされた未来を求めるのです。


人によって違いますが、それが大切な人達との人間関係だったり、お金のことだったり、仕事のことだったり、自分自身のことだったり、何かがいま以上に良くなればもっと満足できると考えるのです。


そして人それぞれのやり方で生きるのですが、どこまでいってもその何かは埋まりません。


その何かは外側の問題が解決したり、何かを獲得したときに満たされるのではなく、全体との一体感を通してのみ得られます。

違う言い方をすれば、あらゆる人が無意識に求めているのは全体との一体感であり、それを感じることを妨げているのが、「自分は周囲から分離している」という錯覚なのです。


その錯覚は、もの心ついてから今日までずっと続いているので、まさか錯覚などとは思えません。


私という個別体が、全体とは別に存在しているという執拗な観念は、おいそれとは消えません。

そこで人は別の方法で足りない何かを得ようとして、あれこれ求め続けるのです。


それを人生と呼んでいます。







分離感を持ちながら冒険の旅を生きるのも悪くありません。

しょせんは分離していないので、すべてが作り出された夢だとわかっていれば、それなりに楽しめますし感動もあります。


でも夢だということを見抜いていないと、それはいずれ摩擦と苦悩の原因になりえます。

そして逃げ場が無くなってしまうのです。



とは言え夢は夢。

あなたが全体であることの事実は変わりようがなく、長者の家の子であることに変わりありません。


いますぐにでも貧理に迷うのを止められます。


それどころか、チャンスはいましかありません。

目覚めはいつも「いま」起きるのであり、それ以外に目覚めの可能性はないのです。



それでも大丈夫。

もう一度言いますが、貧里の夢を見ていたとしても、あなたが長者の家の子であることは変わりはないのだから。



本当の秘密を教えてあげるとね、

その夢は見たくて見ています。

いつもいま、目覚めへの招待状があなたに送られているというのに、いまはまだ目覚めたくないのです。


あなたの他に、あなたの目覚めを妨げている外部の力などありません。


ぜんぶ一人でやっています。



やりたくてやっているのだから

それでいいのです。




長者の家の子となりて 貧里(ひんり)に迷うに異ならず


それでも自分が虚しく感じたら、この白隠の言葉を思い出してくださいね。




いつも応援ありがとう

よければクリックしてください。







  


Posted by Toshiro Abe at 10:12Comments(29)

2019年11月10日

絶対他力の時代

来てくれてありがとう。

読む前クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



一昨日から今日まで、浜松の方広寺では禅サンガの「いまここ接心」が行われていました。

これは禅堂の生活を疑似体験し、禅を味わう会なのですが、その中で向禅師の法話がありました。


向さんとの活動は20余年にもなりますが、彼はいつも自然体で、真理から一歩もずれることなく、かと言って上から目線でもなく、等身大の一人の人間として誰にでも接してくれます。


昨日の法話の中では、道元禅師の言葉を紹介していました。


ただわが身をも心をも放ち忘れて、仏の家に投げ入れて、仏の方より行われて、これに随いもてゆく時、力をもいれず、心をも費やさずして、生死を離れ仏となる


これはまさに生きる極意を説いています。

本来仏である我々が真の仏として生きる秘訣です。


それは自己を成長させて仏に近づくということではありません。

身も心も仏の世界に委ねることで、自らの内から仏が現れてくるということです。


いまふうの言い方をすれば、全体にお任せして流れのままに生きていく。

上流に向かって奮闘するのではなく、下流に向かって泳ぐこともせず、ただ脱力して流れと一体となる生き方。


完全にお任せの境地。


これを絶対他力と言います。



まさに

南無(お任せ)阿弥陀仏(仏)、仏にお任せというわけです。



禅と言うと、何事も自力で成し遂げる「自力本願」のように見えますが、究極は禅も他力本願です。

なぜなら、自力を担う「自分」など存在していないことを見抜くのが悟りだからです。


そうやって完全にお任せした時、大きな安心が訪れて、生活の中で抱えていた問題が落ち着くところに落ち着いていくというわけです。

これが救済の何たるかです。


この境地に達するためには、いったん自力で頑張る期間が必要です。

頑張りは時間とともにストレスや苦悩をもたらすのですが、それが極限まで達した時、自力を手放していきなり仏の世界にシフトすることがあります。


禅の場合であれば、自力でギリギリまで修行の努力を重ね、自力ではどうにもならないことを認めたとき、彼方から悟りが訪れて完全なるお任せの境地に至るのです。


我々のような一般の者たちは、禅の修行をせずともすでに十分なストレスに見舞われているので、いつでもシフトする準備はできています。


ですから、順風満帆に生きている人より、苦悩の中で生きている人の方が仏の世界に近いという言い方もできます。


そうやってたどり着くのが絶対他力の心境です。


もう十分に頑張りました。

まだ頑張りが足りないという人も、実際には十分に頑張ってきています。





この先、世の中は急速に変化し始めて、人々の不安と困窮はなおいっそう大きくなっていくことでしょう。


いまこそ絶対他力の生き方に目を向けるときです。

自力ではどうにもならないものを、完全にお任せするのです。


文章ではなかなか伝え切れませんが、この教えはとても重要なので、生のお話会で分かち合いたいと思います。


僕の相手をしてくれるのは、圓融寺住職、阿(おか)純章さんです。

阿さんは中国政府奨学金留学生として北京大学で東洋仏教思想史を学んだ仏教学者でもあります。


真理は学問ではないので学者という言い方は好まれないかもしれませんが、宗教的体験も学問も両方を積んでいる仏教界のホープです。

禅サンガには第1期から参加してくれています。


日程は12月1日(日)15時半。

会場は目黒区碑文谷の圓融寺です。

参加費は無料。

受け入れ人数に限りがあるので、必ず参加できると分かってからお申し込みください。


お申し込みはコチラから



そして今夜も21時からWeb瞑想会をします。

今回もご招待しますね。


時間になったらコチラにいらしてください。




いつも応援ありがとう。

よければクリックしてください。






  


Posted by Toshiro Abe at 09:56Comments(19)

2019年11月09日

始まりもなく終わりもない

来てくれてありがとう。

読む前クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



hideさんからのコメント

>生まれる前はどこにいたんだろう?


生まれる前もいまと同じ、ここにいました。

いまこことは、いまという時間のことではなく、ここという空間のことでもなく、時間も空間も幻想だと見抜いたときの「あなた自身」のことです。


そしてこの宇宙には「いまここ」しか存在していません。

物理や科学を学んできた現代人にはチンプンカンプンな迷言にしか聞こえませんが、これが精いっぱいの説明です。



宇宙(あなた)には始まりもなく終わりもなく大きさもありません。


時空を超えた次元を洞察できた時、これらのことが明らかになりますが、それは三次元の物理や科学には到底わからないことです。

このことが分かるのは、ある種の宗教的気づき、見性、目覚め、悟りと呼ばれる突然変異でしかありません。

何かの拍子に異次元を垣間見てしまうのです。



でも分かろうが分かるまいが真実は変わらないので、このことを信頼できればそれで終わりです。

完全に信頼できれば、あなたの心の重荷はたちどころにして消えてしまうことでしょう。


信頼か・・・これが難しい。

しかも人間は言葉の内容にではなく、誰がそれを言ったのかで信頼が決まったりします。



とある美術館に展示されていた奇妙な絵がありました。

リアリティとはかけ離れた理屈に合わない描写で、顔も半分しかないし、背景も支離滅裂です。

「誰が描いたのですか?」


するとガイドが言いました

「名もない飲んだくれの男ですよ」

人々はそっぽを向いてその絵の前を立ち去りました。


次の来場者グループがやってきて同じ絵の前で聞きました。

「誰が描いたのですか?」


するとガイドが言いました

「ピカソですよ」

すると人々は感嘆の声をあげてその絵に見入っていました。



真理の話は僕よりも、聖者と目される人が言った方が受け入れやすいことでしょう。

アベッチ発なのはまことにお気の毒です。





実際には太古の昔から、多くのブッダ達が異口同音にこのことを知らせようとしてきました。

そういう偉人たちも言っていたのなら真実かもしれませんね(^^)


生まれる前はどこにいたのか。

死んだ後はどこにいるのか。


このことを知るのは「私は誰なのか」ということを知るのと同じです。


「私は誰ですか?」


今日の僕ならこう答えます。

「あなたは、いまここです」



いつも応援ありがとう。

よければクリックしてください。










  


Posted by Toshiro Abe at 10:02Comments(30)

2019年11月08日

輪廻転生はありますか?

来てくれてありがとう。

読む前クリックお願いします。

人気ブログランキングへ



「輪廻転生はありますか?」

いままで何度同じ質問を受けてきたことでしょう。


そのたびに答えてきたのは

「あると言えばあるし、ないと言えばない」

ということです。


ずいぶんあいまいな答えですが、いまも同じように答えることでしょう。


これは思想や哲学からではなく、経験による確信から語っています。

生きながらにして死んだ経験です。


かと言ってそれは臨死体験ではありません。


なぜなら臨死体験とは肉体の死後、自分の魂が肉体を抜けたという報告だからです。


でも実際にはそんな個としての魂など存在していません。


このようなことを言う人の意識は、唯物論からは一歩先を行っていますが、いまだ幻想のレベルにあります。

このことについては、過去ログの「引き寄せが持つもう一つの可能性」で詳しく説明しています。


最初に理解すべきは、「私」という分離した個人は錯覚であり、実体としては存在してないということです。

これ以外の真実はありません。


個人がいないとなると、いったい何が輪廻転生しているのか。


あなたはどう思いますか。

すでにこのブログでもいろんな角度から解説してきましたが、今日はすぐに答えを知ろうとするのではなく、ゆっくり考えてみてください。


このアプローチは、あなたが何者であるのかを知る手掛かりになります。


今日紹介した過去ログも、じっくり味わってくれたらと嬉しいです。






さて今夜はみなさんをWeb瞑想会にご招待します。

これはマントラ伝授をした人たちと禅サンガのメンバーのために週一で開催しているものです。


Web上での集いなのに、不思議なことに見えない連帯感が生じ瞑想状態が深まっていきます。

21時少し前になりましたらコチラにアクセスしてください。



今日も力を抜いていきましょう(^^)




いつも応援ありがとう。

あなたのクリックは励みになっています。








  


Posted by Toshiro Abe at 11:12Comments(25)