2007年09月25日
Honesty
頭の中には伝えたい事がたくさんあるのに、あれもこれもゴチャゴチャして何から書いていいかわからない。
とりあえず思いつくまま書いてみます。
僕らはみんなでもっと正直になっていいと思う。
正直になることによって救われる事がたくさんあるように思う。
正直になると言っても、自分の秘密を全部話せと言っているわけじゃない。
誰だって生きていれば人に言えないことや、あえて言う必要のないことの一つや二つは抱えていることだろう。
そんなことではなく、自分が感じていることや、考えていることを、できるだけ正直に話してもいいんじゃないかと思うわけだ。
もちろんそのことによって、特定の誰かを故意に傷つけてはいけないけどね。
・・・正直って難しいね・・・
街を歩いていると、みんなは問題なく生きているように見えたり、自分以外の人たちは仲良くやっているように見えたりするときはない?
仲間が集まって楽しくやっているのに、自分だけがそこにいないような気がしてしまうことはない?
気に入られようとして笑顔を振りまいたり、必要以上に相手に気を使ったり、そんな自分が嫌だったりするとはない?
たとえばそんなことを正直に話せたとしたら、なーんだ自分だけじゃなかったのかって思えて楽になることもあると思う。
それにそんな自分は、別に悪意でそれをやっているわけじゃないんだし、ただ愛されたい、認められたいっていう気持ちで一生懸命生きているわけだしね。
きっと正直になるっていうのは、「愛されたい」っていう気持ちをダイレクトに伝えちゃうことかな。
そうすれば、それを得るために間接的にやっている多くのことから自由になれる。
僕らはそれぞれに性格や能力が違うけれど、心の奥底で抱えている問題は似ているような気がするんだ。
でも誰もそのことを言ってくれないから、自分だけがそういう問題を抱えているような気がしてしまう。
本当は、みんな似たようなものじゃないかと思うわけです。
みんながみんなを愛せるだけの余裕ができれば、もっと安心して自分でいられるのにね。
なんだかとりとめのない文章になっちゃったけど、僕の頭の中にある一端を書いてみました。
何かを感じてくれたら押してください。
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PS
今朝は書きたい事が2つありました。
どちらをここに書こうか迷ったけれど、もうひとつのメッセージは<随(かんながら)神>に書きました。
時間があったら覗いてください。
PSのPS
10月21日午後3時は東京の秋葉原。
10月27日午後8時は沖縄の母家。
え?何があるかって?
僕のライブ(バースデイライブ)があります。
話したい事がたくさんあるし、唄いたい歌もたくさんある。
会いに来てね。
愛したいし、愛されたいから

楽しい時間を過ごしましょう。
お問い合わせは098-866-5880(母家)まで
2007年08月25日
あなたのままでOK
いつもありのままでいたいね。
ありのままの自分はいつも移り変わっている。
好みも感情も、いろんな自分がひっきりなしに現れて、そして消えていく。
その時、たとえどんな自分だろうと、そのままの自分でいたいよね。
もちろんあなたも、そのままでいい。
気に入られようとして、自分を飾ることは必要ない。
僕は、いつだってあなたがありのままの自分でいられるように接してあげよう。
それが友達ってことだと思う。
僕はあなたと友達になりたい。
自分に素直に、自分に正直にいられるまでは、決して心の平安は訪れない。
いくらお金があっても、いくら多くの人から尊敬を集めても、自分のことは騙せないからね。
もし自分に正直になれないとしたら、そこにはたくさんの怖れが眠っている。
それは何だろう?
きっと何かを失うような気がするんだね。
でも、あなたは何も失くさないよ。
だって、あなたは最初から全部持っているんだから。
長年やってきた方広寺でのセミナーでは、そんなことを感じてもらうのが目的だった。
また始めてみようかな。
本当の自分を生きるのに、遅すぎるということはない。
いつだってそれは「いま」から始まっていくんだ。
♪
まだ何も終わっちゃいないさ
まだ何も始まっちゃいないさ
「大空へ」より
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2007年08月18日
心の穴
僕らは心の中に、ポッカリと空いた穴を持っている。
その穴を埋めるために、一生懸命いろんな活動をしているんだと思う。
愛する人を見つけ、この人と一緒なら穴が埋まるような気がする。
たくさんのお金や財産を手に入れたら埋まるような気がする。
仕事が成功して、多くの賞賛や注目を集めたら埋まるような気がする。
完璧な人になって、みんなから尊敬されたら埋まるような気がする。
僕らはそうやって生きてきた。
少なくとも僕はそうやって生きてきた。
だけど・・・埋まらない。
どこまでいっても、いつも何かが足りない。
それは外側のものじゃ埋まらなかったんだ。
その答えは内側にあった。
多くの人がそのことに気づき始めている。
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2007年08月14日
かんながら

昨日フィリピン沖に台風8号が発生したと聞いて、「またかよ!」って思って、よし今年も何があっても決行するぞって覚悟決めたんだけど、どうやら台風は大陸の方向に抜けて大丈夫みたい。
それどころか明日は、沖縄では久しぶりの晴天に恵まれるってYahooの天気予報に書いてある。
そしてそのあとは週末にかけてまたお天気が崩れるそうで・・・
何故か毎年、「ツイてる、ツイてる」のくるくま野外コンサートだ。
もしかしたらペルセウス座流星群のおこぼれにもあやかれるかもしれず、ライトを消しての天体ショーも演出で考えている。
僕は霊感が強いほうではないけれど、くるくまの森でははっきりと神を感じたことがある。
それはとてつもなく優しい波動で、僕たち人間の愚かさの全てを受け入れ許してくれているようだった。
詳しくは<かんながら月光編>を読んでね。
同じような波動は奈良県の天河神社でも、インドのプーナでも感じた。
細かな水の粒子が当たり一面を覆って、あれがマイナスイオンなのかな、呼吸がとても深くなる。
そんな神気があふれる場所を、人は昔から聖地として崇めてきたんだろう。
そうなるとこの「くるくまの森」も、将来そんな役目を担っていくのかもしれない。
この世の出来事に偶然が無いことは、人生で何度も確認している。
起きる事が絶妙のタイミングで起きていて、それは人との出会いも同じだ。
やはり僕たちは大いなる存在の懐の中で生かされているんだと思う。
それを思うと、想像を超えた大きな力と、大きな意思と、大きな愛に、感謝せずに入られない。
それが何だかは分からないが、そして感謝という言葉がふさわしいかも分からないが、とてつもないスケールの前にただただ感無量。
そんな気持ちで生きられたとしたら、日々の出来事や問題も、なんて小さなことなんだろうって思えるよね。
僕もあなたも神の子であることだけは間違いない。
僕らが神を想うその数万倍の想いで、神はいつも僕らを見守り愛してくれている。
なんだか宗教家のような表現だけど、それが事実だということは経験的に知っている。
だから結局伝えたいのは
「大丈夫だから」
この一言に行き着くんだ。
とりとめのない文章になっちゃったけど、最後まで読んでくれてありがとう。
そして僕と出会ってくれてありがとう。
感謝。
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2007年08月04日
もし世界が全部自分だったら
僕がひょんな時にやる遊びを紹介するね。
イマジネーションを膨らませて人の顔を見てみるんだ。
その人の瞳の奥から、僕自身がこちらを覗いているって思ってみる。
自分がその人の身体に入り込んで外側の世界を見ているって。
ちょっと臆病で、ちょっと警戒していて、安全を求めて、できたら愛されたい、認められたい、幸せになりたい・・・・・そんな自分が、その人の瞳の奥からこちらを覗いている。
実際にその人の中にいるのは誰だろう。
自分とはまったく違う存在だろうか。
それとも自分とまったく同じ存在だろうか。
その確立は50%50%だよね。
でも今までは、自分とは違うという考え方を100%採用していて、もう一方の同じものという考え方をしたこともなかった。
だから最初は馴染めなくて、変な気持ちなんだけど、何度もトライしていると、ふとそうかもしれないって気持ちになってくる。
その瞬間、言いようのない連帯感が生まれて、その人がとても愛しくなるんだ。
同じ1つの命が、違う肉体、違う経験、違う価値観というフィルターを通してこちらを覗いている。
しかもそのフィルターの種類は、地球上に60数億人分、60数億種類もある。
それが真実だって思うわけです。
僕らはお互いの違いばかりが目立つけど、本当は「ひとつの同じもの」だってね。
ぼくらがお互いのフィルターを透明にして、精神のレベルで1つに溶け合ったとき、きっとそれこそがずっと求めていた感覚なんだろうな。
ひとつになりたい!!
何かを感じてくれた人は押してください
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PS
今夜、時間がある人~?
は~い

我が家のお店(母家)で納涼祭をします。
098-866-5880
浴衣姿の僕の涼しくなる話や、おきらく亭はち好師匠の面白涼しい落語など、楽しい時間を過ごしましょう。
7時からでチャージは1000円。一人でも気軽に遊びに来てください。
「隣の家にへーができたんだって?」
「垣根」
2007年07月30日
基本の基本 2
今朝も、精神性を学ぶ上での基本の話をしよう。
こうして毎朝記事を書くという習慣は、僕にとってきわめて重要な行為になっている。
というのも、書き始めるまでに約1時間の時間が必要で、それが僕の朝の瞑想の時間になっているからだよ。
怠け者の僕が、毎朝こんなに素晴らしい時間を過ごせるのも、読んでくれる人がいるおかげだ。
さて今日も伝えたい事がたくさん出てきた。
少し専門的な話になってしまいそうだけど、なるべくわかりやすく表現してみるね。
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2007年07月29日
基本の基本
さて今日の話は自戒も込めて、基本の基本の話。
「いまここ塾」ではよく話すけど、ブログで伝えることは少ない。
ちっとも劇的じゃないし、奇跡的でもない。
耳が痛いだけで、聞きたくない話かもしれない。
だけどすべての成長の土台の話だよ。
だから最後まで読んで、しっかり頭の中に入れておいてね。
面白くないのを覚悟で読んでくれる人は、続きの前にポチッしてください。
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2007年07月15日
ダイヤモンド

インドにこんな話がある。
ある男が世界一のダイヤモンドを探して世界中を旅して回った。
それは苦難に次ぐ苦難に見舞われた大変な旅だった。
心身ともにぼろぼろになり、結局見つける事ができなかった男は失望のうちに帰国した。
そして我が家にもどり、息を引き取った。
それからしばらくして、その男の家が取り壊され、新しく家を建設するためにその土地を掘り返した。
すると、なんということだ。
その男の家の地中から、世界一のダイヤモンドが発掘されたのだ。
この話は、僕たち一人ひとりの状況と同じだ。
今日はそんな話をしよう。
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2007年07月13日
僕の大好きな話
沖縄の台風もひと段落。
那覇は50年ぶりの記録的な風速だったそうだ。
今はとても静かな時間が流れている。
長い坐禅をして凄く良い感じだ。
今夜は僕が大好きな話を紹介しよう。
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2007年06月10日
続・僕達を殺さないで
今日もここに来てくれてありがとう。
この数日間展開してきた肉食はやめようって話。
これでいったん区切りにしようね。
数年前に小学生が大人に
「なぜ人を殺してはいけないのか」
と質問したことがあった。
知識人たちは誰も的を射た答えができなかったと言う。
「知」を重視した科学万能時代の笑えないジョークだと思った。
頭の「知」と、心の「感」
今日はこの話から入ってみよう。
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この数日間展開してきた肉食はやめようって話。
これでいったん区切りにしようね。
数年前に小学生が大人に
「なぜ人を殺してはいけないのか」
と質問したことがあった。
知識人たちは誰も的を射た答えができなかったと言う。
「知」を重視した科学万能時代の笑えないジョークだと思った。
頭の「知」と、心の「感」
今日はこの話から入ってみよう。
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2007年06月09日
この道を一緒に歩きたい
おはよう。
昨日は肉食に対する多くの人たちの意見に力づけられたよ。
すぐに習慣を変えることは難しいけれど、まずは自分が知らず知らずにやっていることへの違和感を持つ事が大切なのかも。
なぜ僕らは他の生き物に対して自分勝手な態度が取れるんだろう。
それはおそらく僕達人間が、他の生き物よりも優れていると思っているからだろう。
じゃ、何が優れているのか。
体力や運動能力なら、もっと優れた動物がいくらでもいる。
となると、知恵かな。
僕らはその知恵を、どう使ってきたのか。
自分達より強い動物をやっつけるために、だまして罠にかけたり、武器を作って集団で襲ったりして生き抜いてきた。
そうやって地上の支配者になった。
そのようにしてしか自然界で生き残ってこれなかったけれど、だからといって傲慢になってはいけない。
その知恵は、人間同士でも発揮しあっている。
人を欺いたり、裏を探ったり、見下したり、ごまかしたり、意地悪したり・・・
さらには自分達の欲望のために地球全体の生態系を壊し、全生命を破壊する爆弾を無数に所有している。
いったい何が優れているんだろう。
僕達はむしろ、自分を他の命よりも一段下に置いてものを見たり考えたりする事が必要なんじゃないか。
それでちょうどいいんじゃないかと思う。
人間の優秀性。
たった一つ思い当たるのは、人間は自らを反省し、意識を向上させることができるということ。
そして自分を高めれば、自分以外の生きとし生けるもののために生きる事ができる。
だから「徳」を積むというのは、最終的には自分のためではなく、他の人々や生き物に対してよい影響を与えるためだと思う。
そのような心境になれるまで心の訓練を続ける事が、人生で一番大切なことなのだろう。
それこそが「愛」と呼ばれているもの。
宇宙が人間に求めているのは、唯一その点なのではないか。
輪廻転生を繰り返しながら、その一点を学ばせようとしているのではないか。
だからそれ以外のものは、何を手に入れたとしても死ぬ時に全部置いていくようにできているのだろう。
かく言う僕自身は、振り返ってみれば自我のかたまりで、自分の都合ばかりを優先させて生きてきた。
そんな自分を全部投げ出して、100%利他の心境になれたとしたら、そのとき初めて心底からこみ上げてくる喜びと幸せに浸れるのだと思う。
それが宇宙の摂理であり、本当の幸せへの道だ。
みんなが幸せになりたいと思っていて、その方法は昔から仏陀やキリストが説いてくれていたのに、なぜ人は反対のことばかり追い求めてきたのか。
その愚かさを認めるところから、真実の道が見えてくるのだろう。
まだまだ道は遠いけれど、少しずつでもそんな生き方に近づきたいと思っている今日この頃です。
励ましあいながら一緒に歩んでいきたいね。
最後まで読んでくれてありがとう。
ブログを書かせてもらっているおかげで、大切なことを思い出すことができます。
これも見に来てくれるあなたがいればこそ。
感謝。
PS
明日の日曜日の午後7時からは、サンエー西原シティー前の西原自動車での無料講演会&ミニライブです。
混雑が予想されるのでお早めに。
お問い合わせは098-945-4737まで
2007年06月08日
僕達を殺さないで
おはよう。
今朝も大切な話をさせてね。
個人の輪廻転生にとっても、人類の高度な文化のためにも大切な話。
「いまここ塾」ではいつも話してきたけど、いつブログで話そうかタイミングを迷ってきた話だよ。
それは命についての話。
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今朝も大切な話をさせてね。
個人の輪廻転生にとっても、人類の高度な文化のためにも大切な話。
「いまここ塾」ではいつも話してきたけど、いつブログで話そうかタイミングを迷ってきた話だよ。
それは命についての話。
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2007年05月30日
生きる目的
今日は何のために仕事して、なんのために生きているんだろう。
多くの人はそんなこと考えずに、ただ毎日を生きていたりするよね。
ある人は、よりよい生活のため、お金のため、家族のためだったりする。
もちろんそれも大切だけど、それらは全部死ぬ時に置いていかなきゃなんないものばかり。
地位や名誉や財産や愛する家族や、貴重だと思っているものが多ければ多いほど、死の間際の無念さは大きいだろう。
持っていけないんだから。
時間や命を投資して獲得した富が大きければ大きいほど、死に際してはそれらに対する執着がさらなる苦痛をもたらすことにもなりかねない。
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2007年05月30日
死から生を考える

おはよう!
今朝も絶好調
昨夜は「いまここ塾」をやりながら、この話は会場に来れなかった人にも伝えたいって何度も思ったんだよ。
そういうことは今までにもあったけど、出てくる言葉はその時その場のことで、再現しようとしても難しい。
喋りながら僕自身も聴衆のひとりになっていて、僕が喋っているようで僕が喋っているんじゃないみたいなところがある。
会場に来た人達が、僕という媒体を通して、そのときに必要な話を引き出すんだと思う。
だから毎回違う話を100回以上してこれた。
昨日来てくれた人達が、自分が受け取った話を書いてくれたからそれも読んでね。
今までに何度か「生死」を越える境地を垣間見た事がある。
そのとき確信したのは、僕たちは死なないって事。
しかも肉体というお荷物から解放されるのはエクスタシーの体験で、ものすごく気持ちがいい。
気持ちがいいってことは、その感覚を認識している主体があるってことで、その主体こそが永遠の命なんだと思う。
今日はまた後で、そんなことを思い出しながら記事を書いてみるね。
頑張れボタンをよろしく
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そうそう、「くるくまの歌」の2番の歌詞にもトライしよう。
え?まだやっているのかって?
そうです、まだやっているのです。
2007年05月24日
夢
おはよう。
お目覚めはいかが?
僕はすごくぐっすり眠れたよ。
目が覚めた瞬間は直前まで見ていた夢の事をはっきり覚えていたのに、少し時間が経つとすべては霧のように消えてしまう。
思い出そうとしてもどうしても思い出せない。
夢の中でも一喜一憂があって、幸不幸があって、リアルな感覚があって、いろんなこと考えている自分がいて・・・本当の人生とそれほど変わらない。
それなのに、それはどこに行ってしまったんだろう。
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2007年05月12日
人間であることの意味
こう言うと、なんだか動物のほうが偉いみたいだね。
確かに犬は自分を演じて人を惑わすことも、嘘をつくこともしない。
それは犬が道徳的で正直だから?
そうじゃない。
彼らには嘘をつく能力がないんだ。
彼らは単に自分自身でいることしかできない。
何の選択の自由も与えられていない。
彼らは成長する事もできない。
自分を超えることも、悟りを得ることもない。
犬はずっと無意識に、犬をやり続けるだけだ。
人間は彼らよりずっと先を行っている。
だからこそ、多くの問題を作ってしまった。
だからこそ悩み、苦しみ、自分と葛藤する。
そしていつかそれを超越する日がくる。
動物には超越すべき問題がない。
人間やっていくのは大変だけど、やりがいのある生命を頂いた。
人間は神になる可能性を秘めた、唯一の生き物だと思う。
2007年05月12日
人間性と動物性
家の近くに保育園があって、時々中にいる園児と顔が合う。
キョトンとしたあどけない顔だ。
でも彼らはこれから、徐々に自分じゃなくなっていくんだろうな。
あれをしてはいけない、これをしてはいけない、こうしなさい、ああしなさい・・・
自分の心とは裏腹に、世の中に適応させられていく宿命にある。
そのたびに彼らは社会用の自分になっていく。
そうやって本当の自分のセンターから離れ、偽の顔や鎧を身につけ、それは「人格」と呼ばれる。
でもそれも必要なこと。
もしそうしなければ、彼らはいつまでも真正なままで本物だけど、それは人間とは言えない。
だから子供は躾けられて、社会に適応できるように条件付けられなければならない。
そうすれば彼らは人間になる。
でもその代償として偽者になって、何かをずっと演じ続けることになる。
我々はみな、この道を通ってきた。
だから心の深いところで誰もが、自分は偽者だと知っている。
外側の人間の部分と、内側の動物の部分の矛盾を抱えているからだ。
これが自分を好きになれない理由の一つだよ。
でもそれは越える事ができる。
うん、この話は面白いかもしれない。
今日はライブだから、あとで時間があるかわからないけど、もし可能ならまた続きを書くよ。
ライブでみんなと会えるね。
楽しみにしているよ。
2007年05月09日
突然の気づき

何気なく生きているこの人生。
今日もあたりまえのように一日が始まったけれど、何かの拍子に心の底で大きな気づきが生まれて、人生観が180度変わってしまうかもしれない。
それはあなたの身に今日起こることかもしれないよ。
穴の中で暮らしていたのが、突然日のあたる世界に飛び出したみたいで、まさにマトリックスの「Welcome to the real world」っていう感じ。
もともとは無限に広がる大草原があったんだけど、僕らはそこに小さな家をこしらえてしまって、その家の中にゴタゴタといろんな家具や道具を並べて、よけい窮屈になって、重いため息をつきながら生活するようになっちゃった。
この重苦しさはまだ家具が足らないからだって思って、新しい魅力に溢れるものを探して、なんとかそれを自分の家のコレクションに加えようと奮闘する。
そんなことをしたら、また家が狭くなるだけなのにね。
それがわかった人は家具を整理したり捨てたりし出す。
でもね、突然の気づきって、家全体が一瞬のうちに消えてしまって、広々とした大地の中で、想像を超えた快適さに包まれる感覚なんだ。
その世界を一度でも垣間見れば、もう二度と家の中のコレクション集めには興味を持たなくなる。
それよりは、どうやってまたあの大草原に戻れるか、それだけが興味のポイントになるんだ。
いっしょにバビューンってそんな世界に行きたいね。
2007年05月08日
知らないほうがいいこともある
最近海外でもお寿司ブームだけど、海外での職人さんはビニールの手袋していることが多いね。
さすがに素手で握ったご飯は抵抗あるんだろうな。
もしかして、それは自然な反応かも・・・
そう考えてみると、今まで喜んで食べてきたお寿司も、知らないオヤジさんが素手でギュギュっとやったもので、その人の手が本当に清潔かなんて保障はない。
気にならなければ気にならなかったけど、いったん気にしてからはお寿司の見え方が変わってきた。
そうそう、こんな話を聞いた事がある。
昔々、とある和尚さんが小僧だったころの話・・・
ある家で法事があったんだけど、住職さんが忙しくて小僧さんが出向いたんだって。
その家ではお礼の食事を作ってくれた。
でも昔のこと、土間の近くで寝かしていた赤ちゃんがおしっこをもらしていて、それが米びつにまで達して、米の一部にまで浸透していた。
奥さんはその米を掴んで釜に入れて洗い出した。
しかもその奥さん風邪を引いていて、時折鼻水が釜の中に垂れている。
その一部始終を見ていた小僧さん。
いやな予感が的中し、そのご飯が目の前に出てきた。
「昨日から腹をこわしていますので・・・」
と丁重に断ると、そそくさとその家を後にしたそうだ。
その1週間後、また同じ家で読経することになった。
とても寒い日だった。
読経の後、その日は温かい甘酒を振舞ってくれた。
その日は奥さんの風邪も治っていて、赤ちゃんもスヤスヤ寝ている。
それはそれは美味しい甘酒で、小僧さんは何倍もおかわりしたそうだ。
帰りがけに奥さんが言った
「喜んでくれてよかったわ。先週小僧さんがご飯を食べてくれなかったので、そのご飯で作った甘酒です」
それを聞いて、また急に気持ちが悪くなってきたんだって。
あはは、この話好きだな

赤ちゃんのおしっこや奥さんの鼻水を見ていなければ、美味しくご飯を食べたんだろうし、甘酒の出所を知らなければ甘酒だって美味しいままだった。
悩みって、知らなくてもいい事を知ってしまったばかりに起きたりする。
本当は何事にもこだわらない心を持てば、美しいとか醜いとか、良いとか悪いとかの比較も消えて、おおらかな気持ちで生きられるんだろうね。
いまここ塾は今夜8時から吉の浦会館です。
今日もよい一日をね。
2007年04月11日
アストラル体の呼吸

おはよう。
今朝のご気分はいかが?
朝はバタバタしているから、どんな気分かわからない人もいるかもね。
一日の始まりに精気がみなぎって、「よーし、やるぞ!」って思えるときがあるかと思うと、いっこうに力が入らずに不安や心配に打ち負かされそうなときもあるでしょ?
この二つの状態は繰り返し訪れる。
何故かというとね、ぼくらの第3身体である「アストラル体」も呼吸していて、その呼吸は空気ではなくパワーなんだってさ。
パワーも空気同様に出たり入ったりしているらしい。
息の呼吸(肉体の呼吸)とも対応しているみたいで、たとえば重いものを持つ時なんかは息を吸ってぐっと止めるよね。
あれはアストラル体でもパワーを吸い込んで溜めている状態。
息をはきながら重いものを持ち上げないものね。
柔道や相撲なんかでも、相手のアストラル体がパワーを吐いた瞬間を見抜いて技をかけ、弱きものが強きものを倒したりする。
「隙あり!」ってね。
そんなわけで、勇敢なときもあれば臆病なときもあるわけで、それを受け容れてあげよう。
臆病になってしまった時は、部屋の掃除をしたりして行動するようにしているよ。
考え込むよりいいからね。
今日もいい日でありますように

いってらっしゃい。







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