2008年03月31日

ダーク・クリスタル

昔見た映画に「ダーク・クリスタル」がありました。

ファンタジーな人形劇ですが、お気に入りで何度も見たのを覚えています。

内容は悪の権化のような民族と、愛と平和の化身のような民族の話。


まるで今の中国政府とダライ・ラマら高僧との構図のようです。



近代史上まれに見る暴挙を重ねる中国政府。

それは結晶化した自我が織りなす、権力と暴力の世界です。


一方で、世俗の価値を超えて、高い人間性を身に付けた聖者の世界。


ここまで対照的な関係を見たことがありません。






もし中国政府が非難しているのが、どこかの国の政府だとしたら、どちらにも非があるのだろうと想像しますが、今回の場合は印象が一方的です。

世界各国のリーダー達も、ダライ・ラマの人柄と知性を熟知しているだけに、中国が何を言っても虚しいだけです。


それどころか、ますます自分たちの信用をなくしていきます。

これは中国政府の根本的な方針ミスだと思います。



この先はますます、チベット問題は内政問題だと突っぱねてくるのでしょうが、厳密に言えば中国の国家主権侵略の罪が半世紀ぶりに問われているわけです。

チベットへの侵略と大虐殺の罪です。

中国は絶対にそれを認めないために、歩み寄りはこの先もないでしょう。

中国にとっては、チベットはチベット民族のものではなく、中国(漢民族)のものなのだから、他国は黙っていろというわけです。





また大規模な暴動(?)があったそうです。

多くの死傷者や検挙者がでたことでしょう。



もうこれ以上、血を流さないでほしいという気持ちと、このまま鎮静化させてしまっていはいけないという気持ちが錯綜しています。

ダライ・ラマが求める「高度な自治」に歩み寄れるとしたら、この機会を置いて他にないと思うからです。




オリンピックイヤーということもあり、他国に無関心な日本人にもチベットの惨状が伝わり始めています。


この機会に少しでも中国が歩み寄ってくれることを願ってやみません。





チベット問題を風化させてはいけないと思っています。

できるかぎり見つめていきたいと思います。

応援よろしくお願いします。


   




  

Posted by Toshiro Abe at 08:02Comments(2)TrackBack(0)チベット問題

2008年03月30日

死の教え

この先、僕らの人生に何が起きるかはわかりませんが、将来に唯一確実なこと、必ず起きることが一つだけあります。


それは「死」です。


僕らは間違いなく「死」に向かって生きているわけです。


通常では「死」を身近なものとして感じているのは稀で、もし「死」のようなことが起きるとしても、ずっと先のことだろうという感覚を持っているのが普通です。

漠然と見えない距離にまで遠ざけて安心しているのかもしれません。






でも「死」は必ず訪れます。

それも突然かもしれません。

「死」から逃れることはできません。

「死」は人生の一部なのです。



僕たちが明日まで生きているという100%の保証はありません。

脅かすわけじゃありませんが、今日が人生最後の日かもしれないわけです。




チベット仏教では、死に対する洞察が特に深く、なるべく平常心で「死」という人生最大のイベントを経験できるように、修行することを奨励しています。

常に「死」を自覚し、この世の無常に振り回されることなく生きろというわけです。



修行というのは、簡単に言えば「心の訓練」です。

輪廻の闇の中にいる自分を理解し、自分が苦しみにとらわれないように努めます。


さらには苦しみの本質を理解し、他者の苦しみの救済のために生きだします。

菩提心の発揮・・・それこそが修行の意味であり、本当の幸せへの道だと説きます。



このような慈悲の心が育まれていけば、自分の将来や死を恐れなくなり、内面の強さが身に付いていきます。

そうやって「死」を迎えると、「死」が成長へのさらなる機会となるというわけです。




死から再誕までのプロセスを17段階に分けて、そのひとつひとつで起こることを解説し、その時どのような意識でその段階を超えればいいのかを表した教えが、パンチェンラマ1世による「十七の偈」です。


医療現場からも報告がありますが、危篤状態になって外部の情報に反応しなくなった患者さんたちも、実際にはその時間帯に意識を保ち、外界でのできごともしっかりと認識している場合があるそうです。


それは意識を取り戻した患者さんが、その時間帯に起きたこと(看護士の会話など)を、しっかりと記憶していたりすることから明らかになってきました。



このことは「十七の偈」にも明らかで、だからこそ危篤状態の人に対する態度も重要で、間違っても死にゆく人の悪口や、財産相続の話などはしてはいけません。



もしその人が特定の信仰を持っていたとしたら、その神や仏の名前を言ってあげて、その存在によって守ってもらえることを、耳元で伝えてあげるのは良いことだそうです。

あるいはその人が生前につんだ修行などを、具体的に教えてあげるのもいいそうです。



もしその人が何の信仰もなかったとしたら、その人が生前行った「よいこと」をひとつでも多く話してあげて、だから次の世界も素晴らしいところに行けるということを信じさせてあげるのも大切なことです。




「死」を怖れと執着の体験にすることなく、新しい旅立ちに向けた晴れ晴れとした門出にしてあげたいものです。


そして自らもそのことを覚えていられるように、普段から心構えを養っておきたいと思います。





今日もここに来てくれてありがとうございました。






何かを感じてくれたら押してください。

   
  

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2008年03月28日

理想と現実

まずは昨日の続きです。



この実験結果です。


実際には、エール大学の60%を最低に、ミュンヘンでは85%もの執行者が極限値の450ボルトになるまでボタンを押し続けたというのです。


専門家の予想では、おそらく1000人に1人しか押さないだろうとされた450ボルトの電流を、600人から850人もの人が押したのです。

ちなみにこの実験結果は、民族や国家に関係なく、どこでもほぼ同じ割合の値が得られたそうです。


これは驚異的な数字だと思いました。

人は大義名分さえ与えられたら、その残虐性を発揮しやすいというデータですが、「教育の実験」という大義名分でこれなのですから、それが国家の安全や、信じ込んだ正しさを守るためなら、どこまでいくかは想像できそうです。



僕たちにはこのような性質も内在されていることを自覚しなければいけません。

すると自分のことや相手のことが見えてくると思います。



ちなみに、この記事の内容は、友人のコラムから拝借したものです。

その友人は人間社会を様々な観点から見ていて面白い人なので、次の機会に紹介します。








さて、ずっとチベット問題を書いてきましたが、根本解決には「相互理解」が必要だと思います。

その相互理解を得るには、両者の「善意」がなくてはいけません。


「共に良くなっていこう」という気持ちが大切で、「自分さえよければいい」という気持ちは禁物です。



しかしいま現在の中国政府の対応を見ていると「善意」のかけらも感じられません。

新しい情報が入ってくるたびに、あいもかわらぬ中国の対応に失望するだけです。



いつかまた触れますが、今回の問題によって、中国という国の性質ややり方というものが、よく見えたと思います。

その国が、今まで日本に対してだけは嘘をつかずにきたと思いますか?

南京大虐殺などの真相も、すべて中国が言う通りだと思いますか?



そのような国を相手に、それでも根本解決に向けて、せめて自分たちだけは相手を受け入れ、相手のやり方や考え方を認め、協調的な道を選ぶのが正解でしょうか。

相手が気づくまで与え続けるのがいいのでしょうか。


それとも、臨機応変に相手の出方によって、こちらの態度も検討する必要があるでしょうか。




間違っているかもしれませんが、僕はこう思っています。


対立や暴力からは何も生まれないことを理解しつつ、そのうえで相手と対等に渡り合える力を持つべきだと。

最終的には、人類個々の魂レベルが上がり、今抱えている問題が問題に見えないくらいの知性を持つことで、人類は次の段階に向かうことができます。


しかしその日まで、現実の世界の中で生き残り、全体の幸福のために貢献していくためにも、しっかりとした自らの備えが必要だと思います。


今の現実を言えば、憲法の見直しも含めて、国の防衛力についての議論を高めていくことが必要だと思うのです。



過去の歪曲された歴史観からの自由が、この国のムードを変えていくのではと思っています。

チベット問題から見えてきた中国という国の本質が、日本が変化するためのきっかけになってくれたらと思っています。




せめてこの問題が風化しないように、これからも見守っていきたいと考えています。





   
  

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2008年03月27日

人間と残虐性

人類の歴史には、様々な残虐性が見てとれます。

人間はなぜここまで残虐になれるのかと思うようなエピソードもたくさんあります。



残虐性とは一部の偏った人間の特性なのか、それとも我々一般的な人間の中にも潜んでいるのものなのか・・・



そのことを調べる実験が、エール大学心理学部のスタンリー・ミリグラム博士によって行われました。

世界各地の多くの人たちが対象になりました。


人間は「高尚な大義」のために、罪なき人間に対してどこまで苦痛を与えることができるかという実験です。

「高尚な大義」とは、たとえば民族国家のためだとか、人命救助だとか、地球環境を守るためとか、たいそうな理由のことですが、博士の実験では『生徒を罰することが学習過程にプラスかどうかを知る実験』という大義名分が立てられました。





この実験は三人で行います。


一人は進行役の教授。

一人は学習者(間違ったら罰を受ける犠牲者)

一人は罰を与える施行者で、この人の行動が実験対象になります。



学習者は電気イスの様なものに縛りつけられ、手首には電極が取り付けられました。

執行者には15ボルトから450ボルトまで30段階に電圧を変えられる電圧発生器が手渡されました。

罰を与える執行者は、年齢20歳から50歳のあらゆる社会階層から選ばれた1000人を超える志願者たちで、「記憶と学習に関する科学的研究」に参加しようと新聞広告に魅せられて集まってきた人たちです。


実験の手順は次の通りです。

教授が問題を出し、学習者が答えを誤るごとに、執行者は一段ずつ電圧を上げていく様に教授から指示されます。



電圧ショックを与えられた学習者は75ボルトで軽い不平、そして電圧の上昇とともに悲痛の色合いは濃くなり、150ボルトでは、「ここから出してくれ、もう実験なんか受けない。もうこれ以上するな」

315ボルトで犠牲者は激しい悲鳴をあげ、330ボルトではもう何も言えなくなりました。

しかし、教授は答えがないときは誤答と取扱い、ショックのレベルを増加させる様に執行者に指示し続けました。

そして最高値は450ボルトまであります。
 


ここで質問します。

1000人の執行者のうち、教授の命令に従い極限の450ボルトまで押した人は何%いたと思いますか?

みんな『生徒を罰することが学習過程にプラスかどうかを知る実験』のために、教授に協力しているつもりでいますが、その大義名分は、どれくらいの作用をもたらすのでしょうか。


315ボルトで激しい悲鳴をあげ、330ボルトでは何も言えなくなってしまうような激痛です。


それなのに最高値の450ボルトまで押した人はいたでしょうか。

いたとしたら何%くらいの人でしょう。


あくまでも僕たちのような平均的人間が対象です。




この実験には「落ち」があって、誤答のたびに電流を流される学習者には、実際には電流は流れていません。

学習者は迫真の演技で、苦痛の表情を浮かべ、大きな悲鳴を上げたのです。


あなたも考えてみてください。

人間は大義面分を与えられると、どれくらい残虐性を発揮するのか。


この質問に回答した精神医たちの一致した見解は、ほとんどの執行者が150ボルト以上にはいかず、全体の4%程が300ボルトまでいき、1000人に一名ぐらいの病的な人間が最高圧の450ボルトのスイッチを押すだろうというものでした。


実際にはどうだったと思いますか?






多くの人に届きますように。
応援クリックよろしくお願いします。

   
  

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2008年03月26日

チベット化

現実論として、中国を分断するのではなく、チベットがもっと尊重される形で、中国の一部として存在していく方法が一番いいのだと思います。

ダライ・ラマが求める「高度な自治」という概念と、現在の中国政府の考えを、ともに歩み寄りながら解決するのが、外交を抱える中国にとっても、チベットにとってもいいのではないでしょうか。

国際社会の反発は、中国政府にとっても頭が痛いことだと思うので、それを解決するためにも、中国からの歩み寄りも必要だと思います。



多民族国家である中国が一番危惧するのは、民族の独立です。

そのことが起きないという保証を中国が持てれば、歩み寄りもはかれると思います。


そうやってチベットが名実ともに中国の一部になったとき、チベット人の漢民族化という流れも生まれてくるでしょう。

その中で自分たちの固有の宗教や文化をどのように守っていけるかだと思います。






僕が期待する最高の形があります。


中国の歴史の中で、以前チベットを支配した王朝が2つだけありました。

元王朝と清王朝です。

どちらも漢民族の王朝ではありませんが、元も清もチベット仏教の深みに触れ、自分たちが帰依することで、手厚くその文化と宗教を尊重して守ったのです。


もし今の中国に同じようなことが起これば凄いですね。

それによって中国に、悟りの花が連鎖反応のように咲いていくのです。



チベットの中国化ではなく、中国のチベット化です。


そうなったら中国は、世界中から尊敬を集め、名実ともに地上の大国として存在していくことでしょう。





あんなこんな言いながらも、結局は自分自身を高めていくことしかないということで、そんな生き方をしていきたいと思っている今日この頃です。

感謝の気持ちを忘れないようにして、日々精進していきます。




今日も読んでくれてありがとうございました。






   
  

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2008年03月25日

真の解決

昨日聖火の採火式に、チベット問題を抗議する男性が乱入しました。

地元の警察官1000人以上が警備する中での平和の祭典の幕開けです。


そもそも北京オリンピックが決まる時、これを機に中国政府は、世界から指摘されている人権問題を解決すると約束したはずです。

それが条件の北京オリンピックでした。






IOC会長は、「オリンピックを開催すれば中国も変わる」というような声明を発表しました。

開催までに変わるはずが、開催すれば変わるになりました。


このままオリンピックが成功すれば、一連の中国のやり方を、世界が受け入れたことになります。

僕は北京オリンピックのボイコットこそ、チベット問題を解決する糸口になると信じて疑いませんでした。



ところが、当のダライ・ラマは「北京オリンピックの成功を願っている」との声明を出し続けています。


僕には、その姿勢が理解できませんでした。


本気で言っているんだろうか・・・

まさに今、彼を慕う多くの人が中国当局によって極限状態に置かれているというのに、いったい何を考えているんだろう。

単に宗教家のポーズではないのか。


中国政府が
「ダライ・ラマ一派がオリンピックの転覆をねらって暴動を画策した」
と言ったので、そうではないことを表明するために、無理して言っているのだとさえ思いました。



そこまで思ったとき、ふと我に帰りました。

あんなに深い叡智を与えてくれた人の心を、何を持って決めつけているのかと。



チベットの人たちを救いたいという気持ちのあまり、正義の衣を着てすっかり傲慢になっていた自分・・・

そんな自分が見えたとき、同時に、ダライ・ラマの存在の偉大さを心の底から感じたのです。



彼は誰とも闘っていません。

彼には何の個人的な都合もありません。


彼はただ、チベットの人も、中国の人も、そして人類の全てが幸せであることを願っているだけです。


彼の言う
「北京オリンピックの成功を願っている」との声明には、嘘も作為も何もなかったのです。




チベットの人たちが、何故彼をここまで慕うのかがわかりました。


彼はその存在を通して、今も僕たちに多くのものを与えてくれているのだと思います。



問題が山積する人類に、彼は一筋の光であり、このような究極の現実の中で、その存在を世界に示してくれているんだと思いました。




実は昨日から長い時間をかけて、中国のウソを、多くの証拠を挙げて証明しようと躍起になり、長い記事を書いていたのですが、ふとそんなことを思ったら、必ずしもこのやりかたがベストではないと思い始めました。

目的はチベットの人たちを救済すること、非人道的な扱いをやめさせることです。

その方法は糾弾ではないことに気づきました。



昨日までは必死で、多くの人にチベットの現実を知ってもらおうとしていました。

それが直接の救済につながらなくても、せめて抗議の声を大きくすることで、何らかの解決につなげたいと、そんなはかない気持ちで頑張っていました。

だから体中を無力感が覆っていたのだと思います。



でもこの中国の問題は、単に中国一国の問題ではなく、アメリカやロシアを始めとする大国のエゴや、自国の利益を優先する国際社会や、今だに多くの矛盾を抱える地球上の人類そのものの問題でもあると思うのです。


対立と攻撃的姿勢では、何一つ解決しないことは明らかです。


まずは中国政府を安心させることが、問題解決の第一歩のように思えてきました。




今頃になって気づいた自分を恥ずかしく思いますが、敵味方という対立構造ではなく、真の解決に導く道を探っていきたいと思います。





まだ怒りがすべて消えたわけではありません。


こんな考え方は甘いと思う自分も、まだどこかにいます。



それでも、虐げられた人を救うのはこの道しかないと思うようになりました。






今日もここに来てくれてありがとうございました。






何かを感じてくれたら押してください。

   








今夜も「いまここ塾」やっています。  

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2008年03月24日

平和への「覚悟」

正直言って、この数日間は自分の中に無力感が漂っています。

今こうしている間にも、不当に逮捕拘留された人たちが、どんな非人道的な扱いを受けているのかを考えると、怒りは悲しみになっていきます。

そこには年端もいかない子供や女性も含まれています。

僕にできることはあらゆる機会を使って、知りうる限りのことと、意見を伝えていくしかありません。



今回の暴動は、ダライ・ラマ一派による、中国分断を企てた用意周到な計画だとし、その確かな証拠も握っていると温首相自らが世界に発言しました。


しかし、暴動の映像を見る限り、民衆は素手のままです。

武装もしないで、それのどこが用意周到な計画によるものなのでしょうか。



おそらくは、最初に暴動ありきではなかったと思います。

今までのデモと同じように、「チベット独立!ダライ・ラマ万歳」を叫ぶだけのデモ行進だったのでしょう。


亡命政府に入ってきている情報では、無差別発砲により、多くの死傷者を出しました。

犠牲者の中には8歳の子供も含まれています。


そのことに怒った民衆が暴動に出たのでしょう。


この映像はその時のものだと思われます。




我々はこの映像を繰り返し見せられました。

何故このような事態になったのかの説明がないまま、テレビ局は中国側が提供してきた一方的な映像を、繰り返し流したのです。


3月10日には僧侶らによる平和的なデモが発生し、11日には治安部隊が催涙弾攻撃をしています。

すでに市内に大量に配置されていたはずの治安部隊が、なぜ彼らの暴動行為を黙って見ていたのかは謎のままです。

この映像自体が、捏造である可能性もぬぐい去れません。



また、なぜ大きな被害を受けた商店街の多くが、漢民族のそれではなく、イスラム教徒のものだったのか・・・



真実は国際調査機関が現地入りして調べれば、すぐにわかることです。







ウソにウソを重ねる中国政府。

国際社会は完全に馬鹿にされています。


まったく矛盾する言葉と態度で押し切れると信じている背景には、各国との経済関係への自信があるのでしょう。



経済の損得を選ぶか、人間としての在り方を選ぶか、大きな選択が突きつけられています。




もし日本が中国に抗議し、中国政府の反感を買ったとして、最悪の場合は、日本経済や食料事情にどれくらいの打撃が及ぶのでしょうか。


中国もしたたかに、自分たちが不利益を被るようなシナリオは直前で回避するでしょうが、もし万万が一の場合でも、終戦直後のことを思えばしのげるのではないでしょうか。



それくらいの覚悟で毅然とした選択をしたとき、日本は世界に貢献できる本物の国に生まれ変わると思います。



この国が平和をスローガンに掲げるのであれば、今こそその覚悟を示す時ではないでしょうか。









   





裏ブログの「かんながら」にも、チベット問題とその歴史を紹介しています。  

Posted by Toshiro Abe at 08:20Comments(14)TrackBack(0)チベット問題

2008年03月23日

ダライ・ラマの転生

チベット仏教の特徴の一つは、生まれ変わりを信じていることです。

特にダライ・ラマやパンチェン・ラマのような突出した高僧たちは、死後必ず国内に転生すると言われています。



高僧の生まれ変わりを認定するには、幾多の慎重な調査が行われます。


まずは国中から、知らないはずのことを知っている子供や、啓示的な夢を見た母親を探します。

さらに占いや神託による多くの調査をした後に、候補者の子供を絞り、最終テストをします。



現在のダライ・ラマ14世の場合は、チベットの小さな農家の9人目の子供として生まれましたが、3歳の時、変装した探索隊の一行が彼のもとを訪れ、先代のダライ・ラマの所持品をいくつもの品物にまぎれさせ、それを正確に当てられるかどうかテストしました。


その結果、変装した一行の中から、元側近を識別し、品物の中から、先代が愛用した数珠、儀式用の太鼓、愛用した杖を、全て間違いなく選び出しました。

杖の時は、いったん違う杖を手にしたそうです。

しばらくそれを持って歩いた後に、本物と持ちかえました。

最初に持った杖も13世が使用したもので、その後他の高僧に贈ったものでした。

これには探索隊のメンバーも大層驚いたそうです。






それらの調査により、農家に生まれた幼き子は、チベット仏教最高位のダライ・ラマとして認定されたのです。




ここで重要なのは、転生したダライ・ラマ探索の際に、啓示や神託を受け重要な役割を果たすのがパンチェン・ラマで、転生したパンチェン・ラマ探索の際に啓示を受けるのがダライ・ラマだということです。




平成元年、パンチェン・ラマ10世が公の席で、中国のチベット統治を批判したその4日後、謎の急死をとげます。

すぐさま中国政府は、転生するパンチェン・ラマ(11世)を、中国政府自らが選ぶと宣言し、探索隊を編成します。



パンチェン・ラマの転生を探る重要な能力を持っているダライ・ラマは、何度も中国政府に、転生者を探す手伝いをすると申し出ますが、断られます。



結局はダライ・ラマが正規の手続きにのっとってパンチェンラマ11世を探し出すのですが、数日後、その少年は中国当局に拉致されてしまいます。




わずか6歳でした。

今もどこかに幽閉されているそうです。

現在19歳になります。




その後中国政府は、本物のパンチェン・ラマ11世を発見したと発表し、現代に至っています。



真のパンチェン・ラマの認定は、チベットの将来にとって大きな意味を持ちます。



72歳の高齢になったダライ・ラマ14世に万一のことがあった時はどうなるのでしょうか。

このままでいけば、中国政府に都合のいいパンチェン・ラマが、中国政府に都合のいいダライ・ラマを選び出し、その瞬間にチベットの自治の夢も、チベット仏教の伝統も終焉してしまいます。




中国政府にとって、チベット民族も、チベット文化も、チベット仏教も、人類にとっての貴重な宝だという認識はありません。

彼らにとっては、その国土こそが興味の対象なのです。



チベットが消滅する様を、黙って見ているわけにはいきません。

非力ながらも、我々が声をあげて日本政府を動かし、中国政府に抗議し続けることだ思います。



このことが人々の記憶から消えませんように。




   





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2008年03月22日

生き仏




数年前、向和尚に誘われてダライ・ラマの講演会に行きました。


そこで見たのは、淡々とした、自然体の、温かみを携えた、ごく普通のご老人でした。

超能力も、霊感も、何一つ感じさせない、ただあたりまえの存在です。

気さくな優しさが印象的でした。


インドに亡命する途中、多くの若い仲間たちが目の前で殺されていった場面を語る時も、一切の非難がましい態度はなく、ただ起きたことをそのまま話されている様子でした。

人はここまで寛大になれるのか、それこそが奇跡だと思いました。



チベット仏教というと、すぐにチベット密教を連想し、呪術的で迷信的な宗教と思われがちですが、それは違います。

極めて論理的な宗教です。

だからこそ欧米において、知識人の間に大きなブームになりえたのだと思います。


ダライ・ラマをはじめとして、多くのチベット仏教の導師の本を読ませてもらいましたが、人間存在に対する深い洞察には、ただただ感服するばかりで、今の僕の考え方や在り方にも大きな影響を与えています。



そんなダライラマのような存在に対して
「嘘つき、悪魔」
と、世界に向かって罵倒する人たちを、世界はどのように感じるのでしょうか。


もしその言葉を少しでも支持する国があるとしたら、それは利害を共有する国でしょう。


最近になって中国は、自分たちの一連のチベット政策と、今回の動乱に対する対応を、世界100カ国以上が支持していると言っています。

よもやとは思いますが、この日本はその100カ国に入っていないでしょうね。







21世紀の現代に、あのような蛮行がまかり通ったとしたら、この地球には「人権」と呼べるものは存在しないことになります。

今後いかなる政府も、いかなる平和団体も、人権を口にする資格はありません。


いま中国国内で何が起きているのか、依然として見えない状態です。

このまま時が過ぎて、また何事もなかったかのように、僕たちの平和な暮らしが続いていくのでしょうか。


この問題が風化することがないように祈るばかりです。




最後に、3月20日に朝日新聞に載った川柳を紹介します。

もともと中国寄りの新聞だとは知っていましたが、まさかここまでやるとは信じられない思いです。



五輪前 どうにも邪魔な 生き仏



たとえ一般投稿者の作品としても、採用したのは新聞社側です。

皮肉のつもりかもしれませんが、やっていいことと悪いことがあると思います。


チベットの人たちの苦しみのさ中で、大新聞が掲載した川柳がこれです。




五輪前 どうにも邪魔な 生き仏





せめてこれからも、この問題を見つめていきたいと思います。






   
  

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2008年03月21日

中国から日本が見えてきた

昨年、ドイツの首相がダライ・ラマに会おうとしたとき、中国は過敏なまでに反応し、もし会えば、その報復として、ドイツは経済的な損失を被ることになると脅しました。

日本ならその時点ですくみあがるのでしょうが、ドイツ首相は脅しに屈せずにダライ・ラマと会見しました。

その結果、確かに様々な弊害を被るのですが、それでも自国メディアは、首相の勇気ある決断を評価し、外交政策は時として、経済の打算を超えるとしました。

何でも足を引っ張る日本のマスコミとは違い、人権という確たる基準を持っているのです。






中国にここまでの暴挙をやらせてしまう背景には、巨大化した中国の軍事力があります。

それを作ることに協力した最大の功労者は、ほかならぬ日本ではないでしょうか。



彼らの常套手段である恐喝にも似た抗議と要求に屈し、莫大の円借款を供与し続け、彼らをここまで大きくした罪は、悔やんでも悔やみきれません。

しかも自分たちは戦う能力を放棄し、相手をけん制することもできないのです。



誤った自虐的な歴史観で自らの国を蔑視し、国民の誇りを奪い、中国や近隣に土下座外交を続け、国民の税金をばらまいてきた無能政治家のツケが、いま世界を脅威に陥れ、チベットの人たちを苦しめているのです。


理想論だけをまくしたてる無責任な左翼政党と人道主義者達は、国家主権を脅かす拉致事件や、今回のようなあきらかな人権蹂躙に対しては沈黙を決め込みます。

大人ぶった顔をして、抗議の一つもできない国を、尊敬し耳を傾けるような相手であれば、事態はここまで悪化しなかったでしょう。



僕は今回のチベット動乱と、あいも変わらぬ日本政府の事なかれ主義的な対応を見て、日本はこのままではいけないという強い懸念を持ちました。



この数日間、世界を相手に平然と嘘を言ってのけるあの国の体質が見事に浮き彫りになりました。

このままの巨大化が進めば、いずれは台湾に、そして日本に脅威が及ぶのは時間の問題だと思います



愛国精神を持つことが、憲法を見直すことが、何故こんなに大変なのでしょう。

そこには、誤った歴史認識、偽善的な左翼思想、国民の反感を煽る馬鹿げた右翼の行動などがあったと思います。



今の世界に対して、日本が果たすべき役割は極めて大きいのです。

西洋と東洋が出会う国として、まず自らが自立し、きちんと意見が言える国家に生まれ変わらなくてはいけません。




戦前の日本を悪くばかり言うのは間違いです。

そこには損得を超えた、真の人間としての理念と尊厳が見て取れるからです。

それはもともと日本民族が長い歴史の中で培ってきたものです。


今、その力を世界が必要としています。





賛同してくれる人は応援して下さい。

   
  

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2008年03月20日

パンチェン・ラマ

ダライ・ラマの名前は知っていても、パンチェン・ラマを知っていた人は少ないのではないでしょうか。

この二人はチベット仏教の最高指導者ですが、本物のパンチェン・ラマは中国政府に幽閉されたままで、政府に都合のいい偽のパンチェン・ラマが現在その地位にあります。

まるで映画のようなことが、今も現実に起きているのです。


何故中国政府が偽者を立ててまでパンチェン・ラマにこだわるかと言うと、それによって自らがチベット仏教に深く関与していることを内外に示し、チベット侵略を正当化させようとするためです。






チベット仏教は「死」に対する洞察が、他のどの宗教よりも優れています。

チベット人たちも日常的に「死」と向き合うことで、いかに生きるかという知恵を深めようとしています。


そんな彼らが用いるのが、パンチェン・ラマ一世が残した、十七の偈(げ)です。

これは人間が死んで行く時の状態を内面から詳しく観察したもので、それによって「死」という幻想から目覚めて解脱に向かうための、とてつもない知識です。

「生死」が幻想であることを見抜くのは、7層の身体で説明したコズミック体(宇宙意識)において可能ですが、それを肉体の死という機会を有効に使うことで達成しようというわけです。

すなわち、「死」を「悟り」のチャンスに使おうというわけです。


死に際して意識を保つためには、たゆまぬ修行が大切になってきますが、チベット僧たちは、そのような深遠な教えの中で修行生活を送っていたのです。



そのような生き方は、唯物論の極致である共産主義から見れば、劣等人種による迷信的習慣としか映らなかったようで、残念ながらその伝統は50年前に徹底的に破壊されてしまいます。

チベットの独立運動の背景には、このようなチベット文化の復興を切実に願う気持ちが含まれているのです。




チベット動乱は大きなものだけでも何度も繰り返されています。

その中でも象徴的なのは、パンチェン・ラマ10世(先代)の不自然な急死に端を発した平成元年の動乱です。

チベットに初めて戒厳令が敷かれたのもこの時です。

この動乱はかなり大規模なものでしたが、今回同様に徹底的な武力弾圧で鎮静化させられます。

多くの僧侶が捕らえられ、裁判もないまま処刑されたり、激しい拷問が繰り返されたりしました。



このとき無慈悲なまでの徹底弾圧を行ったチベット自治区の最高責任者は、その功績で、中央に復帰し大出世を果たしました。

それが今の胡錦濤(こきんとう)国家主席です。


その彼を5月に日本に招待する計画が進行中です。

この時期に日本国内で笑顔の外交ショーが繰り広げられるのです。

今のところ両国ともにこの来日を成功させようと躍起です。

中国にしてみれば、日本が受け入れてくれていることを国際社会にアピールする絶好のチャンスでしょう。



さて現在のチベット自治区のトップも、今回の結果が自分の将来にどう影響するかを熟知しています。

その彼は昨日、軍を交えた会議で、
「ダライ・ラマは僧侶の服を着たオオカミで、人の顔をした悪魔だ」
と非難し、
「我々は、まさにいま、ダライ・ラマの勢力と血みどろの激しい闘い、生きるか死ぬかの闘いを繰り広げているのだ」
と述べて、取締りを徹底的に進める姿勢を示しました。



チベットで起きていることを、今度こそ風化させてはいけません。

過酷な運命の中で死んでいった120万にものぼる善良な僧侶や市民達の悲願を、しっかりと受け止めながら、この事態を見守りたいと思います。





真相が多くの人に届きますように。

   
  

Posted by Toshiro Abe at 10:40Comments(6)TrackBack(0)チベット問題

2008年03月19日

ある尼僧の証言

何か事件が起きた時、僕たちはその出来事の概要をニュースで知りますが、そこでいったい何が起きているのかということを、肌で実感するまでには至りません。

ここにガワン・ワンドゥンさんという一人のチベット尼僧の証言があります。

彼女がデモで逮捕された当時はまだ15歳でした。


少し長いですが、ぜひ最後まで読んでください。


・・・・・・・・・


シェーラブ・ンガワンが亡くなってから、もう何年も経つけれども、1日たりとも彼女のことを忘れたことはありません。
彼女は、わずか17才でこの世を去りました。


私はメドクンガという小さな村で、1977年に生まれました。

メドクンガは、チベットの首都ラサからバスで4時間程離れた貧しい村です。
村人は、わずかな家畜と痩せた畑からできる農作物より生計を立てています。
畑には大麦を植え、それを炒った麦焦がしが私たちの主食でした。

村には学校が1つだけありました。
3年間の初等教育を学ぶことができましたが、子供たちは幼いころから、家畜の世話や農作業を手伝わなければならなかったので、学校に通える子供はわずかでした。

私は、14才の時にラサのミチュンリ寺にて出家しました。
1991年のことです。
シェーラブ・ンガワンも同じ年に出家しました。
確か彼女が13才のときのことだと思います。

ラサには割と大きな尼寺が5つほどありますが、当時、すでに多くの尼僧たちがチベット独立のデモに参加し、逮捕されていました。

デモに参加すれば、懲役を受けるのはもちろんのこと、拷問や厳しい強制労働を味わうはめになることは、みんな承知していましたが、それでもデモに行く者は絶えませんでした。
私たちの寺からも、多くの尼僧たちがデモへと繰り出し、そして逮捕されていきました。
私もいつの日にか、デモをすることがチベット人として当然の義務のように感じるようになっていました。

1959年、ダライ・ラマ法王がインドに亡命してしまうと、中国はチベットを巨大な強制労働キャンプへと変えてしまいました。
何万人、いや何十万人といた僧侶たちは、すべて監獄へと放り込まれ、家畜以下の取り扱いを受けました。
そして、実にチベット人の5分の1にあたる120万もの命が、拷問や餓えによって失われていったのです。

1980年、毛沢東が亡くなるまで、チベットには1人の僧侶もいませんでした。
それどころか、僧院のほとんどが壊されてしまっていたのです。

1980年、政権が変わると、多少の宗教の自由が認められ、寺の再建が始まりました。
生き残った僧侶たちが、ようやく寺に戻って来ることができたのもこの年でした。

でも、宗教の自由とは名ばかりでした。
出家者は厳しく当局から監視され、出家者の数も制限されていました。
私たちの唯一の心の支えであるダライラマ法王への信仰は固く禁止され、代わりに共産党教育の講義を寺で受けねばなりませんでした。
全ての利権は中国人の手に握られていて、チベット人は自分たちの国であるというのに、中国人の許可がなければ、移動することですらままなりませんでした。

1987年9月27日、デプン寺の僧侶たちが、ラサで初めてのチベット独立要求のデモを行うと、次々にデモが続くようになりました。
そのほとんどは、僧侶や尼僧によるものでした。
出家の身である私たちには、養うべき子供も家族もいないため、みんな喜んでチベットのために犠牲になることができます。
シェーラブ・ンガワンも幼かったにもかかわらず、チベット独立のために行動するという意志は固く、そのためには何でもすると言っていました。

1992年2月3日、私とシェーラブ・ンガワンを含めた5人の尼僧、そしてセラ寺の僧侶の計6人でデモを行いました。
チベット人のデモは過激なものでは全くありません。
ただ、ラサの中心地にあるジョカン寺の周りの右繞道(パルコル)で「チベットに自由を!ダライ・ラマ法王万歳」と叫ぶだけなのです。

私たちが、パルコルでスローガンを叫ぶやいなや、すぐに公安が駆け付けました。
公安は私たちを棍棒で殴り倒すと、トラックへと放り込みました。

私たちは全く抵抗しませんでした。
こうなることは、初めから覚悟していたことなのです。
セラ寺の僧侶は頭から血を流していました。
ひどく痛むのか、刑務所へと向かうトラックが揺れる度に、呻き声を出していましたが、話し掛けることはできませんでした。

グツァ刑務所での尋問や拷問は覚悟していましたが、遥かに想像を越えるものでした。

中国人が聞きたいことは1つでした。
「一体、誰がデモを煽動したのか」

私が幾度も「みんなで話し合って決めたことだから、リーダーはいない。誰かに命令されたわけでもない。自分たちの意志でやったのだ」と本当のことを言っても、彼らは納得しませんでした。

散々殴られた後、外に連れていかれ、刑務所の塀にむかって手をあげたまま立っているように命令されました。
体中が痛み、あげた手はまもなく痺れてきましたが、下ろすと看守から殴られました。
みんなはどうしているんだろうと仲間のことだけが気掛かりでした。

昼の1時~7時ごろまでそうしていたでしょうか。
やがて、トイレに行くことが許され、振り返ると、同じように仲間もそうさせられていました。
ひどく殴られたらしく、みんな顔を腫らしていました。
みんな別々に独房に入れられました。
ときどき看守がドアを叩くたびに、また尋問に呼ばれるのかとゾッとしましたが、私の返事を確かめると去っていきました。

3日後、トイレ用のバケツを空けるために、はじめて外に出ることが許されました。
5日後から再び尋問が始まりました。
同じ質問が繰り返されました。
毎回殴られたわけではありませんが、拷問道具は常にテーブルの上に並べてありました。

3ヶ月後にようやく独房から出され、皆と一緒の監房に入れられました。
監房にはトイレがついているわけではありません。
隅に置かれたバケツがトイレでした。毎朝、1度だけ空にするだけだったので、監房の臭いはひどいものでした。

やがて、リーダーとみなされた1人の尼僧に6年の懲役が下り、セラ寺の僧侶と他の尼僧には5年が、そして私とシェーラブ・ンガワンには3年の懲役が下されました。
私は15才、シェーラブ・ンガワンはわずか14才だったのにもかかわらず、成人と同じ刑が課せられたのでした。

朝から晩まで強制労働を課せられる日々が続きました。
私の仕事は、ビニールハウスや畑に肥料を蒔くことでした。
トイレから人糞を汲み上げ、畑との間を日に幾度も往復せねばなりませんでした。

1994年の8月10日の夜の10時頃ことでした。
私たちは歌を歌いました。
チベットが独立する日を夢見る歌、監獄のつらさを歌った歌、そしてダライラマ法王をたたえる歌を。

シェーラブ・ンガワンもいました。
監獄では政治囚たちは看守にみつからないように、こっそりとよく歌を歌います。
誰が作ったのかは知らないのですが、政治囚たちは歌詞をよく知っていました。
新入りの尼僧たちに、長くいる尼僧が歌を教える。
監獄の長い夜はよくそうやってふけていきました。
    
    ここダプチ刑務所からは空しかみえない
    空を流れる雲たち
    それが父や母だったら、どんなに素敵だろう
    監獄の友たちよ
    わたしたちはノルブリンカの花
    どんな雹や霜だろうが
    わたしたちのつないだ手を離れさせることはできない
    いつか必ず雲の後ろから太陽があらわれる
    だからそんなに悲しまないで
    たとえ太陽が沈んでしまっても
    こんどは月が照らしてくれる
    だからそんなに悲しまないで



その晩、私たちは隠れて歌ったりはしませんでした。
看守に聞こえるように歌いました。
そんなことをしたら、どんなことになるかぐらい分かっていましたが、私たちは敢えて歌ったのでした。

すぐに、監房から引きずり出されると、ロープできつく縛られ、激しい拷問を受けました。

ひとりの尼僧が気絶し、床に倒れ込みましたが、看守たちはそれでも殴るのをやめませんでした。
私たちは立ち上がれなくなるまで殴られた後、夜中の3時半頃、縛られたまま、窓1つ無い独房に入れられました。
1畳程しかないその牢獄には、トイレ用の溝がある以外、寝具もベッドもありません。

そんな暗闇の中に、1週間も入れられていました。
1週間後、独房から引きずり出され、またひどく何時間も拷問を受けました。
耳は何度も激しく引っ張られたため、血だらけになっていました。

シェーラブ・ンガワンの小さな体も、ぼろぼろになっていました。
彼女の顔は腫れ上がり、すぐには誰だかわからない程でした。

それからです。彼女の言動がおかしくなったのは。

何でもすぐ忘れるようになりました。
記憶もちぐはくになり、変なことを口走ったりするようになりました。
いつも背中や腎臓、胸の痛みを訴えていました。
食欲も落ち、最後には何も喉を通らなくなったのです。
刑務所側は彼女の容態の悪さを知りながら無視をしていました。
何度も私たちが懇願した結果、ようやく病院に検査のためにつれていきましたが、腎臓が弱っていると言っただけで、何の治療もしてはくれませんでした。

1995年2月2日、私とシェーラブ・ンガワンは刑期を終え、村に戻りました。
しばらくして彼女に手紙を書きましたが、返事は来ませんでした。

数カ月後、彼女が4月17日に亡くなったという知らせを受けました。
私は彼女の家を訪ねました。
家には残こされた両親だけがいました。
私たちは最初話すことができず、ただただ泣いてばかりいました。
釈放後、シェーラブ・ンガワンはラサの病院に入院したけれども、容態は好転はしませんでした。
そして、約2カ月後の4月17日、彼女は息を引き取りました。
体中の痛みに苦しんだ末のことでした。彼女の両親の嘆きは見ていてられませんでした。
まだ17才というのに、苦しみながら死なねばならないなんて。

シェーラブ・ンガワンを鳥葬した人はこう言ったそうです。
「こんなにひどい状態の若い死体は今まで見たことがない。腎臓も肺もボロぞうきんのようだったよ」と。

私たちと一緒にデモをした、もう1人の尼僧も亡くなりました。
プンツォ・ヤンキは、逮捕された時、19才でした。
5年の懲役を受けて服役していたのですが、1994年6月4日に亡くなりました。
彼女も1994年2月11日に仲間たちと歌を歌い、激しい拷問を受けたのです。
こうして、仲間の2人が拷問によって亡くなりました。

私は寺に戻ることを許されなかったので、仏教の修業と勉学を続けるために、インドに亡命してきました。
死んでしまった2人のことを外の世界に伝えねばという思いもありました。

ヒマラヤを越えるのは容易ではありませんでした。
体の弱っていた私は、道程のほとんどを仲間の背中におぶってもらうわねばなりませんでした。

釈放されてから、もう何年も経ちますが、いまだに拷問の後遺症に悩まされています。
特に腰と腎臓が悪く、先月も入院していました。


どうか、チベットがこんなにも悲惨な状況であることを忘れないで欲しいのです。
本当に心からのお願いです。



・・・・・・・・・



いま僕たちにできることは何でしょう。

せめて、今何が起きているのか、そして何故起きているのかを少しでも知ろうとすることではないでしょうか。

彼女の話を過去のことと思ってはいけません。

今現在はさらに激しい取り締まりと弾圧が起きています。


今こうしている間にも、拘留された僧侶たちがどんな目にあわされているかを考えると、無力感にさいなまれます。





   
  

Posted by Toshiro Abe at 10:06Comments(26)TrackBack(0)チベット問題

2008年03月18日

続・チベットのこと

テレビから繰り返し流されるチベットの映像と情報は、中国政府からの一方的なものであり、今いったい中国各地で何が起きているのか、まったく知ることができません。

ニュースキャスターは、今回の出来事の理由に、経済格差と少数民族の不満を挙げていましたが、あまりにも表面的な説明だと思いました。







チベット弾圧の歴史は昭和24年に始まります。

この年、内戦に勝利した人民解放軍(共産党軍)は、その勝利の勢いでチベットに侵攻しました。

昭和34年には、ダライ・ラマ法王が流血拡大を防ぐために、ヒマラヤ山脈を越えてインドに亡命します。

これをもってチベット政府は事実上崩壊し、それ以後今日まで中国共産党によるチベット支配が続いています。



さらに悲惨だったのは昭和41年から始まる文化大革命という名の大虐殺です。

これらの度重なる蛮行により、無数の女性や子供を含む、約120万人の罪なきチベット人が殺され、6000以上もの寺院が破壊され、チベット仏教は壊滅的な状態に追い込まれました。



観光客向けに、ごく一部の寺院が再建され、昨日の幹部の会見ではチベットには信教の自由があると言っていますが、それはまったくのウソで、実際には思想の強化締め付けは厳しくなる一方です。

そのことに抗議してデモを行えば、ことごとく投獄され、拷問や虐殺が行われてきましたし、今回も同じやりかたで終結させようとしています。

まったく悲しいことです。



ちなみに昭和30年代後半、社会主義政策の失敗により、チベット国内で大量の餓死者が発生します。

そのことに対してパンチェン・ラマ10世は、「7万語の請願書」と呼ばれる報告書を中国政府に提出しますが、それが原因で10年近くも北京に投獄されました。

出獄後もチベット文化を守るために全身全霊をかたむけますが、ある時急死してしまいます。

遺体の舌が真っ黒だったことから、一部では毒殺説もささやかれました。



その後継者であるパンチェン・ラマ11世は、後継者に認定された3日後に、6歳という年齢で中国政府に拉致されました。

世界最年少の政治犯を救出しようと、さまざまなキャンペーンが今もなお続いています。

関係者筋の話では、今も生きたままどこかに幽閉されているそうです。

だとしたら現在19歳になります。



ダライ・ラマとパンチェン・ラマは、お互いを補い合う関係にあり、今後も歴史的に正統な後継者を存続させていくためにも、彼の救出が必要です。

それはチベットの文化と宗教の問題であり、異国の政党幹部によって判断されるべき問題ではないのです。


そのことも含めて、国際社会は中国政府に強く働きかける時だと思います。




新聞やテレビでは伝わってこない事実があります。

一人でも多くの人が、チベットが置かれた現状と悲惨な歴史を知り、チベットの人たちを支援してくれることを願ってやみません。





賛同してくれる人は応援よろしくお願いします。

   






今夜の「いまここ塾」も、チベット仏教についてお話しさせてもらいます。  

Posted by Toshiro Abe at 09:54Comments(13)TrackBack(0)チベット問題

2008年03月17日

チベットのこと

この数日間、現象界を超えた世界の話をしてきましたが、その一方で我々がこの肉体を持って生きているのもこれまた事実であり、世界の出来事も無視できない問題です。

今日は現実世界の出来事について書かせてください。





このところチベット自治区ラサでの、中国政府に対する抗議行動が報道されていますが、日本のマスコミは中国政府に配慮してか、中国政府が主張するままに「暴動」という表現で伝えています。

チベットの歴史を少しでも知る者なら、今回の僧侶たちを、暴徒化した過激分子などとは思わないでしょう。



中国共産党という、暴力によってしか支配体制を維持できない一党独裁政権の矛盾が、ここにきて一気に噴出しています。


自由と人権を何よりも尊重するはずのブッシュ政権は、低迷するアメリカ経済の下支えに多額のチャイナマネーが存在することを意識してか、今のところずいぶんと柔らかい表現で遺憾の意を表明するにとどまっています。



しかし一方で、オリンピックを控えた中国政府が、89年の天安門事件の時のように、武力行使によって事態を完全制圧するのは難しい状況で、いまこそチベット文化復興の大きなチャンスと考えます。



今回の事件に対して、チベット仏教の最高位にあるパンチェン・ラマ11世が、抗議行動をしたチベット僧達を非難する声明を出しましたが、彼は本物のパンチェン・ラマではありません。


以前「いまここ塾」でもチベット仏教の歴史と現状を紹介しましたが、本物のパンチェン・ラマ11世は、1995年5月17日、当時6歳の少年だったにも関わらず両親と共に中国政府に拉致されたまま現在まで生死が不明であり、今のパンチェン・ラマはその後共産党政権によって作られた操り人形のような存在です。

その新しいパンチェン・ラマ11世は、2001年に「私は中国共産党の偉大さを深く理解し、社会主義国家の家族的温かさを感じています」という声明を発表しています。



ダライ・ラマは本物のパンチェン・ラマの消息について、長年にわたり中国政府に対話を求めてきましたが、無視されたまま現在に至っています。

このような重大な事実を日本のマスコミはほとんど無視したままここまで来てしまいましたが、今こそ国民レベルで本当のことを知り、しっかりとした態度で中国政府に臨まなくてはなりません。


チベット仏教に代表されるチベット文化は、人類全体のかけがえのない宝であり、魂の成長に貢献する大いなる智慧なのです。




この記事は「かんながら」に載せようと思いましたが、こちらのほうが多くの人が見てくれるので、今までの流れを中断させて書かせてもらいました。






一人でも多くの人に関心を持ってもらうためにも、もうしばらくこの問題について語っていきたいと思います。

賛同してくれる人はボタンを押して応援して下さい。


   
  

Posted by Toshiro Abe at 08:20Comments(10)TrackBack(0)チベット問題

2008年03月16日

コズミック体 2



さてそれじゃ、昨日の続きです。


この宇宙意識は、自分がたどり着いたというようなものではなく、ずっと自分と共に存在していたもので、あまりにも近すぎて見えなかった、あまりにもあたりまえのものなのです。

それを苦労して探し回っていたことの滑稽さが、大笑いする人の理由のひとつです。

すべての人の存在基盤であり、すべての命に最初から与えられている無条件の恩恵です。


だからそのことを知ったからと言って、何か特別な能力が身についたわけでも、特別な人になったわけでもなく、むしろ自分がごくあたりまえの人間だったことを知ることになります。



個としての自分を感じているうちは、心のどこかに「特別意識」のようなものを持っています。

それは分離意識の特性なので、あらゆる個人の中にあります。


未熟な段階においては、それはエゴとして発揮され、人にも迷惑をかけたりしますが、そのような苦い経験は誰にでもあるのではないでしょうか。



社会的に成功している人の中にも、その状態で止まっている人たちがいます。

ましてや若いうちは、みんながその状態にいるのかもしれません。




第5身体と第6身体の一番の違いは、相対的世界と絶対的世界の違いです。


ちょっと難しい表現になってしまいましたが、第5身体までは「私」と「世界」という二元性によって存在を解釈しています。

そこには「私」がいて独自の解釈を生きるので、社会に暮らす幾多の「私」が対立するのです。

口喧嘩から核戦争に至るまで、あらゆるレベルの争いは、「私」が生み出したものです。



そしてこの「私」こそが、恐れや心配や欲望や執着の原因です。

幸せになれない原因は、この「私」のせいなのです。



だから何度も言いますが、この世界の問題を解決するためには、そして本当の幸せを達成するためには、宇宙意識を体験するしかないのです。

このような断定的言い方には抵抗を感じる人もいるでしょうが、ないものはないので仕方ありません。



一瞬でもその境地を垣間見れば、二度と同じ人ではいられません。

それは経験した者に共通することだと思います。

そして、そのことをどのように人と分かち合うかだけが人生の興味になってきます。



さて、実際にはここからが、本当の意味での修行の始まりです。

宇宙意識をいかに日常生活の中に定着させていくか、その訓練が「悟後(ごご)の修行」と呼ばれるものです。

修行と言うと大変そうですが、それは喜びに満ちた道です。



坐禅も苦しみや我慢とはほど遠く、むしろ最高に気持ちのいい時間に変わります。

悟る前の坐禅は、ただやみくもに坐りつづけるので、忍耐が必要になりますが、悟後の修行においては、何を目指しているかが明確なので意味合いが大きく変わります。



「坐禅は安楽の法門なり」

これは道元禅師の言葉ですが、身も心も放ち忘れて、ただ無我の状態に浸る時の気持ちよさは、何ものにも代えがたいものです。

その積み重ねが第7身体(涅槃体・ニルバーナ体)につながっていくのでしょう。


死ぬまでには一目、その境地を味わいたいものです。




素敵な日曜日をお過ごしください。






こんな話に興味を持ってくれてありがとうございます。
今日も応援よろしくお願いします。

   
  

Posted by Toshiro Abe at 09:15Comments(2)TrackBack(0)

2008年03月15日

宇宙意識(コズミック体)



簡単ではあるけれど、存在の7つの層を一通り知っておくのは、この先の自分の成長へのおおよそのイメージになると思います。

そのイメージは実際に役に立ちます。



第5身体(スピリチュアル体)を頻繁に感じるようになると、第6身体(宇宙意識・コゾミック体)を垣間見ることがあります。

その逆もあって、いきなりコズミック体を見ることで、スピリチュアル体を頻繁に経験するようになることもあります。


コズミック体を経験することを一般には「悟り」と言いますが、スピリチュアル体を「悟り」とする場合もあります。



ここで展開している存在の7つの層は、我々の意識の段階を説明する一つの方法です。

古代インド人の知恵と洞察は、見事だと思います。



さてこの第6身体(宇宙意識・コズミック体)を言葉で表すのはとても困難です。

ありとあらゆる表現が可能で、その人を取り巻く文化、宗教、個性によっても、様々な解釈が起こることになります。

それが世界中で幾多の異なる宗教を生んでいった所以です。




この体に共通しているのは、理由なき歓喜です。

それもどうしようもないくらいに圧倒的で、それまで快感だと思ってきたことがゴミのように見えはじめます。

すべての過去、未来、全ての出来事が「いまここ」で同時に起きていて、「永遠」という言葉の意味が初めて理解できます。


それまで自分だと思っていた存在が霧のように消えて、自分が全体になります。


自分が消えると言うと、ちょっとつまらない気がしますが、実際には全部が自分になってしまうので、それまでよりももっと自分を感じます。

でもその自分は、それまで感じていたのとまったく違うものです。

もっと自分です。



一滴の海水(個)が、海(全体)の中に溶けるのですが、実際の感覚では、海全体が一滴の海水の中になだれ込んでくるといった感じです。

自分の中に宇宙全体がドドッと入り込んでくるんです。



宇宙の神秘、宇宙の完璧さ、宇宙の壮大な計画、宇宙の限りない愛・・・

歓喜とともにすべての答えが洪水のように襲ってきます。


「わかったぞ!!」



アルキメデスが風呂の中で数学的問題の解決法を思いついて、あまりの嬉しさに「ユリイカ!ユリイカ!」「わかったぞ!」「わかったぞ!」と言って、アテネの街中を裸で走り回ったという話がありますが、数学的問題でもそこまで嬉しいのですから、それが存在の神秘への答えだとしたら、どれほどの喜びか想像できるでしょうか。


ある人は真夜中にその経験をして、あまりの歓喜に叫び出して、家族がうろたえて思わずその人の口を押さえたとか、いきなり大声で笑いはじめたり、悦びと感謝のあまり一晩中泣き明かしたり、その人によって見せる行動は違いますが、その中に流れているものは同じ宇宙の真実です。


すべての人の人生には、何一つ無駄はなく、何一つ偶然もなく、あらゆることが完全に、完璧のタイミングで起きていたことを知ります。


だから悩んでいる人や苦しんでいる人を見ると、言ってあげたくなるのです。



「大丈夫だよ、あなたは最初から祝福されて守られているから」





この続きはまた明日書きます。







多くの人に届きますように。
いつもありがとうございます。

   





今日はこれから宮古島に行ってきますニコニコ  

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2008年03月14日

スピリチュアル体 2



次に進む前に、もう少しスピリチュアル体の話をさせてください。



スピリチュアル体は、まるで首から上が無くなってしまったかのような感覚です。

見えているもの、聞こえている音が、外からやってくるのではなくて、空間に遍在している自分という見えない体の震動がそれを作り出しているという感じです。


鳥が飛べばそれは自分自身が飛んでいて、音が聞こえればそれは自分が音波として振動していて、風が吹けばその風は自分自身です。


そんな状態で富士山を間近で見た時の圧倒的な存在感や、頭上で大きな花火が開いたときの、まるで自分の心が大空で花開くような爽快感は、人生で最も甘美な時間でした。

自分と世界との境界線がなくなるのですが、その感覚こそが真実で、普段の自分は心理的に凝固した偽の自分だと分かります。


あらゆるものに命を感じるのもこの状態のときです。


それは机や壁や置物といった無機質なものにまで命と魂を見るのです。

ましてや犬や猫などの動物に対しては、彼らの中で生きているのはまぎれもなく自分自身だと知ります。


その感覚を一度でも味わえば、動物に対する意識がまったく変わってしまうでしょう。

それは知的なものではなく、感覚的な理解です。


僕が動物を食べることに反対すると、ある人は「動物愛護の精神ですね」と言いますが、その言葉自体が知的な解釈であって、一度でもその感覚を知ればそんな言葉さえも使わなくなります。



物や動物に対してさえそうなのですから、人間に対してどんな思いを持つかは言うまでもありません。

その気持ちを慈愛とか慈悲とか呼んできたのでしょう。


世界のあらゆる問題は、人間がこのスピリチュアル体との接触を見失ってしまった所にあります。

そこに気づかない限り、自分勝手な考えや正義を振りかざすことになり、どんなに平和運動を重ねても戦争はなくなりません。



この世を変える方法はひとつしかないと思っています。

それはあらゆる人が霊性(スピリチュアル体)に目覚めて、さらにその上の自己を超えた自分、本当の自分を発見することです。

そうすれば言いようのない同胞意識が芽生え、お互いに助け合い愛し合うしかやることがなくなります。



僕はこの先何年生きられるかわかりませんが、残された命を、多くの人が霊性を発見することに貢献していきたいと思っています。

今までも与えられた環境の中でそれを生きてきましたし、それはこれからも変わらないと思います。


とはいうものの、生身の体と、そこから発する様々な欲望や執着に惑わされることもしばしばで、そんな自分に手を焼きながらも、今日もこうして生きています。



もう少しの間、このテーマを書き綴ることにします。



今日も読んでくれてありがとうございました。


傲慢に聞こえるかもしれませんが、このことを人と分かち合うことが、最も大切なことだと信じています。

ブログはその手段として、今までの時代にはなかった優れた媒体です。


どのようにして多くの人の目に触れることができるかですが、皆さんのおかげで人気ランキングの上位に入れてもらっていることは、とても効果を発揮しています。


これからもよろしくお願いします。




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2008年03月13日

スピリチュアル体



先日、昼食を食べに、とあるホテルのレストランに入りました。

隣の席に、スーツを着て胸に会社のバッジを付けた、立派そうな会社員達が食事していました。



数人の集まりでしたが、一目で上下関係が分かりました。


おそらくは一番の上司でしょう、胸のバッジが誇らしげに輝いていました。


きっと会社にいる間は、特別な人でいられるのでしょうが、いったんその役割を脱ぎ捨てたら、この人は自分が誰だかわかっているのだろうかといらぬ心配をするほど、その人はスーツ姿とバッジに馴染んでいました。


その男性も、部下の人も、レストランのウェイトレスも、他の客も、社会の中でそのような役割をやっているだけで、何も変わらぬただの人間です。



もちろん社会には秩序が必要なので、役割を演じることも必要です。

でも自分が役割を演じていることを忘れて、役割に埋没してしまったら、それは一種の病です。



役割は仕事だけではありません。

親・兄弟・子供・夫・妻・友人・恋人・敵・味方・知人・他人・・・これらもすべて役割です。

出会う相手によって自分の役割を変え続け、あまりにも長い間それをやり続けてきたので、僕たちは本当の自分をすっかり忘れてしまうのです。




日々の生活の中で様々な事が起こり、喜怒哀楽を繰り返しながら、いろんな人格の自分に早変わりして、あっちに行ったりこっちに行ったり。

その時何が起きていようと、その時何を感じていようと、その時どんな自分だろうと、本当の自分はそれをただ見守っている観照者なのです。


観照者としての感覚を持ち続けることができたら、その時初めて5番目の体(スピリチュアル体)を垣間見ることができます。



それはちょうど雲の切れ間から大空が見えるようなものです。

ひっきりなしに続いていくマインド(思考)や出来事に埋没していると、決してこの切れ間を見ることはできません。



あらゆる現象の感照者になれれば、神秘の扉が開きます。

それは「動きの中の禅」です。

しかしこれは「静かな禅」(坐禅)の練習を積んで初めてできることです。




そのような訓練を経てスピリチュアル体に入れたとしたら、そこでは時間が消えて、まさに「いまここ」の何たるかを知ります。


心配事が消え、自由な解放感が自分を取り巻きます。



初めて自己として完結し、センタリングが起きるのもこの体からです。

20世紀初頭のスピリチュアルの巨人グルジェフは、それを「存在の結晶化」と呼びました。



不思議なことに身の回りに偶然の一致が増えていき、自分が個としてではなく、全体の一部として存在していることを実感します。

現実を主体的に創り出すので、無駄なく必要なことが起き始め、いわゆる願望はすみやかに達成されていきます。


ここにおいて全体意識に触れ始めるのですが、僕の経験から言うと、この時点ではまだ「個」としての自分が残っています。

そういう意味ではスピリチュアル体は、「個」を感じる最後の身体なのかもしれません。





さて、やっと宇宙意識(コズミック体)を語る準備ができたようです。

それは最後の第7の層(ニルバーナ体)へと続いていきます。



とは言うものの、僕はこのニルバーナ体を知りません。

6番目にあたるコズミック体は、僕が語ることができる最後の身体です。




このような話をさせてもらって、自分の魂が喜んでいるのがわかります。

できたら朝から晩まで、このような話だけをしていたいものです。



聞いてくれる人がいると思うからできるわけで、あなたの存在に感謝します。





興味を持ってくれた人は応援よろしくお願いします。

   






15日の夜に宮古島で「いまここ塾」やります。

詳しくは宇宙商店ウルルまで。  

Posted by Toshiro Abe at 08:40Comments(14)TrackBack(0)

2008年03月12日

メンタル体



毎晩寝る前に坐禅をしますが、そのうちの最初の10分間では、その日一日あったことを朝から思い出してみます。

翌日には忘れてしまうことも、その日の夜なら多くのことを思い出せます。



思い出すときのコツは、決して良い悪いを判断しないこと。

ただありのままを淡々と振り返るんです。



一通り思い出したら、「今日もいろんなことがあった。いろんな夢を見た。バイバイ」って言って、送り出してあげます。



そうやってその日のことはその日のうちに終わらせています。


ここで大切なのは、一日起きたことは全部「夢」だと知ることです。


普段の意識状態では、僕たちの経験は「夢」でしかないからです。




本当の現実は第5層の体(スピリチュアル体)に入らなければ見えてきません。

夢から覚めるというのは、この段階以上を経験するということです。




さて今日は第4の体(メンタル体)について話してみます。


ここは想念帯のような世界で、さまざまな思考が行き来しています。

それら思考には一貫性がなく、矛盾し、分裂し、支離滅裂です。



しかもその一つひとつは、この考えこそが真実だと言い張るので、自分がわからなくなってしまうのが普通です。

意志の力でなんとか統一して生きていますが、心の底にはいつも相反する考えが行きかっているのはだれもが経験することでしょう。




坐禅はこの思考と取り組むことから始めます。

混乱した思考を静め、やがては無思考の状態を目指すのです。



ところがそこに至るためには、とんでもなく長い時間がかかります。


さまざまな未解決の感情(エーテル体)や、無数の欲望欲求(アストラル体)が手つかずのままだからです。




手前味噌になるかもしれませんが、方広寺でやっていた研修では、まずこの2つの体にアプローチして、それから坐禅に入って行きました。

だから多くの皆さんが、すみやかに坐禅の深い境地を味わうことができたのだと思います。




思考を静める方法については、過去ログでたくさん語ってきたので割愛しますが、ここまでのことは未経験の人も知的に理解できたんじゃないでしょうか。

というのも思考や感情や欲望欲求の類いは、日常的に繰り返し経験しているからです。



ところがこの次元を超えた5番目の体(スピリチュアル体)になると、多くの人にとっては未体験ゾーンになってきます。




ここまで一方的に書いてきて思ったのですが、こんな話に興味を持ってくれたでしょうか。

実際には宇宙意識を語りたいのですが、その前にこれらのことも知っておいたほうがイメージしやすいと思いました。


もう少しこの延長線上で話をさせてください。




今日も読んでくれてありがとうございました。








多くの人に届きますよう、ランキングに参加しています。
ご協力よろしくお願いします。

     

Posted by Toshiro Abe at 09:47Comments(14)TrackBack(0)

2008年03月11日

7層の体



インドでは古来から、人間の体は7つの層にわたって存在しているという考えを持ってきました。

これは以前にも少し説明しましたが、肉体はその中でも一番下にある層で、僕たちは普段は肉体と自分を同一視して生きています。


大ざっぱにいえば、次のエーテル体、アストラル体、メンタル体までは「個」としての感覚を持っていますが、5番目(スピリチュアル体)以上の体からは「全体意識」に所属しています。


これからの時代は、一般の我々が、5番目(スピリチュアル体)以上の自分を知ることを求められていると思います。

一人ひとりが全体意識を認識することが、自我を超えた世界の建設に必要だからです。



そのためには最低でも4番目の体(メンタル体)を経験しなければなりません。

ひとつ下位の体にならなければ、次の体を認識できないからです。



そのための方法としては、瞑想によって自分の中に深く入っていくしかありません。




自分を覗き込んでいくと、まず最初に目にするのは感情の層です。

「好き・嫌い」「愛・憎」などはその代表です。

これはエーテル体の特質です。



ここで大切なのは、その体の状態を評価したり判断したりせずに、ありのままに受け入れることです。


というのも、僕たちは愛をひきつけ、憎しみを遠ざけようとするので、このエーテル体の中には、混沌とした怒りや憎しみが抑圧されたまま渦巻いているのです。


それがストレスを生み、さらに悪化すれば鬱状態に発展します。

鬱病とはエーテル体の病だと思います。



下位の4つの体は、両極性で成り立っているので、エーテル体では、愛は憎しみに、好きは嫌いに変化する宿命にあります。


愛している人(家族や友人)を憎みだすと、自分を責めたり、その感情から目をそらしたりしますが、そのような感情の変化は自然な状態なのです。


その憎しみも抵抗しなければ、やがて再び愛情に変わっていきます。



あるがままの感情を受け入れてあげれば、身体の健康にもいいですし、簡単に次の層に行き着くことができます。




次はアストラル体です。


ここでは様々な願望や欲望が渦巻いています。

僕たちはいつも、「今ではない何かになりたい」という欲求を持っています。



あれが欲しい、これが欲しい、もっとこうなりたい、今のままではダメだ。



人間はとても複雑なので、欲望を持ちながら同時にそれを否定しています。


その欲望を100%純粋に受け入れて行動していれば、たいていのことは実現しているでしょう。


しかし僕たちは社会的な生き物で、他者の目を気にして生きています。

欲求と心のブレーキという葛藤が、この身体を不自然に歪めているのです。