2007年10月15日
映画とスクリーン

おはよう。
また、月曜日の朝だね。
どうせ同じ一日を生きるんだったら、元気出していこう。
目の前で何が起きていようと変わらないものがある。
自分の内側には、外の出来事に何も影響されていない、ピュアな存在が必ずいる。
僕らはついうっかり、外側の出来事に全身で巻き込まれてしまうんだ。
たとえば、誰かが自分を見下したとか。
何かの責任を取らなきゃいけないとか。
どうしても嫌いな人と会わなきゃいけないとか。
日常の世界には、そんな出来事がオンパレードだけど、それは映画みたいなもので、いずれ場面は移り変わっていくし、そんな出来事に心まで削るのは間違っている。
何が起きても、実際にはあなた自身は何も影響されず、何も傷ついていないし、何も汚されていないんだから。
あなたの本質は、映画のスクリーンのようなもの。
出来事は映っている映像だ。
どんな映画が上映されても、スクリーンは無傷のままでしょ?
生活の中でストレスを避ける秘訣は、自分はスクリーンで、目の前の出来事は単なる映像だって事を見極めること。
映像が自分に求めるニーズには、きっちりと応えながらも、そこに何も影響されずに存在する・・・それが人生の極意だと思う。
そんなふうに不断の気づきを持って自己を確立することは、シャバで生きる我々にとって最高の修業じゃないだろうか。
さ、今日も修業に行ってらっしゃい。
そうやって胆力を養っておいでよ。
僕も、もっか修行中。
この修業、タダだからありがたいね。
修業のポイントは、何度も「スクリーンの自分」を思い出すこと。
映画にどっぷり浸かっちゃダメだよ

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お知らせ
今夜は9時からROKで僕の生放送。
明日の火曜日は、「いまここ塾」があります。
2007年08月29日
大空へ

もっと頑張んなきゃ。
もっと強くなんなきゃ。
人に甘えないようにしなくちゃ。
自分の力で人生を切り開かなきゃ。
おはよう

ご気分はいかが?
自分に言い聞かせてきた「~~しなきゃ」って言葉に縛られていると、人生が重たくなっちゃうよ。
そんなことは忘れて、「今この時」に心を込めてみよう。
そうやって過去から自由になると、自分が立派じゃなくても、頑張らなくても、賢くなくても、周りから感心されなくても、それでいいんだってわかってくるよ。
今このとき以外の何が必要なんだろう。
全部ここにあるじゃない。
あなたはあなたでいいじゃない。
古い価値観に縛られるのはもうやめよう。
今日もイキイキとした気持ちで、人生を楽しもうね。
♪
あの人からも この人からも
後ろ指さされないように
見えない鎖でがんじがらめにされて 飛べなくなった小鳥よ
自由な大空を思い出してごらん
君の翼は 君が言うほど色あせちゃいないさ
誰かのために 人のために生きてきた人生を
自分の腕に取り戻せ
そうさ、まだ何も終わっちゃいないさ
まだ何も始まっちゃいないさ
「大空へ」より
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2007年08月17日
過去は運命、未来は選択
全ての出来事が天の計らいだとしたら、僕らの運命は全部決まっているんだろうか。
それともそれは僕らの意思や生きかた次第で変えていけるんだろうか。
それはどちらも真実だと思う。
この2つの矛盾する真実の彼方に、言葉を超えた宇宙の神秘があるのだろう。
僕はこの2つを使い分けて生きている。
終わってしまったことは全部運命だったのだから、じたばたしても仕方ない。
でもこれから先のことは、自分次第でどのようにも創りだしていける。
そんな考え方で生きているよ。
それを逆にしちゃうとあんばいが悪くなる。
終わったことは自分次第でどうにでもできたのに、なんでこんなふうにしちゃったんだ。
自分のせいだ。
これから先のことは全部決められているから、努力したって同じこと。
どうせ自分にはどうすることもできないんだから。
これは救えない考え方だよね。
うっかりすると、この世界に入り込んじゃうから気をつけよう。
どちらの真実を生きるのか、それによって生きるスタンスが大きく違ってくると思う。
「過去は運命だったんだから受け容れる」
「未来は自分の選択しだいだから創造的に生きる」
ね、このほうがいいでしょ?
そんな考え方を持って、胸を張って生きていこう。
友よ、未来は明るい!!
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追伸
今日も向和尚から素晴らしいメッセージをもらいました。
これからの我々人類に必要なことです。
ぜひ読んでみてください。
随(かんながら)神
2007年08月13日
ストレスの原因
最近ますます社会にストレスが蔓延しているって誰かが言っていた。
ストレスは心の病に繋がったり、最悪の場合は不治の病を引き起こしたりもするからあなどれないよね。
だからかな、ヒーリングやリラクゼーションが大流行。
心や身体を癒したり、なるべくストレスの原因を自分から遠ざけたりするんだけど、これって効果もあるけれど、ちょっと的外れだと思う。
今日はそんな話をしてみるね。
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2007年08月08日
静寂の中で
一日10分でもいいから、何もせずにただ呼吸をゆっくりにして、その呼吸を見つめてみる。
吐く息と吸う息をじっくりと見つめてみる。
そうすれば、いっさいの雑音がやんで、本来の自分の静寂を取り戻すことができる。
その静寂の中に、最初から備わった根源的な知性があるんだね。
心身ともに、健康にもすごくいいと思うよ。
今からやってごらんよ。
2007年08月03日
あっ
犬の散歩に行ってきた。
この子のおかげで、早朝の新鮮な空気を思う存分吸いこむ事ができる。
何気ない瞬間に、道端に咲いている花を見て
「あっ」って。
何も思わずに、ただその花に見入った時、そのときの自分は花と一体になっている。
自分は花そのものだ。
ところが次の瞬間、「頭」が介入してくる。
『綺麗だな』
そうやって事実を判断した瞬間、花との一体感は消えてしまう。
さらにこう続く
『何科の花かな、名前は何だろう・・・・』
もうすでに、花と自分はすっかり分離してしまっている。
「感動」とか「美」とか「歓喜」とかって、対象と自分が統合されて一つになっているときの感覚だよね。
そこには言葉が入り込む余地は無い。
それなのに、すぐに頭で判断してしまって、せっかくの素晴らしい出来事を手放してしまう。
この「頭」なんとかならないかな。
今日もたくさん感動したい。
これからも応援よろしくお願いします
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初めての見性(悟り)体験のあと、向和尚がどんなだったかの話を寄稿してもらいました。
今日の<随(かんながら)神>に載せました。
面白いですよ。
2007年07月27日
幸せの秘訣
なんだか書いていて恥ずかしいようなタイトルだけど、実際にそう思うんだから仕方ない。
幸せの秘訣は山のようにあって、人それぞれにそれを発見して、日々使っているのかもしれない。
それは僕にもある。
いつもはあたりまえのようにやっているけど、こうしてブログに書こうとすると再認識できるよ。
だから今日も読んでくれてありがとう。
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2007年07月26日
毎朝の基本レッスン
おはよう。
僕の心の底にはまだまだ否定的観念がたくさん詰まっているのか、見る夢は恐いものや緊張感があるものが多い。
だから目が覚めた瞬間は、胸の上に漬物石を置いたみたいに重たい気分になっている。
気がつかずにそのまま一日をスタートさせると、あまり幸せな気持ちになれずに、物事を素直に見れなかったりもする。
だから朝最初にやること・・・それは気分を整えること。
ベッドの中で無理やり笑っちゃうのが一番早いんだけど、目覚めた時に笑うのは苦しいくらいに難しい。
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2007年07月24日
猫に学ぶ処世術

小学校3年生の時、配達に来る酒屋さんが、子猫を持ってきてくれた。
それは尻尾の長いトラ猫で、みるみる大きくなって僕によくなついた。
膝に乗っかってきて僕の頬をペロペロなめるので、名前はペロにした。
3年後に死んでしまったときは悲しかったな。
座布団に顔をうずめてオイオイ泣いたっけ。
写真の猫は16年前、子供がお腹にいた時に、無事に生まれますようにって毎日のようにお参りしていた人形町のお稲荷さんから、ニャーって出てきた猫。
それ以来ずっと母が飼ってくれているけど、子供の時にお別れした猫と瓜二つだ。
今朝も僕の膝の上に乗ってきて、頬をペロペロなめるんだよ。
今朝は久し振りに母の味噌汁を飲みながら、猫を膝に乗っけて、小学生に戻って数十年のタイムスリップを楽しんでいる。
猫って不思議だね。
天井やサッシの上や、何もない所をじっと見て、何かを追いかけるように視線を動かす。
何を見ているんだろう。
まっくろくろすけかな。

犬も可愛いけど、猫もすごく可愛い。
言う事を聞かないところが可愛い。
しっかり自分を持っていて、人間のご機嫌をとったりしない。
それなのに、こちらの気持ちを優しくしてくれる。
まるで人間の赤ちゃんみたいだ。
犬は盲導犬とか、警察犬とか、番犬とか、それなりに人間社会の手伝いをしてくれるけど、猫は何もしないよね。
昔は穀物をねずみから守る役目もあったんだろうけど、今の世の中、猫にやってもらうことはない。
それなのにこんなに人間から愛される猫。
周囲に愛嬌を振りまいたり、役にたつ有用な人材になったり、いい人やったりしなくても、みんなから愛されるような猫人間になりたい。
猫みたいに自分にくつろいで、しかも周囲に愛される。
これって究極的な生き方だよね。
この秘訣をぜひとも学んでみたいものだ。
と言って、しみじみと猫を見てみたけど・・・本当にこの生き物は無理してないよな。
猫から学ぶ事はたくさんありそうだ。
そんなわけで、
ニャー(猫語で、押してくれたら嬉しいって意味)
↓

2007年07月21日
小さなことからコツコツと
最近の僕は、ここでみなさんにお伝えしたことを、いつも実践しようと頑張っている。
たとえば、自分を平静に保つための呼吸法とか、願いが全て叶っている自分を描いて、その自分で生きてみることとか、首から上がない状態(首なし人間)で願望を描いてみたり・・・
そのことを僕が生活の中で強化して、実際によりよい結果を残していけたら、ますます伝えていることに確信を持っていけるからね。
もうすでにいい結果が出ているようにも思う。
まず落ち着いた気持ちでいられる時間が増えた。
これは僕にとってとても大きなことだ。
もともと僕はせっかちで、地に足がつかないことが多かったから。
「あっ!またやってる」って気づくことが多くなった。
気づくことはとても大切で、気づいたとき初めて、それ以外の自分を選択をする可能性が生まれる。
たとえばすぐに心の中で人を批判する人は、それをやっているときに「あっ!またやってる」って思えれば、他の考えに切り替える事ができる。
気づかなければ、いつものパターンを無意識に繰り返すだけだから。
気づきの習慣を持つのは大切だ。
僕は一日100回くらい気づけるようになった。
ということは、毎日100回以上も昔の悪しきパターンを無意識にやっていることになるね

今日もあきらめずにコツコツ続けてみます。
小さなことからコツコツと・・・ね。
コツコツ
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2007年07月20日
生きてる
方広寺で向和尚と活動していた頃のことだ。
向さんの友人で、ヘルガさんというドイツ女性がいた。
彼女は毎年、長期休暇をとって日本に訪れ、方広寺の専門道場で修業をしていたんだ。
ある時、彼女がガンである事がわかった。
病魔は確実に彼女の身体を蝕み、みるみる体力が衰えていったんだけど、彼女はいっさい弱音をはくことなく、大接心という寝ないで坐禅を組み続ける荒行に参加していたそうだ。
そんな彼女も病には勝てず、ついには浜松医大に入院することになった。
病院での彼女は、毎朝早起きをして中庭を散歩し、そこに生えている小さな花を摘んでは、小児病棟の子供達の病室に飾ってあげていたらしい。
向和尚が彼女を見舞った時、すでに末期を迎えていた彼女の身体は一目でわかるほどに衰弱し、ベッドに横たわっていたんだって。
その姿を見た向さんが、かける言葉をなくて少し戸惑っていたら、ヘルガさんがこう言ったそうだ。
「こっさん(向さんの愛称)、どうしたの?
『いまここ』よ。
私は生きてるよ」
昨日話した長島千恵さんも、病室で彼氏がハンドカメラを彼女に向けて
「千恵はいま何しているの?」
と聞くと、少し考えて
「生きてる」
って答えた。
『生きてる』
死を意識した彼女達は、その実感を僕たち以上に強烈に感じていたんだと思う。
いつも「死」を意識して生きることの大切さを伝えているけど、それは怖れるためじゃないよ。
まさに今、生きてあることの奇跡を感じ、今どのように生きるのかの覚悟を持つために大切だと思うからだ。
僕自身もすぐに忘れてしまって、流されるように生きていることが多いから、こうやって分かったような顔して言うことで、大切な何かを思い出そうとしているんだと思う。
今日も何度も何度もそのことに留意しながら、「今」というかけがえのない時を過ごしていきたい。
今日も読んでくれてありがとう。
「生きてる」
ね。
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2007年07月19日
長島千恵さんのこと
昨日久しぶりにテレビ番組を見た。
東京の身内から電話があって、知り合いがテレビで特集されるからぜひ見て欲しいとのことだった。
冒頭だけ見ようと思ったのが、気がついてみたら最後まで画面に釘づけになっていた。
主人公の名前は長島千恵さん。
千の恵みがありますようにと名づけられたこの女性が、24歳という若さで乳がんのためにこの世を去る、最後の一ヶ月間のドキュメントだった。
そもそもこの企画はご本人が友人を介して局の報道部に持ち込んだらしい。
おそらくは「死」を覚悟してのことだろう。
僕が一番印象的だった言葉は
「もし私が社会復帰したら、凄い人間になっている」
何故彼女はこう言ったのか。
それは死と向かい合うことで、生きていることの意味を深く理解したからではないだろうか。
さらにこうも言っている。
「人は多くの人たちに支えられて生かされている」
「明日も生きていられるということは奇跡だ」
何気なく生きている僕たちに、真実を教えてくれたんだと思う。
僕らも自分の死を間近にした時に、このような悟りを得るのだろうか。
番組を見ていて、去年の大晦日に末期がんの女性を見舞った時の事を思い出した。
その時も、深刻な病状を本人に悟られまいと献身的な介護をする家族や友人達に、明るい笑顔を絶やさずに、逆に彼らを思いやっていた病人の姿が印象的だった。
死を前にした人の壮絶な生き様から比べたら、我々の悩みのなんとちっぽけなことか。
こうして生かされている今、そのような心境で生きられたとしたら、どんなに素晴らしいことだろう。
健康な今だからこそ、死を見つめて生きることの大切さを思ってしまう。
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千恵さんのご冥福をお祈りします。
残されたご家族の心に光が訪れますように。
合掌
2007年07月18日
いまを生きる
このブログのタイトルは「いまここから・・・」
いまここを生きようってことだけど、いまここを生きるってどういうことだろう。
今・今・今・今って捕まえようとしても、それは無理ってもんだよ。
だって捕まえた瞬間、それはもう過去になっているから。
いまを生きるって、瞬間を生きるってことじゃない。
じゃ、なんだ?
いろんな説明があると思うけど、今朝は今朝の感覚でお話しさせてください。
続きの前にお願いします
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2007年07月14日
人生脚本
台風が去って、待っていたかのようにセミの大合唱が始まった。
昨日、ある人が書き込んでくれたコメントを読んだ。
その内容は、その人だけの問題じゃなくて、僕たちみんなに当てはまるように思うから、今日はその話をしよう。
人生は僕らの心が作り出している。
脚本家も演出家も出演者も観客も、全部自分自身だ。
もともとは何も無かった。
ただ広々とした肥よくな大地が広がっていたんだ。
それが生まれたときの僕たちの心の状態だよ。
そこにアドバイザーが現れた。
こうしなさい、ああしなさい、これはダメ、あれはダメ。
何も知らなかった僕たちは、無条件にそのアドバイスを受け入れ、その自由な空間に制限を作っていった。
それらは自分に言い聞かす、生きるためのルールになっていったんだ。
このことを理解すれば人生そのものを大きく変える事ができる。
ちょっと長くなるけど、最後まで読んで欲しい。
続きの前によろしくお願いします。
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2007年07月10日
見たくない真実

おはよう。
と言っても今は早朝の4時。
まだみんなぐっすり眠っているだろうな。
何で目が覚めたかって・・・アハハ、実はこのブログの夢を見たんだ。
以前は一日に何度もアップしていたから、けっこう一日中ブログの事を考えていた時期もあったけど、今は朝の一回だけにしている。
でもその一回に何を載せるのか、それはいつの間にか僕の使命感になっているみたい。
しかも今日は会館の都合で「いまここ塾」はお休み(来週も休館でお休み)
だからこの場で、しっかりと責任を果たしたいと思うわけで・・・
ただし、生意気にも僕が一番伝えたいメッセージは、いわゆる前向きなイケイケ的なものではなく、生活の中でつい忘れがちな真実についてなんだ。
それはあまり聞きたくない話しかもしれない。
それでもよかったら続きを読んでください。
その前にコレをお願いします
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2007年06月24日
「思い」を「実現」させることの大切さ
この数日間、「思い」は「実現」するというテーマで書いてきているけど、その確信が持てるようになれば自分の人生は自分次第なんだって思えるようになる。
そして自分の偉大さを再確認し、周りを照らす光になっていくことだろう。
その能力は一部の恵まれた人にだけではなく、すべての人に与えられている。
僕達はもともと、ひとり一人がかけがえのない存在だ。
二人として同じ人はいないし、その誰もが世界に貢献する何かを持っている。
でも生活に疲れたり自信を失ったりすると、自分のことも宇宙(神)のことも信じられなくなってしまう。
すると自分の不幸を、自分の身に起きた出来事や環境のせいにして、哀れな被害者の役割を演じ始め、さらに不幸な気分を引き付けていくことになる。
この状態になってしまうと、自分の幸せや不幸せはすべて周り次第だと感じるようになる。
自分にはどうすることもできないと思ってしまう。
この間違った無力感を打破するためにも、小さなことからでいいから自分の幸せを自分が作り出していく、そんな成功体験を重ねていく事が大切だ。
そうすれば、人生は自分次第なんだって思えるようになる。
だからこのテーマはとても重要だ。
このようなブログをとおして、どこまで自分の思いや、物事を実現していく技術を伝えられるかわからないけど、僕に出来る精一杯のことをしていくつもりです。
少しずつ一緒に学びながら、実践していきましょう。
2007年06月22日
続・続・僕達を殺さないで
今日は少しシビアな話になるけど聞いてね。
前に肉食はやめようよって話をしたけど、この肉食文化が深刻な環境破壊に直結している話は意外に知られていない。
牛の放牧地を確保するために、毎年おびただしい面積の熱帯雨林が消えている。
計算では100gの牛肉を生産するのに4m四方、16平米の森林が消滅するんだって

ハンバーガー1つ分でだよ。
しかも牛を飼育するために必要な穀物は、牛肉1kgに対して穀物16kg。
豊かな国の人たちを満足させる一方で今でも10億人が栄養失調で苦しんでいる。
こんなことはおかしいよね。
今年は北極海の氷も例年より2ヶ月早く溶け出したそうで、そうなると光の関係で氷が溶ける速度が加速するらしい。
太陽光線を跳ね返していた氷がなくなるから、直接海に太陽熱が届いて、海水の温度を上昇させてまた氷が溶ける。
悪循環が始まっている。
僕らはいつ気づくのかな。
現実をしっかり見つめて真剣に考えなきゃね。
今夜は100万人のキャンドルナイト。
みんなで夜の8時から10時まで電気を消して、僅かでも省エネに貢献しながら静かに人類の行く末について思いをはせよう。
共感してくれた人は押してください。
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2007年06月16日
諸法無我
おはよう。
今日は土曜日。
そうだ、今夜はライブだ。
ヌーディストライブ!
アハハ、なわけないけどライブの前はとてもウキウキと楽しい気分になる。
そうそう昨日、D-51のプロデューサーの生熊朗さんに電話したんだ。
久しぶりだったからすごく喜んでくれてね。
数年前、奥さんと一緒に僕のライブに来た事があって、それが凄く楽しかったんだって。
ライブが始まる前から、客席がすでに楽しそうで、そんなライブは見た事がないから驚いたって言ってくれた。
ということは、僕以前にお客さんがそんな雰囲気を作ってくれているわけで、そう言われてみればステージに上がった瞬間からすでに会場が楽しんでいるのがわかる。
ありがたいね
つい自分が場を作り出している気になっちゃうけど、そんなわけないね。
いつだって僕らは関係の中で共に作り出しているんだね。
そういえばいつも向禅師が言っていた。
「我々は単独に存在することはありえない。
こうして講話するのも聴いてくれるあなたがいて成り立つこと。
いつもは忘れているが、空気がなければ一瞬だって生きられない。
水、食べ物、服を作ってくれた人、そのほか見えない様々な力によって生かされている。
そのありがたさを忘れちゃいけないよ」
そうだ。
みんな「おかげさま」で生きているんだ。
大自然や人や、多くの存在に支えられていることへの感謝を忘れなければ、自分の命にもたくさんの意味や価値が生まれてくるような気がする。
一人一人に宇宙の援助が与えられているんだから。
そんな宇宙規模の尊厳を持って、お互い今日も素晴らしい一日を過ごそうね。
なんだかまた楽しくなってきた。
今日もポチッとお願いします
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「I am OK! You are OK!」
2007年06月15日
生まれたときはみな裸
おはよう。
ご気分はいかが?
僕は昨日のみんなのコメントのおかげもあってか絶好調

朝目が覚めた瞬間、ニマッて笑った。
かなり危ない線まできたみたい。
最近の僕がかかさずやっていることは、フィットネスクラブに通うこと。
といってもジムやプールには行かずにサウナに直行直帰。
そこではいろんな人と出会うよ。
社長さんや議員さんやテレビでよく顔見る人や・・
でもね、みんな裸だから誰が偉いもへったくりもない。
お金持ちもたくさんいるのかもしれないけど、サウナの中じゃ使う場所もなくみんな対等だ。
それが一歩外に出ると、みんなでどこかの誰かさんになってしまう。
本当は誰でもないのにね。
僕らは裸で生まれてきて裸で死んでいくのに、その間に何かを得たような気がして、それにしがみついて、大騒ぎして、アハハ・・・
沖縄は暖かいから、みんなで裸で暮らせばいいのに。
そしたら楽しい・・・いろんな意味で。
人間皆兄弟!って、けっこう気持ちが弱ってきたお爺ちゃんまでムクムク元気になっちゃたりして。
生きててよかった~ってね。
おお、今朝は頭の中でいろんな妄想が駆け巡る。
しかも総天然色で。
いま思ったけど、着ている服って単に寒さをしのいだり身体を隠すだけじゃなくて、「社会」というしがらみを身にまとっているみたいなとこあるよね。
服は社会の象徴かも。
大空の下でスパッと裸になれたら気持ちいいだろうな。
よし、次のライブではみんなで服脱いでパーっていってみようか!
入場料は僕が払いたいくらいだ。
ま、それはともかく、せめて心は裸で暮らしたいね。
そしてお互いにお互いのありのままを受け容れる気持ちがあれば、みんなで楽になれるね。
僕らは真にありのままを愛してもらったことが少ないから、いろんな自分を演じて、いろんなところに力を入れて生活しているような気がする。
僕はありのままのあなたでいいよ。
僕もありのままの自分でいたい。
今日も一日、力を抜いて微笑を忘れずにね。
裸生活に賛成な人も抵抗のある人も、ご一緒にポチッ
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ちなみに次のライブは明日(土曜日)の20時から。
牧志郵便局前のD-SETで、好き勝手に喋って唄うスタイルです。
お問い合わせ前売り予約は098-866-5880(母家)まで。
注意
必ず服を着てご来場ください。
2007年06月13日
「今」のやすらぎ
おはよう!
今朝犬の散歩をしながら気がついた僕の特技。
1 終わった事をくよくよ考える
2 先の事をあれこれ心配する
それらはいろんな「怖れ」から生まれてくるものばかり。
だから当然顔つきもしかめっ面になる。
いつもみなさんに伝えていること、
「過去や未来に囚われずにいまここを生きよう!」
『お前もな』(天の声)
「はい」(僕の声)
ちょっと無意識になると、いつも古いパターンにはまってしまう。
そのことに気がついたら、立ち止まって深呼吸をしてみる。
「息を吸って私は静か・・・」
「息を吐いて私は微笑む・・・」
何度か繰り返して、耳を澄ます
そこに聞こえてくる音、そこに流れる空気、それはまさに「いまここ」だ。
それだけが唯一の現実。
あとは頭の中の妄想。
いまここのやすらぎを犠牲にして、終わったことや先のことに神経質になっていた自分。
いまここのやすらぎ以上に価値のあるものがあるのか。
いつだってそれを最優先したい。
やっと自分を取り戻して、傍らに目を向けてみると、そこに名も知らぬ青い花が咲いていた。
それは風に揺れながら微笑んでいた。
僕の代わりに微笑んでくれたみたいだった。
まさに今どんな自分でいるか、このことが最もたいせつなことだと思う。
今日も一日、何度もそのことを思い出して、そのたびに「やすらいだ心」を取り戻そう。
そしたらきっと、優しい自分でいられるはずだ。
その時は「怖れ」が消えて、幸せな気持ちになっていることだろう。
幸せとは、そのことなんだと思う。
今日の僕は、何度も何度もそのことにチャレンジしようと決めた。
一緒にやってみない?
もし一回でも成功して、いつもならイライラしている時間にやすらいだ心でいられたとしたら、すごいことだね。
あなたにも、そしてあなたの周りの人にとっても、それは素晴らしいことだから。
最後まで読んでくれてありがとう。
あとは実践あるのみ
今日もコレお願いします。
おかげで多くの人にこのブログを見てもらえています。
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