2008年05月06日

夜の独り言

あっという間の一日でした。

昼食に古謝美佐子さんをお誘いして、インド料理を食べに行った以外は、ずっと家の中で過ごしました。

今日は一日「連合赤軍デー」だったようで、何をいまさらと思う人もいるかもしれませんが、そこから見えてくる人間という摩訶不思議な生き物の姿があるのです。


興味のない人はまたスルーしてください。




何事も「これはこうだ!」と決められない最たるものが「人間」。


たとえば昼間書いた、連合赤軍事件の責任者たちのゆがんだ人間性は、彼ら特有のものではなく、僕のなかにもあるってことです。


それが特殊な条件下で発揮されてしまう。


どの時点で発揮されるのか、あるいは発揮されないのか、その条件が違うだけかもしれません。


これは、いまだにタブー視されているオウム事件も同じことで、社会は受け入れ難い事件を理解するために、非常に安易な結論を下してわかった様な気になっているけれど、正邪を決めつける態度から導き出される結論は、時に短絡的だということも忘れてはいけないと思います。




いけない!

言いたいことが湧き出してくる。




ここでは、それらを解明しようとすることが目的ではなく、今日は一日そんなふうに思索の中で過ごしましたという日記代わりの記事です。



明日から仕事が始まる人も多いのでしょうね。

頑張ってください。





僕たちの意識がさらにさらに高く飛翔しますように。


2008年5月6日   

自宅リビングにて  

Posted by Toshiro Abe at 21:40Comments(0)TrackBack(0)独り言

2008年05月06日

昼下がりの独り言

さっきの連合赤軍ネタですが、興味のない人はスル―してね。



彼らはあの時代に、あきらかな間違いを犯したと言われていました。

僕は以前から、事件の真相に興味を持ち、彼らの獄中記を読んだり、当時の世相や時代的背景を学んでみました。


実は今日も、半日そのことを考えていました。



そして得た結論。

今の時代から彼らを見直してみても、彼らはあきらかな間違いを犯したことに変わりないということ。



あの事件は最高幹部の男と女の特異な性格が引き起こしたという通説に対して、異論を唱える評論家もいますが、やはりあれはトップに君臨した彼らの歪んだ人間性が引き起こしたと見ていいと思います。


薄っぺらな観念論を振りまいた自分を、最後まで総括できなかった卑怯な人間をリーダーに据えた、悲しい出来事だったと思います。



そんな彼らを輩出した、戦後の歪んだ反日教育の影響は、今も変わらずにあります。

その現れ方が、昔は過激派として、今は誇りなき無気力人間として出ているだけです。



さて・・・寝るか。





連休最終日の、昼下がりの独り言でした。
  

Posted by Toshiro Abe at 15:36Comments(2)TrackBack(0)独り言

2008年04月29日

メッセージ

こうして毎朝パソコンの前に坐り、何を書こうか考えています。

そして、何かひらめくと一気に書き上げます。


同じテーマがひらめいたとしても、書く時間が一時間違えば、文体も内容も微妙に違ってくるので、ブログの記事というのは、書く側にとってもまさに一期一会の出会いです。





何気なく書いたつもりの記事が、特定の人にとって、まさに出会うべくして出会った記事で、その時の悩み事の解決につながったとか、タイムリーな情報だったというメールを頂くことがあります。


たとえば昨日も、「あなたは死なない」という記事を書きましたが、東京の親しい友人からメールをもらい、彼のお父様がその前日に亡くなられたのだそうです。

いつもこのブログを覗いてくれているようですが、わずかでも彼への力づけになれたとしたらよかったと思います。




一方でアドバイスもいただきます。


たとえば僕自身が長く生きてきて気づいたことを基にして、「自分の都合に固執することなく他者の幸せのために生きた時、自分の夢や希望が次々と叶いだす」ということの不思議を書きました。


するとある方からメールを頂き、自分を差し置いて他者のために生きることが、自己犠牲につながり、病気の原因になる人がいるとの指摘でした。


なるほど・・・僕のように「自分!自分!」で生きてきた人間には大きな気づきでも、反対に自分を出すことができずに、いつも他者を優先して生きてきたタイプの人にとっては、あてはまらないメッセージだったかもしれません。


むしろ、そのような人には、「もっと自分を大切に」という内容のほうが役にたったことでしょう。




いつでも誰にでも当てはまる普遍的なメッセージは少ないのかもしれません。

同じ言葉でもその時々で、必要としている人や、むしろそれが邪魔になる人、それぞれだと思います。



だから言葉を鵜呑みにすることなく、自分にとってどのような意味があるのかという観点から読むことが大切なのかもしれません。




いや、ちょっと待ってください。
今書いた「自分にとってどのような意味があるのか・・・・」という言葉さえも、人によっては、いつもそのように自分の中で文章を判断してしまうことで、作者が何を言おうとしているのかを取り逃がしてしまうタイプもいて、そのような人はむしろ自分をいったん空っぽにして、ありのままの内容を感じてみることが必要かもしれません。


何事も、信頼した分だけ受け取るからです。



あははニコニコ、文章というのは読み手の解釈に委ねるという宿命があるので限界がありますね。



そんなこんなを考えると、何も書けなくなってしまうので、今日も思いつくままつらつらと書きつづってみました。



こうした僕の毎朝の日課が、ほんのわずかでも誰かの心に響き、時には少しでも心が軽くなってくれたらと思います。


これからも心を込めて記事を書いていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。





今日もここに来てくれてありがとうござました。







このブログを支持してくれる人は、ボタンを押して応援してください。
あなたの一票が、新しい人との出会いを作り出してくれています。

   




PS

このブログと並行して書いている裏ブログの随(かんながら)神では、この数日間、「自我」に関するメッセージを、チベット仏教の観点から解説しています。
少し難解かもしれませんが、興味がある人は覗いてみてください。  

Posted by Toshiro Abe at 08:19Comments(7)TrackBack(0)独り言

2007年10月02日

弱音



こうやってブログを書いていて思うこと。

最近ちょっとスランプかな。


この1,2週間なんだけど、どうも書いていてしっくりこない。


実は今朝も、ひとつの記事を書いたのだけど、気に入らないからボツにした。

そんなことはよくあるけど、このところそれが多いような気がする。

人の悪口書いていたときが一番イキイキしていたかも(笑)



それほど大きな期待はされていないのだろうけど、いいこと書かなきゃみたいな使命感があって、それがあるから自然な言葉が出てこないのかな。


ちょっと大声でも出して、気分を変えてみるか。



うぎゃ!

ふぎゃ!

ぶぎゅ!

ばきゅーん!


・・・・・・・

ガ-ン



もっと力を抜いて、等身大の記事を書いていけばいいんだろうな。



何をやっても真剣になると必ず定期的にスランプが訪れる気がする。

スポーツ選手も作曲家も、みんなそうだと思う。

バイオリズムみたいなものだろうか。



おお、今気がついた。


ブログがスランプってことは、このブログに真剣になって取り組んできたって証拠じゃないか。


そうだよ。

けっこう無私な気持ちで、少しでも誰かの気持ちが軽くなりますようにって頑張ってきたんだ。


えらい、えらい。


あはは、オレってえらいかも。


あれ、ちょっと気分がよくなってきた。



よっしゃ、日中は身体を動かして気分転換でもするか。

今夜は122回目の「いまここ塾」だよ。

みなさん、いらしてください。



このブログは、この記事で990個目。

そりゃあなた、スランプにもなるよね。



そんなわけで、早くこの状態から抜けたいと思う今日この頃です。




栄養剤





いつもありがとうございます。  

Posted by Toshiro Abe at 09:09Comments(17)TrackBack(0)独り言

2007年09月24日

愛に基づく世界統一政府



今朝目が覚めた時、すごく違和感を持った。

僕と同じような人がいるかもしれないから、書いてみるね。



実はこの違和感は、なにかの拍子にふっと感じ続けてきたんだ。

どんな違和感かと言うと、何故こんな世界に生まれてしまったのかということ。

元はまったく違う世界に住んでいたような気がする。



今日はそんなひとり言を言わせてください。




続きの前にお願いします



  
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Posted by Toshiro Abe at 10:11Comments(15)TrackBack(0)独り言

2007年08月26日

自殺願望




自殺したいって思ったことある?

僕はあるよ。


最初は高2の時だった。

親元を離れた寮生活で、学校にも友達にも馴染めず、何ともいえない孤独感の中で、生きていても仕方ないって思ったっけ。


猛スピードで走り去るトラックに後ろから轢いてもらいたいと願って、歩道のない国道を車線ギリギリに歩いていた。

自殺じゃ親が哀れだけど、交通事故じゃ仕方ないと思ってくれるかなって、変な理屈を持っていた。


その重い倦怠感がスっと消えたのは、中学の頃の友人からの一通の年賀状だった。



僕を忘れずにいてくれた事がとにかく嬉しくてね。


たったそれだけのことで、あ~僕は一人じゃないって思えた。

年賀状を出した本人はそんなつもりじゃなかっただろうけど、今でもそこに書かれた絵柄をはっきりと覚えている。


ほんの小さなことで救われることってあるんだなって思った。




その後も死にたいと思ったことは数え切れないほどある。

でも本当には死ぬ勇気もなくて、「死にたい」と考えることで、その時の自分の悩みや苦しみを慰めていたのかもしれない。

だって、その気になれば死という手段があるって思えば、少し気が楽になるしね。



30歳になったばかりのころも、毎日のように死の誘惑の中で暮らしていた。

その時は仕事も人生も八方ふさがりで、この先どうなっていくのかすごく不安だった。

自分という存在が無くなってしまえば、どんなにか楽だろうって、そのためには死ぬしかないって思っていた。



そんな絶望的な毎日の中で、何の前触れもなく「真理」が僕を照らした。

それまでまったくの無神論者だった僕が、生まれて初めて魂や霊性に触れた瞬間だった。



いま思うのは、自殺しても「自分」は死ねないって事。

自殺は無知な手段だって事。



でもあの時は、「自分」が根底から死んだんだ。

生きながらにして、僕自身が完璧に消えた。

「僕」という幻想が、霧のように消えてしまった。


そこに想像を超える祝福が待っていたんだ。

僕たちがいつも限りない愛の中で守られ生かされている事を目の当たりにした。




僕は思う。

自殺したいくらいに人生に疲れ、悩み苦しんでいる人は、大きなチャンスの前にいるって。

それは人生にいいことが起きて、また希望が持てるとかいう話じゃなくて、根底から自分が変わり、永遠の救いに到達する、そんなチャンスを迎えていると思う。



毎年おびただしい数の自殺者がいるよね。


9年連続で、自殺者の数が3万人を超えたんだって。

この10年間だけでも30数万人の人間が自ら命を絶ったことになる。


救急車や病院で命が助かって、自殺未遂に終わった人はこの4倍。

自殺願望者にいたっては、この10倍以上の数にのぼるという。


その理由は様々だろうが、この中には、もし近くに真理に導いてくれる人がいれば、人生最大の好機を迎えていた人が数多く含まれていると思う。




そんなことを考えてラジオなどの活動をしているのは、僕自身が通った道だから。



ほんのわずかでも、力になれたらと思う今日この頃です。




何かを感じてくれたら押してください


  

Posted by Toshiro Abe at 10:35Comments(11)TrackBack(0)独り言

2007年08月20日

幸せ

ラジオ局からの帰り、自転車で走っていたら涼しい風が僕を包んで通り過ぎた。

そしたら、すごく幸せな気持ちが体の中から沸きあがってきた。


不思議だな。


何があったわけじゃないのに、こうして生かされていることの喜び、本当はいつも幸せだったんだ。


本当は全部与えてもらっていたんだね。


ありがとう。



こうしてあなたとめぐり合った奇跡を、誰に感謝したらいいんだろう。






  

Posted by Toshiro Abe at 20:22Comments(11)TrackBack(0)独り言

2007年08月20日

もうひとつの随神(かんながら)



きのう、ふと自分の若い頃のことを思い出した。

思い出はたくさんあるけれど、どれも美化されたものばかりで、本当はみっともないことや、人に言えないようなことがたくさんあったと思うんだけど、そういうことって都合よく忘れていると思った。


毎日を生き残るのに懸命で、人に気に入られるような自分を演じ、損得ばかりを考え、心にもないことを言い、本当のところ他者に対する真心からの言動ではないから、時間の問題でメッキがはがれてしまったこともたくさんあったな。

うまく演じていたつもりだったけど、人はみんな見抜いていたんだろう。

ただ、いちいち僕に言わなかっただけの話だ。


そんな自分のことは忘却の彼方に押しやって、なんとかつじつまを合わせながら生きてきたと思う。



かんながらの物語だって、ああやって書けば主人公も心清き人物に描かれてしまうけど、その心の奥には、自分でも見たくない様々な想いが渦巻いていたように思う。


それは今も同じで、無意識に自分を正当化して生きてはいるが、まだまだ醜い面が心の底を去来していて、それを実際に見届けることさえしていないように思う。

ようするに自分を見たくないわけだ。



若い頃よりは幾分よくはなってきたが、このような傾向は一生続くんだろうか。

それとも芯の芯から潔く美しく生きられるような、そんな人格に成長できるんだろうか。


今の僕にはそのことがまだわからない。



自分の暗い面だけを浮き彫りにして、もうひとつの随神(かんながら)を書いてみたらどんなストーリーになるのかな。

よく自叙伝や人物伝のような書物があるけれど、そのような本にはどれくらい立体的な真実が描かれているんだろう。



なんだか今日は自虐的な文章になってしまったけれど、自分を見つめる難しさを感じたので書きました。
(文章は一見自虐的に見えるかもしれないけれど、実際にはかなり清々しい気分です。無意識に蓋をした世界を見つめる勇気を持ち始めたからだと思います)



少しでも心清らかに生きていきたいと願っている今朝の心境です。




さて犬の散歩でも行ってこようかな。

この子の世話をしている自分、家族の幸せを考えている自分、少しでも人の役に立ちたいと思っている自分には嘘がないのだから、そんなところも見てあげながら、今日も一日僕自身を生きようかと思うわけです。



今日もいい一日でありますように。




これからもよろしくお願いします

  

Posted by Toshiro Abe at 07:50Comments(9)TrackBack(0)独り言

2007年08月12日

心の奥の会話



あー気持ちがよかった。

今朝は6時に目が覚めて、犬の散歩に行こうかと思ったら外は雨。


それじゃ、小降りになるまで瞑想しようって思って、軽い体操してから静寂の世界に入っていった。


そしたら・・・2時間半も経っていた。



さすがに半跏趺坐(片方の足を反対側の腿の上に乗せる坐禅)を組んだ足は感覚を無くしていたけど、意識はすこぶるクリアー。

まるで心の鏡をピカピカに磨いたみたいだ。


いつもこんな僕でいられたら凄いだろうな。



そんな自分になってみると、普段の浮ついた自分が客観的に見えてくる。



たとえば昨日の記事を書いたとき、それをアップしようかどうか迷っていた。

なぜなら、こんなことを書いたら、みんなに嫌われるんじゃないかって心配したからだ。



その手の会話は、いつも絶え間なく心の中を去来している。


「これはうまくいったぞ。きっとみんなに気に入ってもらえるだろう」

「違うやり方のほうが得かもしれない」

「一言、お礼を言っておいたほうがいいかも」

「わざたらしくならないようにしなくちゃ」



こういう心の会話は、他者が自分をどう思うか、どう振舞ったら無難か、あれこれ想像して自分を守ろうとしているわけだ。


さらには


「こんな恵まれた状態が、いつまでも続くわけがない」

「このやりかたでうまくいくのだろうか」

「お金が足りなくなったらどうしよう」


という先のことへの心配に繋がっていく。




これらは全部「怖れの声」。


いかに普段自分が怖れの中で生活しているのかがよくわかるが、いつもは自動的に考えているので、そのことに気づくことさえない。



幸せや満足を外側の世界に求めても、そこには確かなものや永続するものはないので、結局は心配や不安の渦に巻き込まれることになる。



わかっちゃいるんだけど、習慣でやっちゃうんだよね。



将来悪い事が起きて、今の幸せがなくなっちゃうんじゃないかって漠然と心配して、その結果幸せな気持ちを失くしてしまう。

なんだか心の作用って皮肉だよね。




今朝はそのことに気づけたから、正直に素直な自分を生きてみたいと思います。


あなたもいい日曜日を過ごしてください。





何かを感じてくれたら押してください







PS

今日は西原自動車販売ショールームでのライブ講演会です。

今日で一年目ですが、次回からは有料になります。


最後の無料コンサート。

今日の僕はとても調子がいいので、話を聞きに来て下さい。

サンエー西原シティー前で、6時半開場です。


お問い合わせ
098-945-4737(西原自動車販売)
  

Posted by Toshiro Abe at 09:21Comments(8)TrackBack(0)独り言

2007年08月08日

何のために生きるのか




今朝はちょっと目覚めが悪くて・・・

昨日の「いまここ塾」で、余計なことたくさん話しちゃったなって反省。



毎週やっていると、自分の体調やメンタル状態がもろに出てしまって、もっと違う言い方ができるのに、直接言わなくていいことまで口走ってしまったりする。

実際に思っていることだからいいんだけど、それでも言葉使いは気をつけなくちゃね。



そんなふうに、終わったことにいつまでも心を囚われている僕ですが、みなさんいかがお過ごしですか。




いま、犬の散歩に行ってきた。

この子は終わった事をくよくよ考えたり、先の事をあれこれ心配したりしていない。


今もごろんとひっくり返って、おなかを上に向けて気持ちよさそうに身体を伸ばしている。

この子にはこの子なりに、自由にならないことや悩みだってあるだろうにね。




そもそもこの子は何のために生きてるんだろう。


毎日決められた時間だけ外に散歩に連れて行ってもらって、決められた分量の決められた食事だけを与えられて、それでもって命を永らえている。


これといった楽しみも、希望もなさそうなのにな。





さっきから僕をじっと見ている。




おい、お前は何のために生きているんだい?





まだ、じっと見ている。




答えてくれよ、お前は何のために生きているのさ。





「ワン!」シーサーオス





「!!」

おお、そうか、そういうことだったのか。

から



これぞ悟りの一句






もうくよくよするのはやめよう。


僕も「ワン!」で生きていくよ(笑)





そんなわけで、また「いま」を生きていこうと思った僕でした。







ワン!(今日もよろしくお願いします)

  

Posted by Toshiro Abe at 09:19Comments(12)TrackBack(0)独り言

2007年07月31日

大変革




今日もここに来てくれてありがとう。


毎日暑いね。



この一両日、マスコミから流れてくるのは選挙結果と政治の問題ばかり。

僕の中には言いようのない違和感がある。


古い人たちが、古い社会を、古いやり方でやりくりしようともがいている。


古きは死に、まったく新しい人類が生まれようとしているのに・・・




○○県選出の議員に、有権者からの期待の声。

「○○県のために頑張ってください」


!?

国政に参加するのに、しかも今は地球規模の問題と向かい合おうとしているのに、地元のために国会議員を選んでいるようじゃしょうがないね。





二大政党制があたりまえのように言われているけど、それって本当なのかな。

大家族があって、その家族が生きていくための仕事やルールを決めるのに、父派と兄派が主導権争いをする必要があるのか。

本気で互いのためを考えれば、自ずと一番良い方法を見出す、それが人間の力ではないのか。



そもそも二大政党制って、一党にまかせておくと好き勝手なことをしだすから、その歯止めに二大勢力を作ろうって発想でしょ。


まかせたら好き勝手やるようなレベルの人類なら、どんな制度も世の中を幸せにはしないよね。




まずは制度の前に人間性だ。

それは政治家だけじゃなく、有権者も含めたものだよ。




何が言いたいかといえば、自分さえよければいいという発想の古い人類は死んでいき、僕らがひとつの同じ存在だという発想の新しい人類が生まれてくるってこと。



新しい人類が創り出す文明は、古い人類が創った文明の修正じゃない。


それはまったく新しいものだ。




「個別意識」から「全体意識」にシフトした人類だけが、環境などの地球の問題を解決できると思う。




その淘汰がアセンションなのかもしれない。

これから地球が迎えようとしている大変革は、政党が変わるような程度のものじゃないって思うよ。





さて、まずは僕自身の自我をお掃除しなきゃ。



そして身を持って新しい生き方を示していけるような大人でありたい。

21世紀を担う子供達のためにね。





何かを感じてくれたら押してください



  

Posted by Toshiro Abe at 09:44Comments(12)TrackBack(0)独り言

2007年07月27日

今日の日記




午後2時。

各種税金を納めに銀行へ。

あまりに高額な請求にもめげずに口元に微笑を浮かべたプチブッダアベパンマンは、混み合っている窓口の前で静かに順番を待っていた。

昔ならイライラしたところだが、今の僕は違う。




「息を吸って私は静か」


「息を吐いて私は微笑む」





やっと順番が来た。

その場で支払いが完了するはずが、健康保険税は用紙を切り離さずに束のまま持ってくるように言われた。


フフフ・・・それならそうと用紙に大きく書いておけよ!なんて愚痴は言わずに、黙って炎天下の中を徒歩で家に戻り、用紙の束を持って再び銀行へ。



さっきよりもっと込んでいる。


自分の番号が呼ばれるまで20分はかかりそうだ。





「息を吸って私は静か」


「息を吐いて私は微笑む」






やっと自分の番がきた。


え?!なに?・・・JASRACへの支払いはコンビニに行ってくれ?

またこの炎天下を数分間歩かせる気だな。


いやいや、これは誰のせいでもない。


ニッコリ笑って「はいわかりました」


それにしても今日のこの暑さは何だ!



少し気持ちがひねくれ出した。

だいたい今から支払うお金は何だろう。


僕が僕自身の作った歌を唄ったコンサートでの楽曲使用料を支払うのだ。

それも複数回になると金額は大きい。

このお金は巡り巡って僕に戻ってくるが、その時には著作権協会の手数料が引かれている。



世の中、間違ってるムカッ





「息を吸って私は静か」


「息を吐いて私は微笑む」







ポケットをジャラジャラさせながら歩いた。


税金は千円単位だが、著作権使用料は1円単位だ。

今日はおつりがいらないように、小銭をしっかり持ってきた。



払うたびにおつりのコインが増えるのは嫌いなのだ。




やっとコンビニに着いた。

請求書と金額を差し出すと、51円足りないという。


何?振り込み手数料もかかるの?びっくり!




ポケットを探したら50円玉が出てきた。

え?あと1円?


ない・・・・ない・・・



あるのは一万円札だ。


泣く泣く一万円を追加し、9999円のおつりをもらうぐすん






「息を吸って私は静か」


「息を吸って私は静か」


「息を吸って私は静か」


「息を吸って私は静か」






・・・吐くのを忘れたガ-ン






そんなわけで、過呼吸をおこした真夏の昼下がりでした。





今日の反省。

「吸った息は吐きましょう」





  

Posted by Toshiro Abe at 19:54Comments(18)TrackBack(0)独り言

2007年07月16日

大捜査線



昨日の午後、家の近くを歩いていたら上半身裸の男性がいたんだ。

ちょっと険しい目つきだったから、よっぽど暑いのかななんて思って、すぐ脇を通り過ぎて家に入った。


そしたら買い物に出かけていた智子さんから電話。

「たった今、家のすぐそばで、上半身裸で包丁を持った男が警察に取り押さえられた。警官が十数人出動して大騒ぎ」って。


すぐに外に出てみたら、いつのまにかパトカーが6台くらい止まって、テレビ局のカメラや野次馬が大勢集まっている。

どうやらさっき擦れ違った男らしい。


包丁持っていたのか。


もしあの時突然襲ってきたら、ヒラリと身をかわして刃物を叩き落とし、その男を取り押さえて、これからはこんなことはしないようにって、ニッコリ笑ってその場を立ち去っただろうなんて、自分にとって一番良いイメージを思い描いたりしたけど、実際にはすぐに気を失っていただろう。



とりあえず僕を刺さなくてヨカッタ。

僕も痛いのは嫌だし、その人も長く刑務所行かなきゃいけないし。


その男性に何があったのか知らないけれど、幸せじゃないことだけは確かなわけで、なんとなく気の毒に思った。



さて僕はといえば、久しぶりに大勢集まっている現場で何かパフォーマンスをと思い、そうだ僕も上半身裸になれば目立つかなって脱ぎ出したけど、警官も誰も相手にしてくれなかった。

ただ一人大笑いしていたのは、道の向こうに車を止めて中から見ていた智子さん。



とにかく加害者も被害者もいなかったみたいで目出度し目出度しニコニコ


真夏の昼下がりの、大捜査線の一コマでした。




でもさ、僕らの日常っていつもあたりまえの顔して過ぎていくけど、何が起こるかなんて誰にもわからないよね。


犯罪に巻き込まれたり、事故にあったり・・・


数年前に沖縄国際大学に米軍のヘリが墜落した時は、息子がわずか数百メートル離れた場所で遊んでいたし、やはり数年前にスペインのマドリードでスペイン史上最悪のテロがあって駅が爆破された時も、僕はそのわずか1キロ先のホテルで朝食をとっていた。


やっぱり僕らは死と隣りあわせで生きているわけで、そう思うと今日一日という日が貴重な一日になってくる。


で、今日はどんな日かと言うと・・・ジャーーン!!

初めてこのブログを書いてから一周年です!!



おめでとう!

ありがとう!




今日はご祝儀でバシバシ押してくださいハート





ちょうどあの日は甲子園の地区大会決勝で、グラウンドから記事をアップしたけど、一年目の今日も同じく地区大会の決勝戦。


また友人の照琴村君と一緒に球場に行って応援してきます。

どちらを応援するかって?


そりゃあなた、その時負けているチームをです。

だから一試合で応援するチームがコロコロ変わることもしばしば。

みんな頑張っているんだもんね。




今日もいい一日でありますように。




平和が一番

  

Posted by Toshiro Abe at 09:52Comments(22)TrackBack(0)独り言

2007年06月24日

クラッシュ



久しぶりに映画を見て感動した。

え?今頃見たの?って、そうあのアカデミー賞作品「クラッシュ」っていう映画。

最初は単なる事件モノだと思ったら、複雑な人間という存在を見事なまでに描いた作品だった。

今までの映画やテレビドラマは「いい人」と「悪い人」が出てきていたけど、実際には1人の人間の中に美しい面と影の面があるわけで、その描写が新鮮だった。



さてそんな僕自身もブログを書くときは心底人を励ましたくて書いているから、僕の影の部分は見えにくいわけで、時々そんな僕を過大評価するコメントが載って、気恥ずかしさを覚えたりもする。

今でもちょっとした擦れ違いで人との関係が気まずくなることもあるし、そんな相手に僕の人物評を聴いてみれば、きっとずいぶんと違う僕がそこにはいるんだろう。



人間社会は人それぞれに様々な価値観や環境の中に生きていて、僕らはそんな一人ひとりを自分の正しさやその時の都合で評価してしまいがちだけど、その相手になってみなきゃわからないことってたくさんあるんだろうな。


人間社会を生きるって難易度が高いよね。


きっとこの人生が難しくできているのは、それだけ奥深く自分自身を学ぶためなんだろう。



また明日から頑張って生きていこうと思った日曜日の夜の独り言でした。





そんなわけで、とりあえず押しておいてください

  

Posted by Toshiro Abe at 22:07Comments(9)TrackBack(0)独り言

2007年06月19日

タブーについて


さっきまでここに、「タブー」と題するひとつの記事を載せていました。

それは、とある犯罪者集団の話をもとに社会が抱える闇を指摘し、我々の固定観念に一石を投じようとしたものです。



その記事をアップした後、犬の散歩に出かけ、保育園の園児達の笑顔を見ているうちに、やっぱり記事を消去しようという気になりました。

同じ事を言うのでも、他に言い表し方があると思ったからです。



園児達の笑顔は天使そのものでした。

僕達は彼らに少しでも住みやすい世の中を残してあげる責任があります。



そのためにも、ここまで地球環境を破壊してしまった生活態度を反省し、偽善に満ちた社会を根底から変えていく勇気を持たなくてはならないと思います。


今朝のブログ記事を読んだ百人余りの人が、あれを見てどう思ったか興味がありますが、また別の機会に別の言い方でお伝えします。




正直に自分の考えを語るのは勇気が要ります。

ましてや僕のように実名を公表して記事を書く場合、そのリスクも生じます。



でも伝えなければならないことも、たくさんあると感じています。




どうかこの先も僕が勇気を持てますように、変わらぬ支援をお願いします。

  

Posted by Toshiro Abe at 08:26Comments(16)TrackBack(0)独り言

2007年06月16日

続・「今」のやすらぎ




この数日間ずっと取り組んでいるんだけど、いつも気づいているのって難しいね。

でも、やろうと決めているだけだいぶマシ。

たまに思い出しては、そのことに取り組むから。



やることっていうのは「やすらいだ心」でいようとすること。

人生でやるべき唯一の事がそれだと思う。

あとのことは、やすらいだ自分が一番いい選択と行動をしていくから。



嫌な気分になりそうなときはチャンス!

何がチャンスかって、そのほうが取り組みがいがあって、いいレッスンになるから。


僕はほんの少しコツがわかってきたよ。



とにかくやり続けることだね。
  

Posted by Toshiro Abe at 12:52Comments(6)TrackBack(0)独り言

2007年06月12日

雨の日の朝の独り言



おはよう。

沖縄はすっかり梅雨だね。

こうやって毎日雨が振ってくれるのは、水不足のことを考えれば安心なんだけど、犬の散歩には困ってしまう。



今朝はどうしようかな・・・

みんなはどうしているんだろう。




さて、今朝目が覚めてすぐに思ったこと。


「最近の時間が過ぎる速さは異常だな。
昨日月曜日かと思ったのに、もう金曜日か。
何がどうなっているんだろう・・・」



そしたら・・・今日は火曜日だったガ-ン




でももう6月も半分が終わろうとしているわけで、やっぱりこの速さはおかしいよね。

この先、地球規模の大変革が起きるっていう話はどこかで聞いた事があると思うけど、いまいち実感もわかず、リアルに想像することもできずにいたけど、いよいよかなって気がしてきた。


それが温暖化による大地の水没なのか、地軸の変化なのか、はたまた地球そのものが物質次元を超えて、さらなる高みに突入するアセンションなのか。


それとも人間の意識が急速に進化して、共に与え合って、共に認めあって生きる世界の誕生なのか。




僕らは個人的な将来を想像するとき、今までの流れの延長線上に描きがちだけど、おそらくそれはまったく違うものになると思うよ。


想像を超えたもの。




だから今できることは自分のことばかり考えるのをやめて、地球や他者に対する思いやりを持って生きることだと思う。


そうすれば何が起きても、過剰な恐怖に苛まれることはないだろう。


人間は自分のことばかり考えていると心が萎縮してしまうから。



これからのキーワードは「愛」

それを知っているからあなたもこんなブログに興味を持ってくれるんだと思う。




今日も優しい気持ちを忘れずに、リラックスした気持ちで過ごしてね。

  

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2007年06月07日

気づけば無愛想



子供の頃はいつもニコニコしているって言われたけど、今はいつもブスッとしているように思う。



いつもニコニコしていると男として軽く見られるという、思春期の変な価値観から自分を変えたようにも思うし・・・


いつも何か心配していないと不意に悪い事が起きて困るんじゃないかって、無意識に眉間にシワ寄せて深刻そうに振舞っているのか・・・


ま、とにかくほがらかな顔している時は少ないと思う。



だからこそ気づいたときのニッコリ習慣が大切なんだよね。



今日はこのブログに書いたおかげで、いつもよりは微笑が多かったよ。



大切なのは気づくことだね。


あっ、また仏頂面ってベー




明日も練習してみるよ。



理屈っぽい頭は、そんなの偽善だとか、自分を騙しているとか、いろんな理屈を言うけれど、とにかく続ければなにかの変化を感じるはず。


これも修行かも。





  

Posted by Toshiro Abe at 21:26Comments(6)TrackBack(0)独り言

2007年06月06日

未熟なる者・汝の名は「僕」



最近「徳」について書いているのは、自分に著しく欠けていると思うから。

しかもそれ無しで生きてこれたことへの特別さまで自負しているんだから始末に悪い。

本当は生きてこれたんじゃなくて、人様に迷惑かけながら、それでも支えてもらっての今日なのにね。



僕が自分というちっぽけなワクを超えられないのも「徳」がないからだとつくづく思う。



死ぬ時に持っていけるのは今生で積み上げた「徳」だけだということは知っていた。

でも今まではそれほど自分の死を実感しなかったから、「徳」が何かもあえて考えようとしていなかったんだ。


ましてやそれを身につけるために奮闘するなんてアイデアもなかった。

そんなことより、今日を楽しむことのほうが大切だと思っていたし・・・



今もほとんど身についていない。

「徳」について深く知れば知るほど、自分がいかに未熟な人間かが見えてくる。



だけどさ、こうやってみなさんを励ますようなブログやったり、生意気に塾なんか開いたりしていると、自分の未熟さをさらけ出すのに気が引けちゃうわけよ。

結局は昨日話した「世八法」から生きているんだ。



そんなこと言いっていないで、少しずつでも知識を実践していくよ。


いつから?


そりゃあなた、「今から」でしょう。



あとで「世八法」がなんなのか説明するからね。


そんなわけで、「徳」のない僕が展開する「徳シリーズ」はまだまだ続くでありました。





徳も欲しいけどポチッも欲しい僕です

  

Posted by Toshiro Abe at 07:27Comments(4)TrackBack(0)独り言

2007年06月05日

一番大切なもの

いま、ハッと思ったんだけど・・・


一番大切なものは「素直な心」じゃないかって。


あとのことはそこに付いてくる。




素直な心が持てたら、簡単に解決してしまう事がたくさんある。



素直な心が持てたら、問題はみんなシンプルだ。
  

Posted by Toshiro Abe at 17:19Comments(5)TrackBack(0)独り言