2015年02月28日

一般人の「さとり」体験とその活動 

僕たちは新興宗教のみならず、伝統宗教にも真実の教えに対する期待を持たなくなってしまいました。

それは仏教というものが政治的に利用され、檀家制度としての役割を担いだしたことに帰因します。

いまや葬式と法事と観光を生業とする、単なる商売になってしまいました。

もとより真実は仏教の専売特許ではなく、ありとあらゆる人の存在基盤なので、そのような意味から言えば、仏教の権威が失墜したとしても、真実が損なわれることはありません。


そんな中にあって、実際に命がけで真実を探求し、一切のまやかしなく体現した本物の仏僧もいます。

数は極めて少ないですが、僕は幸運にも2人の真理体現者と出会うことができました。

一人は向老師です。


そして、もうお一人が堀澤祖門師です。

師は京都大学在学中に、導かれるようにして比叡山にのぼり、そのまま出家得度します。

戦後初めてとなる、12年間の山籠もりの行を満行後、さらにインドにわたり何人もの覚者を訪ね歩き、その経験を基にして、本来の大乗仏教の使命である、在家への仏道の学び舎を作ります。

仏教界の異端児ですが、いまは最高位ともいえる三千院門主に就任されています。


師が4年前に、韓国の仏教界に提出した論文があります。

それは仏教が本来の役目を忘れた現代にあって、一般衆生の中から民衆に真理を説く者が現れているという報告です。

その中で不肖阿部のことを紹介してくれました。


来週末に延暦寺会館で行われるイベントは、そんな堀澤師の前で、いまの若きメッセンジャーたちを紹介することが目的の一つです。

即日完売になったイベントですが、若干のキャンセルが出ましたので、3月2日までの期間限定で、再募集させてもらいます。

二度とない機会ですので都合がつく方はいらしてください。

僧侶の皆さんからも、歴史的イベントだと評価を頂いています。


今日は、堀澤師の論文の冒頭を紹介します。


一般人の「さとり」体験とその活動  三千院門主 堀澤祖門


(1)はじめに

今、世界で起きている現象に、一般人が「さとり」体験をしてその体験やメッセージを広く発信し始めているということがある。

もともと佛教は仏陀の「さとり」体験を原点としてスタートしている。

そして仏陀はその「さとり」体験から教えを説き、かつ弟子たちに自分と同じ「さとり」体験をするように指導された。

その意味で、佛教は何よりも「体験」を最重視する。

ある意味で佛教と他の宗教との根本的な違いを言うなら、佛教は「人間による体験の宗教」であり、他の宗教は「神による教えの宗教」であると言えよう。

しかし、その仏陀の「さとり」は余りにも卓越したものと受け取られたので、特に大乗の般若経典では三阿僧祇劫もの長期間にわたって何度でも生まれ変わり修行を繰りかえす必要があると説く。

だから大乗経典における作仏(成仏、仏になる)とはこのように長年月の修行を必要とするものであった。

ところが、その大乗仏教の中で唯一現在のこの肉身で成仏することが出来ると説いたのはいわゆる禅宗である。

禅宗では、仏陀の真の教えは言葉ではなく身体で体得するものとした。

拈華微笑(ねんげみしょう)の話はこの間の消息を伝える。

或るとき仏陀が法を説き終わったが、なお弟子たちに真髄を伝えられない。

これ以上は言葉で伝えることが出来なくて、たまたま卓上にあった一輪の華を取り上げてこれを拈(ひねる)じたという。

それを見ても誰も反応しなかったが、ひとり摩訶迦葉だけがその真意を理解してにっこりと微笑んだという。

仏陀はその摩訶迦葉だけに印可を授けた。

こうして伝えられた正法は転々と伝持されて達摩に伝えられ、その達摩によって中国へ伝えられ、やがて日本にも伝えられた、と。

しかし、その禅宗でも現在では「さとり」体験者は極めて少なく、やはり狭き門として雲の上の出来事のようになってしまっている。

「体験の宗教」が体験を失ってしまうとともに、佛教の力は急激に衰え、世間における存在感も、はなはだ希薄なものとなってしまっている。

そんなとき、仏教僧でもなく禪の体験もないのに、ズブの素人、一般人の中から「さとり」体験をした上で、敢然と世間に法を説く者が次々と現れてきたのである。

これは一体どういうことなのか。

その実態をしっかりと知っておく必要がある。

そこでまず、その一人である阿部敏郎という人のケースをここに紹介してみよう。


・・・・・


このあと、僕とその活動を詳しく紹介してくれています。

長くなるので、続きはまたの機会に紹介します。


このような変化は時代の必然であり、あなた自身もその流れの中にいることを知ってください。


延暦寺会館のイベントの詳細はコチラから。


。。。。。。


今日はつい先日行われた東京講演会の模様の動画サンプルをお届けします。

わずか5分足らずですが、自分なりに真実を言いきっています。

前回ラジオを聞いてくれた人は、トップページ右上の「ログイン」画面から入れます。

初めての人も、同じくトップページ右上の「新規登録」から簡単な手続きで見ることが出来ます。

コチラから
  


Posted by Toshiro Abe at 10:12Comments(28)

2015年02月27日

エゴだ、エゴだ!

とあるスピ系の教師が、なにかにつけ

「これはエゴだ。またエゴだ。ほらこれもエゴだ」

と連発していました。


エゴとか自我とかいう言葉は、真実の存在を説明するときに欠かせませんが、しかしだからと言って、自分や他人の表れを執拗に観察し、エゴというレッテイルを次々に張っていく姿には呆れます。

そうやってエゴだエゴだと騒いでいる部分こそが、エゴ以外の何物でもないからです。


また、ある教師は言います。

エゴを滅却すること、エゴを消滅させること、そのために努力しなさいと。


まるでエゴという実体があるかのようです。

実体があるのなら闘うこともできますが、そもそもエゴとは意識の影のようなもので、エゴ自体が存在しているわけではありません。

影と闘うことは不可能です。


確かにエゴは、さも自分(エゴ)が存在するかのような顔をして、あれこれと指図しますし、自分がいないことを証明されるのを恐れて、瞑想や静寂の中に入るのを嫌います。

「こんなことをしている場合か。もっと他にやるべきことがあるだろう」

というわけです。

そして支離滅裂な思考をバラマキ、心を分裂させ、苦悩を作りだします。

我々の苦悩のすべては混乱したエゴが作り出していると言ってもいいでしょう。


じゃあ、どうしたらいいのか。

実はどうしようもないのです(笑)


完全にあきらめてリラックスすることです。

起きていることをありのままに認めて、そのことと仲直りすること。

気楽にくつろぐこと。

すると影は消えていきます。


さとりも同じです。

もともと我々はさとった存在です。

誰もが大いなる一元の存在です。


ところが、個としての肉体と精神に同化して、「私という個人が存在している」という感覚を持ってしまいました。

それがエゴです。

そうやって分離したエゴは、こんどは大いなる一元に戻ろうと画策します。

いろんな書物を読み、深遠そうなテクニックを学び、時には苦行までして、さとりの境地に帰ろうというのです。

でもそのことに勤しめば勤しむほど、そのぶんだけエゴが強化されていきます。

先日お話しした、道の二段階。


>実際に真理を探究しだした人への次の教えは、いかに探求を止めるかということになります。


というわけです。


エゴと戦わないこと。

真理を自力で達成しようとしないこと。


エゴなど無いことを理解すること。

最初から真理を達成していたことに気づくこと。



今日はこの辺で。

何があっても気楽にいきましょう。


・・・・・・・・・


こういう話に関心を持っている人は、講演会に来てくれるのが一番ですが、来れない人のために明日から講演会の動画を配信します。

5日前に行われた東京講演会の模様です。

無料サンプルもありますので覗いてみてください。


そして来週には、いよいよネットラジオ「阿部敏郎のシャバダ・バダ」のスタートです。

最初のテーマは「創価学会」

彼らへの批判一辺倒ではなく、むしろ部外者が持つ日本人特有の陰湿な差別意識と、彼らの貢献と弊害、真理と誤謬について整理してみたいと思います。

もちろん笑って聴ける、アノ調子で(^^)


みなさんからのメッセージもお待ちしています。

創価学会員さんの生の声も聞いてみたいです。

最初のゲストは、いま人気絶頂の、さとうみつろう君。

採用させてもらったメールの中から3名様に、阿部の新刊(山川紘矢さんとの共著)、「死の秘密」をプレゼントします。

メッセージの宛先は

abeshabadabada@yahoo.co.jp


明後日(3月1日)締め切りとなります。
  


Posted by Toshiro Abe at 09:29Comments(50)

2015年02月26日

ショートメッセージ

よく言われる話で、親しい人が死んだあとも、残された人の心の中で生き続けるというものがありますね。

あれは事実です。

というよりも、その前から、生きていたのは各々の心の中です。


人は現象が外側に展開しているということを信じて疑いませんが、その大前提がくつがえったとき、存在の実相が明らかになります。

このポイントをいかに理解するか、そのために様々な言い方でメッセージを伝えています。


・・・・・・


数か月前から、究極の話に徹しています。

究極という言い方も分かりにくいかもしれませんが、すべての真実はここに帰結するという意味です。


3月は博多と東京です。

3月22日 博多

3月29日 東京


※3月は開始時間が変わりますのでご注意ください。

詳細は各都市名をクリックしてください。


  


Posted by Toshiro Abe at 10:33Comments(53)

2015年02月24日

死の瞬間

数日後に、新刊が発売されます。

翻訳家の山川紘矢さんとの共著です。

誰もにとって必ず訪れる「死」について書いてみました。


人の心の底には、漠然とした死への恐怖が横たわっているような気がします。

死生観という言葉がありますが、死を理解することは生を理解することに繋がります。

生と死は表裏一体、コインの裏表みたいなものだからです。


ですから、生きるために死を理解できたらという思いで書いたのがこの本です。

山川さんとは多くの考えが一致しています。

でも一致していないところもあります。

そんなことも赤裸々に綴った面白さもある本です。

230ページにわたり、死をテーマに展開していきます。


本文の中から僕が書いた一部を抜粋してみました。




<本文より>

(阿部)

これは、知り合いから聞いた話。

彼のお父さんはずっと病気に苦しんでいましたが、いまわの際にカッと目を見開いて、こう言ったそうです。


「よかったぁ――っ!」と


このたったひとことに、死の至福が凝縮されている。ぼくはそう感じます。

今生にはいろいろ苦しいことも、つらいこともあったでしょう。

闘病生活には苦しみしかなかったかもしれません。

と同時に、人生には嬉しいこと、楽しいこともいっぱいあったと思います。

そういった今生で起きたすべてのことを肯定したんじゃないかな。

もっと言えば、死の瞬間に「肉体はなくなっても、自分の存在はある」と実感したのか、大いなる宇宙の様相が見えたのか・・・・・・。

たぶん、他人の目や外側にこだわって生ききた今生の自分を客観視して、「なぁんだ、自作自演の独り芝居だったんだな」と気づく。

そして死の瞬間、本来のあるがままの自分、つまり魂の意識みたいなものがぶわーっと膨張していって、解放感と幸福感に満たされる。

誰もが死の瞬間にそんなふうに感じるんじゃないかと思います。

知り合いのお父さんが「よかったぁ――っ!」って言ったのも、そういう気づきから来ているような気がします。

そんなふうに死ねるのって、いいと思いませんか?

というか、ぼく自身はみんながそうなることを期待している。誰もが死の瞬間、最後の最後に救われると思うのです。

今生を生きていくプロセスがたとえ苦しいものであっても、それが自作自演のお芝居だとわかればおもしろい。

で、死の瞬間に心が解放されるのなら、十分生きた甲斐があるでしょう?

表面的に苦しんで死んでいったように見えても、「ああ、いい人生だった」って言いながら死んでいっても、それは外側から見える違いであって、魂レベルではどちらも同じことが起きていると思います。

 

99%の人が知らない死の秘密


いま注文すれば発売日(2月27日)には自宅に届くと思います。

興味がある方はどうぞお読みください。
  


Posted by Toshiro Abe at 09:34Comments(69)

2015年02月23日

人生いろいろ

3回の講演が終わり、昨夜はそのまま母の家にやってきました。

母親にとっての息子というのは特別な存在のようで、僕の顔を見ると元気になるのだそうです。


母は戦時中満州に行っていて、そこで終戦を迎えます。

ソ連兵の攻撃から逃れるために、幼子二人を連れての逃避行だったのですが、残念ながらその二人の子は死んでしまいます。

弔うことも許されず、小さな亡骸を鉄道のプラットホームに並べさせられたまま、銃剣につつかれてその場を立ち去らなければならなかった無念を何度も聞かされて育ちました。

僕自身は子供のころから、そんな母を救うために生まれてきたと思ったものです。


その気持ちは成人してからも消えることはなく、母のために生まれてきたことを信じて疑いませんでした。

あるとき、人にその話をしたとき

「馬鹿だな。人生は自分のためにあるんだ」

と言われ、ショックを受けたのを覚えています。

それくらい、母のために生きていることを信じて疑わなかった、そんな子でした。


いまは人生に対する理解が変わり、違う視点で母を捉えていますが、それでも心のどこかにはまだ同じ気持ちが残っています。

人生の意味は人それぞれが作るものですが、若いころの僕の思い込みと生き方は、あれでよかったのではないかと思います。


人生いろいろ


無数のドラマが今日も展開しています。

終わってしまえば、そのどれもが夢のようなもの。



さて、今日も生きるとするか。


・・・・・・・・


捨て猫たちのレスキューに、たくさんのご支援ありがとうございました。

おかげで避妊手術だけでなく、怪我や病気の猫たちの治療費も確保できたと、みなさん喜んでくれています。

  


Posted by Toshiro Abe at 08:25Comments(37)

2015年02月22日

道の二段階

メッセージは大きく2段階に分かれます。

最初は、真理の次元に目覚め始めた人に、どのようにそのことを追及するか、正しい方向性を示すことです。

正しい方向性とは、これから学ぶ真理への道が、新しい自我を強めていくことにならないようにすることへのアドバイスです。

昨日の夜、オウム真理教についてのTV番組をやっていました。

僕は最後しか見れませんでしたが、彼らの最も大きなミスは、修業を通して特別な人になろうとしたことにあります。

オウムについては、決してマスコミや社会が触れない観点からお話しする機会を設けることにします。


しかし、事件を起こさないまでも、新たに自我を強化するスピリチュアルの教えのいかに多いことか。

悪意ではなく、教えている側がその段階にあるので致し方ないことです。

一時は、自分が成長したような気になりますが、また元の木阿弥だということに直面する日が必ず来ます。

そもそも、第一歩目が間違っていたら、その先どこまで進んでも真理から遠ざかるばかりです。

この狭い道をいかに理解するかが学びの第一段階です。


そして、実際に真理を探究しだした人への次の教えは、いかに探求を止めるかということになります。

まったく矛盾するように聞こえますが、これが道の二段階です。


生意気なことを言いましたが、ここはとても重要なポイントです。



話の内容が本質的になってきているのは、自分自身の変化というよりは、時代の変化と、ここに集まる人たちの質的な変化だと思います。

機が熟してきたのだと思います。


今日の昼からは東京講演会。

その後は、向老師とTHE禅アカデミーのサットサン(サンガの集い)があります。

最後は、瞑想のフォローアップの会、すべて同じ会場で行われます。


多くの方たちと時空を共にできることを感謝します。


合掌
  


Posted by Toshiro Abe at 09:20Comments(61)

2015年02月21日

無題

何か一言でも書けば乖離してしまう。

あなたはすでにそれそのものであり、大した秘密など何もないのです。

ただ目の前のいまがあるだけ。

それだけです。  


Posted by Toshiro Abe at 16:16Comments(46)

2015年02月20日

かんながら

今日はTHE禅アカデミーのことで忙しくしていました。

さらには朝から、瞑想伝授を受けに多くの人たちが我が家にやってきてくれて、あっという間にこの時間になってしまい、ブログを書く時間がありませんでした。

いまも別室では、初めてのマントラを受け取る10人が、静かに伝授を待ってくれています。

不思議な力とのご縁を取りもたせてもらえて、とても光栄に思います。


1月31日、THE禅アカデミー発足のご報告に、奈良県の山奥にある天河大辨才天社で奉納演奏させてもらいました。

その時の動画が完成して、今日はそれを会員サイトにアップしました。


北は北海道から南は沖縄まで、会員1000人を代表した100人の仲間と共に捧げた奉納でした。

美しい吉野熊野ヒノキの神殿と、紫色の幕と、真っ白な雪が見事に調和し、まるで異次元のような映像に、我ながらしばし時間を忘れて見入っていました。


そのご神事が終わった後、柿坂宮司と向老師と共に短い講演をさせてもらったのですが、

その動画を改めて見てみると、その中で柿坂宮司が、


清らかで


明るくて


素直で


正しい


これすなわち、かんながら。

と仰っていました。


この心こそが、かんながら。

何も難しくない、元のありのままの心です。


学歴もなく、専門分野もなく、コネもなく、お金もなく、何もなかったにも関わらず、いつも幸運に恵まれてきたのは、完璧ではないにせよ、このような気持ちを少しは持っていられたからだと改めて感謝しました。


天河神社は、空海、最澄をはじめとして、日蓮、法然、道元など、各宗を始められた祖師たちの霊場であり、仏教とも大変縁の深い聖地です。

向老師も、この度のご縁に大層喜んでおられた姿が印象的でした。


ありがとうございます。


ありがとうございます。


か・ん・な・が・ら
  


Posted by Toshiro Abe at 16:12Comments(25)

2015年02月19日

千代田線に乗って

我々は固有の肉体と精神を携え、この地上に存在しています。

細胞の一つ一つに与えられた役割があるように、我々一人一人にも与えられた役目があります。

言い方を変えれば、それぞれの肉体と精神にはあらかじめ定められた宿命があるということです。

安直な運命論に聞こえると思いますが、この機会に伝えておきます。


人体にある60兆個の細胞の動きから惑星の運行まで、寸分の狂いなく、全てが粛々と進行しています。

その働きをサムシンググレイト、神と呼びます。

神の働きの中には人間が思考とか自由意思とか呼ぶものも含まれています。

人生は自分と神との共同作業だという言い方がありますが、その自分も神の作品であり、そのような意味からも、この宇宙には神しか存在していません。


人間は目的志向なので、この森羅万象も何処かに向かっている様に感じますが、実際にはどこに向かうわけでもなく、目的もなく、ただ起きることが起きています。

それは神の戯れ。

インドではリーラと呼ばれてきました。


起きたことに対して責任を持たせるのが社会ですが、究極的にはそのように起きたのであって、どんな個人にも責任はありません。

これは人間には受け入れがたいことですが、真実は変わりません。


「罪を憎んで人を憎まず」と告げたイエスは、このことを知っていたのだと思います。

ふと、そう思いました。


いま母の見舞いの帰りで、松戸から麻布に向かう電車の中です。

今日もまた、こんな事を書いていました。


次は国会議事堂前。

乗り換えです。


またね。
  


Posted by Toshiro Abe at 13:02Comments(112)

2015年02月18日

リーラ

この数日間のブログ。

何が書いてあるか分からないという人は、それでいいのです。

取り逃がしているわけでも、何か失っているわけでもありません。

ただ「わからない」という経験が起きているだけで、わかったところで何か変わるわけでもありません。


同じことを違う言い方で、何十回も伝えてきました。

この言い方なら耳に馴染んでいるのではないですか?


「起きることだけが起きている。以上!!」


そしてそれは、永遠です。

永遠とは時間の長さのことではなく、「いまここ」という次元のことです。

この次元があなたの実存であり、決して増えることも減ることもなく、傷つくことも穢れることもありません。


だから言い続けてきました。

大丈夫だよって。

本当に本当に大丈夫だから。


先に死んでしまった人も、人生を失敗したと思っている人も、自分には価値がないと思っている人も、罪深い人間だと思っている人も、みんな同じ。

みんな最初の最初から救われていて、もちろんいまも救われている。


あなたというのは、あなたが考えた通りの人だってこと。

本当は自由に、どう考えることだってできる。


それにしても、なんてドラマ(夢)だ。


存在はリーラなり。

  


Posted by Toshiro Abe at 08:50Comments(52)

2015年02月17日

続・存在の真実

こうしてブログを書くことは、とても楽しいことです。

内奥の感覚を携えながら、僕という分離意識を使ってキーボードに向かいます。

途中何度も、書き手が消えて言葉だけがつづられる状態が訪れます。

その感覚は講演会の中でも訪れます。

スポーツ選手や、その他、何をする人でも、「やり手」が消えてことが起きているという経験をしたことがあると思います。

それと似たような状態だと思ってくれたらいいです。


さて、ここに基本的な問題が残ってしまいます。

全体である真理を言葉にした瞬間、それは真理そのものではなく、分離した対象になってしまうということです。

ですから言葉にすることはできません。

このことは単純な事実であり、メッセンジャーたちが異口同音に繰り返してきたことです。


そんなことを踏まえて、記事を読んでみてください。

あらゆる言葉は、あなたのインスピレーションを促すための仕掛けに過ぎません。


分かりにくいかもしれませんが、

「僕」が書いているという自覚を持った状態と

「僕」が消えてただ文章がつづられていく状態は

実際には同じものです。

前者は「自分がやっている」という感覚を持っていますが、その感覚さえも彼方からやってきています。

煩悩即菩提という言葉がありますが、存在のすべては全体性の働きであり、言葉を変えれば自我も神の一部です。

事はただ起きているのです。


それでは、頂いた質問です。


>朴念人さん

>>意識が創り出しているのではいるのではなく、
>>意識の中で起きている

>ニュアンス的には、前者は自らの意識で、自発的に創造しているということ、

後者は、神(=宇宙、自然)が創造したものを、自分の意識が捉えている、

というようにも受け留められそうですが…

この二者の違いを、分かり易く説明いただけると、幸甚です。



前者の場合、意識と創り出されるものが分かれてしまいます。

これは基本的な錯覚です。

後者では「中で起きている」と表現しましたが、もっと正確に言うと、意識が、起きているそのものだといういうことです。

さらに意識には、起きていることを認識しているという側面もあります。

この場合の意識とは、いわゆる全体意識、ワンネスのことです。



>影法師さん

>阿部さんは、「自由意志」というものをどう捉えているのかな? 聞いてみたい。


誰の自由意志ですか?

自由意志を持っていると思うのは誰でしょう。

その人は本当に実在していますか?

事はただ起きているのです。

これは自由意志だと思うことも、そうではないと思うことも、ただそのように起きています。



>あむさん

>幻想とわかったなら、その時点で特に何かする必要はない。

したいと思う気持がなくならないのはなぜか?



幻想とわかったのは誰ですか?

その人は本当に実在していますか?

それとも幻想ですか?

繰り返しますが、事はただ起きているのです。



>直球勝負好きさん

>目覚め体験、とか覚醒体験と言われるような体験も、「わたし」の意識の中で起きていることなのでしょうか?


ただ、目覚めだけが存在します。

ただ、覚醒だけが存在します。

それが「わたし」です。


>また、少し前に生きていらっしゃったインドの聖者、サティア・サイババという人の動画を観ていたら、大勢の人の前で、何もないところから物質を出して見せていました。



いまこうして「わたし」が存在している。

なんて素晴らしいことなんでしょう。

イタズラもたまにはいいですけどね。


最後にchikaさんのコメントを載せておきます。

まさにこういうことです。

これが我々の実相です。


>chikaさん

>以前、全体になっちゃったことがあります。

友達とテニスのゲームをしていた時です。

ただただ、球を追っていたら思考が消え

ボールが止まり、時間がなくなり

次の瞬間、私は周りのものすべてになっていました。

土であり、空であり、緑であり。

同じコートにいる友人も、ネットの向こうの友人も

どこにだれがいて、

どこに何があるか

すべてが私の内側にあり、

だから、すべてが把握できているというか

意識できているというか。

でも、そこには思考はありませんでした。

そして、私個人はどこにもいませんでした。

次の瞬間、ボールを打っていました。

そして、個の私に戻っていました。

あの時、すんごく不思議なことが起きたなあ、くらいにしか思っていませんでしたが、

あれが、私が消えて、私の中に全部があるってことですかね。

私は、個の私じゃなくて

いまここすべてだったんです。


・・・・・・・


講演会担当デスクからのお願いです。


2月22日の東京講演会ですが、申し込んだものの都合が悪くなった方は、なるべく早くお知らせください。

希望者がたくさんいらっしゃいますので、お席を無駄にしないよう、よろしくお願いいたします。

キャンセルが出るたびに、お申し込みが可能になっていますので、参加ご希望の方はたまにご確認ください。

コチラから。


3月22日は博多で開催予定です。

詳細は後日お知らせいたします。



  


Posted by Toshiro Abe at 10:55Comments(42)

2015年02月16日

2月16日の記事

昨日書いたことは、それ以上でも以下でもなく、もっとも基本的な我々の存在形態です。

ただ、受け手が見えないこのような場で伝えるには限界があり、ましてや、つたない文章力しか持ちえない身としての力不足を感じます。


コメント欄に寄せられた意見や質問も、気持ちが分かるだけに歯がゆさが残ります。

少し時間を置いて、いくつかの質問に答えたいと思います。


いつもここに来てくれてありがとう。

今日も事が淡々と流れています。


with Love  


Posted by Toshiro Abe at 16:18Comments(39)

2015年02月15日

存在の真実

朝起きていつものようにブログを開いたら、興味深いコメントが寄せられていました。

深夜にかいてくれたようですが、紹介します。

白猫さんからです。


阿部さんはわたしの阿部さんバージョンで、私は阿部さんの私バージョンですか?

わたしは主人公?でわたししかいませんか?

実はほかには誰もいないし、その私すらもほんとはいないけど、いないとこうして気が付かないのでいるのですか?

阿部さんがラジオで あなたがただいる!それだけ!というようなことを言ってましたが
そうなんですね!・・・笑ってしまいましたが・・・!

明らかに自分しかいないと仮定しないと、どうしても納得いかないようなことがありまして、もしかして・・・と思いました。

そしたらいろいろつじつまがあって阿部さんの言ってる、スピとは違うぞ的なこともうなずきました。

そこらじゅうにわたしの違うバージョンがいてこの世界は自分が創ってるのですね?・・・解釈が違いますか?教えてください!



そのとおりです。

この世にはあなたしか存在していません。

それ以外の真実はありません。

あとはすべて戯言であり、どうでもいいことです。


すべてはあなたという意識が創っています。

ただしこの言葉の意味は、あなたの意識が物質や現象を創り出しているのではなく、物質や現象もあなたの意識の中で起きているということです。

ここは多くの人が誤解しているポイントなので、注意しなければなりません。


同じような誤解に、生まれる前に親を自分で選んできたとか、この肉体も自分が選んだとかいうものがあります。

そのとき「自分」とは何を指しているのかが問題で、しかも「選ぶ」などという行為をしたということが、すでに戯言の中の戯言です。

ことはただ起きているのです。

まさにいま起きている・・・それがあなたの意識であり、永遠と呼ばれるものです。


ただし、これらの言葉を思考が解釈し判断したら間違ってしまいます。

あなたという存在が完全に「いまここ」にある時、言葉を超えて理解することでしょう。


そのとき、同時に二つの理解があります。


「私はすべてだ」


「ワタシ(自意識)は存在していなかった」


古今東西、真実のメッセンジャーが伝えようとしたのはこのことだけです。

何も難しいことではありません。


僕は縁あって仏教に親しんできましたが、仏教の欠点は、当たり前の真理を、いかにも厳かに、権威づけて有難がってしまうことです。

それによって、真理を対象化してしまい、真理を求めるという最も大きな過ちを犯してしまいます。



こうして書いていると、魂の深い部分が喜んでいます。

久しぶりの直球勝負でした。

また書きます。



・・・・・・・・・・・


2月22日の東京講演会では、この存在の真実についてお話しします。

文字情報で伝わらないことも、時空を共有することで、言葉を超えての伝達が可能です。

今回は1時間半という短時間で、参加費は1000円です。

残り席はわずかです。

詳細はコチラから。



・・・・・


ラジオ放送の第二回目は、月末にお届けする予定です。

創価学会がテーマで、ゲストに、さとうみつろう君がやってきます。

ご本人のたっての希望で実現しましたが、なぜ彼なのかは聞けばわかります。

みつろう君というのは、なかなかの人物だなと思います。


僕はいたって真剣で、何かを糾弾したり貶めることが目的ではありません。

もちろん初回同様、楽しい番組をお届けします。

これを聴かなきゃ時代に乗り遅れまっせ。
  


Posted by Toshiro Abe at 08:48Comments(67)

2015年02月14日

2月14日の記事

昨日の母親に関する記事は、ただ読むだけではなく実践するためのものです。

20年前に方広寺でやっていたセミナーで、誘導瞑想としてやっていました。

これにじっくり取り組むと、親に対する認識が変わっていきます。


そして母親だけでなく、父親や、そのほかの大切な人にも使うことが出来ます。

我々は、その人の断面的な現れだけを見て判断し、その人を決めつけています。

その人も人生の流れの中の存在であり、そんな想像力を持ってあげることで、より正確にその人を感じてあげることができるのです。

みんなオギャーと生まれて、いろんな経験をしながら一生懸命に生きてきたのですから、本当は、存在しているだけで、それぞれに素晴らしいのです。


・・・・・・・・


「琉球わんにゃんゆいまーる」へのご協力ありがとうございました。

これからの活動の大きな励みになりました。


「来た時よりも美しく」

この言葉をモットーにして、人生を終えていけたらと思っています。


・・・・・・・


3月25日のワンマンライブ

原宿「ラ・ドンナ」

渋谷区神宮前4-28-21 ハーモニー原宿B1F


お申込みは、お電話かHPからとなります。

電話予約
03-5775-6775(ラ・ドンナ)

インターネット予約はコチラから

  


Posted by Toshiro Abe at 09:30Comments(24)

2015年02月13日

親のこと

講演をしていて、よく寄せられる質問に、「親のことにイライラします。どうしたらいいですか?」というものがあります。

たいていの場合、僕はこう答えます。

「そこは一番難易度が高いから、完璧に解決しようとしないことです」

何故そう答えるかといえば、親に対するわだかまり以上に、そのように感じてしまう自分に対する罪悪感に苦しむ人が多いからです。


昨日のような記事を読むと、僕がとても親孝行で、親に対する気持ちもすべて解決しているように見えるかもしれませんね。

ましてや「目覚め」などと立派なことを言っている人間なんだから、当然そんな段階は終わっているだろうと。


でも実際はそうじゃありません。

僕もいまだに親に対するこだわりは持っています。

ただ違いがあるとしたら、そのことが罪悪感に繋がらないということ。

だって、そういう精神構造なのだし、いまそう感じるのは事実なのだから、「そう感じているんだな」でオシマイです。


でもどうしても、そう感じてしまうことが苦しいのであれば、ちょっとしたヒントを差し上げます。


親との関わりは人の数だけあるので一概には言えませんが、必要以上に強く恨んでしまうとしたら、そこには「【自分】の親」という気持ちと、「親とはこうあるべき」という気持ちが強くあるということです。

確かに自分の親ではあるけれど、どこにでもいる一人の人間に過ぎません。

いいところも悪いところも併せ持っています。


母親を対象にして、ちょっと想像してみましょう。

そのことに時間を使うことはできますか。


あなたが想像しやすいように、簡単なガイドを書いてみます。

すべてがあなたの現実と合っているわけではないでしょうが、次の文章の使えるところだけを使って、少しの時間、母親のことを考えてみましょう。



あなたの母親にも、あなたと同じように、一人の人間としての人生がありました。

これから、母親の人生を想像してみます。

早く読み進めないで、ゆっくり感じながら進んでください。



母親がどこで生まれたか知っていますか?

生まれたばかりのころ、どんな赤ちゃんだったんでしょう。

ちょっと想像してみてください。


やがて少しずつ大きくなってきます。

たぶん、いろんな遊びをしたことでしょう。

ママゴトをしたり、かくれんぼしたり・・・

どんな子供だったか知っていますか。

おてんばな子でしたか?おとないい子だったんでしょうか。


やがて小学校に行くようになります。

こういうことは、普段あまり考えたことがないと思います。


目を閉じて小学生だったころの母親を想像してみます。

どんな髪型をしていたんでしょう。

どんな表情をしていますか?

よく想像してみます。

どんな小学生だったんでしょう。

友達と遊んだり、喧嘩したり、先生に怒られたり、いろんな経験をして成長していきました。


思春期があり青春期があり、恋をすることもあったでしょうし、苦悩に苛まれることもあったことでしょう。

一人の女性として、どんな人生を生きたいと願ったんでしょう。


やがて一人の男性と出会います。

あなたの父親です。

その時、何を感じたのでしょう。

「この人とだったらやっていける」、そんな気持ちだったかもしれません。


やがて結ばれ、生活が始まりました。

二人はどんな関わりでしたか。

うまくいくことが多かったですか。

それとも辛いことや悲しいことが多かったのでしょうか。


そしてある時、気づきます。

あなたを妊娠したということを。

自分のお腹に新しい命が宿ったとき、どんなことを感じたでしょうか。

日に日に大きくなっていくお腹に、何を語りかけていたんでしょう。


やがてあなたが生まれます。

最初にあなたを抱いたとき、何を感じたでしょう。

どんな子供に育ってほしいと願ったんでしょう。

とにかく元気に育ってほしい、そんな気持ちだったかもしれません。


その後はどんな人生でしたか。

やりたいことをやって生きてきた人ですか。

それとも、家族のため、お金のため、一生懸命に働いてきた人なのでしょうか。

どんな時に喜びを感じ、どんな時に悲しみを感じてきたんでしょう。

あなたはどれくらい知っていますか。


彼女は、あなたの母親である前に、一人の人間としての人生がありました。

うまくいったことやいかなかったこともあったでしょう。

自分でも自分が嫌になるようなこともあったことでしょう。

我々と同じように、良い面もあれば悪い面もあります。

それが人間なのだから。


確かにあなたから見れば、母親として、してほしいのにしてくれなかったことがあったり、言われたくないことを言われたり、見たくない面を見せられたり、いろんなことがあったと思います。

でもひとつだけ言えることは、彼女は彼女なりに、その時その時、一番いいと思ったことを精一杯やってきたということです。

あの時は、そんなやりかたしか思いつかなかったのかもしれません。

それが彼女にできた精一杯だったのかもしれないのです。


そんな母親を、誰でもない一人の人間として見ることはできますか。


長々と書いてしまいましたが、僕自身、完全ではないけれど、昔よりは母親に対して少し優しくなれたのは、そんなふうに見られるようになったからです。

「私の母親なんだから」とか「母親とはこうあるべきだった」とかいう気持ちが薄れ、一人の人間として見てあげられるようになりました。

繰り返しますが、彼女も自分と同じで、プラスが半分、マイナスが半分だと思うのです。


子供のころは、親がいなければ生きていけなかったので、その関係は特別なものになります。

愛があれば憎しみがあって当然です。

憎しみばかりを感じてしまう人もいることでしょう。

でもそれでいいんです。

たとえ死ぬまで憎しみが消えなかったとしても、それが今生の人生だったというだけで、そのことに良いも悪いもありません。

みんなそれぞれに、それぞれの問題を抱えながら生きていく、それが人生なのだから。


いろいろ言いましたが、ま、気楽にいきましょう(^^)


・・・・・・・


3月25日19時半スタートの原宿「ラ・ドンナ」ライブですが、明日14日の15時から、HPとお電話で予約が始まります。

ライブタイトルは

「どうせこの世はシャバダバダ」


お申し込み先は明日お知らせします。
  


Posted by Toshiro Abe at 09:15Comments(74)

2015年02月12日

ハプニング

先日、母が体調を崩したというので急きょ上京しました。

この1週間というもの、ほとんど何も食べられずに体力が消耗していると聞いて、大急ぎでやってきました。


ところが会うなり


( ̄д ̄) 「お腹がすいた」


(@_@;) 「えっ?!」



そこで近所のお寿司屋さんに連れていくと、お寿司を10貫とお酒を一合、ぺろりと平らげ


( ̄д ̄) 「あーご飯は美味しい」

って(笑)


僕の存在が食欲増進剤になるのなら、これからもちょくちょく来ようと思いました。


さて、その母に何かしてほしいことはないかと聞いたら

( ̄д ̄) 「アンタのライブが見たい」


母の力は強大です。

僕は考える間もなく、その場ですぐ行動していました。


そんなわけで、3月25日、超久しぶりにライブハウスでのソロコンサートをすることになりました。

原宿の「ラドンナ」です。

本当に人生は何が起こるか分からないですね。


それにしても久しぶり。

もう10年くらい前になりますが、沖縄で定期的にやっていたころは、夜8時~深夜4時までなんて時もありました。

観客の多くは主婦なのに、誰も帰らないというのが沖縄の凄いところです。

あのころはステージでテキーラを一本飲み干すことを自慢にしていましたが、いまはもう無理でしょう。

僕はステージでグビグビお酒を飲みながら言いたい放題に喋るのが好きなので、今回もそうなると思います。

一緒に楽しんでくれる人を募集します。


ラドンナは小さなスペースなので、お早目にご予約ください。

予約は2月14日からになります。

タイトルは

「どうせこの世はシャバダバダ」

ただし一番いい席は、94歳の熱狂的ファンが予約済みです。


人生はハプニング。

あらゆる瞬間が人生の本番なので、いつもいま目の前のことに「welcome!」と言って生きています。

だって、それ以外の現実はないのだから。


受け入れようと拒否しようと、それ以外の現実はないのだから、だったら「welcome!」で生きていこうというのが、向老師から教わった生き方です。
  


Posted by Toshiro Abe at 09:20Comments(34)

2015年02月11日

もひとつのシャバの話

今日もシャバの話を、別のテーマでお話しします。

THE禅アカデミーの発足や、ラジオ番組配信など、今年から新しい活動が始まっていますが、もう一つ大切な活動があります。

それは捨てられた犬や猫たちの救済です。

何から手を付けていいかわからないくらい、やらねばならないことが多いのですが、まずは自分が役に立てるポイントを押さえながら活動しようと思っています。


捨て犬や猫が憐れということだけでなく、より洗練された文化を創り出すきっかけとしても、この活動は有意義なものになると感じています。

人間の意識レベルが高まれば、それに伴って文化水準も上がっていき、子供から大人まで、さらに命を尊ぶ社会が構築されていくことでしょう。


さて、まずは自分が暮らす地域からですが、沖縄県のペット飼育モラルは、残念ながら高いとは言えません。

ペットが病気や怪我をすれば捨てる、子犬子猫が生まれれば捨てるということが珍しくありません。

安易に飼われ、捨てられる犬猫たちに心を痛め、この状況を何とか改善していきたいと活動する県内の4つの動物愛護団体が結集して「琉球わんにゃんゆいまーる」を立ち上げました。

ご縁があって主催者さんとお会いすることができ、その人柄や活動内容にも共感を持ったので、この場を借りて報告したいと思います。


沖縄のノラ猫というと、県外の皆さんは南の島でのんびり暮らす猫たちのイメージが浮かぶかもしれません。

しかし、沖縄のノラ猫生活は非常に苛酷で、夏はギラギラした太陽が照りつけ、冬は四方を囲む海から吹く冷たい風が容赦なく体温を奪っていきます。

恐ろしい暴風雨がたたきつける台風シーズンには、為すすべもなく、ただ物陰にじっとして台風が過ぎ去るのを待つしかありません。

これらの変化の激しい気候環境に加えて、南国特有の寄生虫類も多く、子猫の多くは成長過程で衰弱死したり感染症で命を落としたりしていきます。

運よく成長出来ても、車社会の沖縄では交通事故も後を絶たず、伝染病の危険にも一生さらされ、さらには害獣として虐待を受けることさえあります。


生まれてくることが不幸の始まりならば、せめて、生まれないことを目指して、ノラ猫たちを捕獲し、不妊治療を施し、もとの場所に返してあげる活動に取り組もうというのが、いまできる現実的な対処法です。

理想はまだまだありますが、これがいま市民レベルでできる精一杯なのです。

まずは、沖縄県総合運動公園内に棲息する、数多くのノラ猫たちを対象に、捕獲と不妊治療、3種混合ワクチン、ノミダニ駆除薬、駆虫薬、、傷病の治療、などを行います。


主催は「公益財団法人どうぶつ基金」で、「琉球わんにゃんゆいまーる」が協力します。

共済は沖縄県と沖縄県総合運動公園管理事務所です。

期間は3月1日から7日となっています。


僕も個人的にできるだけのことをさせてもらいますが、琉球ワンニャンゆいまーるでは、広く寄付金やボランティアの参加も募っています。

寄付金の使い道は、今回の事業に必要な物品の購入、医療費(善意の獣医さんたちによる医療なので格安です)などです。

もし余剰金が発生した場合は、不幸な犬猫救済のために役立てられます。

琉球わんにゃんゆいまーるの会計はガラス張りで、すべて公開され、そこに人件費は発生していません。


賛同してくれる方は、ご協力よろしくお願いします。


ゆうちょ銀行
【記号】17050
【番号】2839271
名義 リュウキュウワンニャンユイマール

あるいは

【店名】七〇八(ナナゼロハチ)
【店番】708
普通預金 0283927
名義 リュウキュウワンニャンユイマール


また、今回の事業をお手伝いしてもらえるボランティアも募集しています。

A・ノラ猫の捕獲・管理(3月1日~7日)

B・期間中に保護された子猫や負傷猫の一時預かり。


どちらでもお手伝いしていただける方はご連絡ください。

ボランティアの受付窓口

比嘉 090-8293-7388

金城 070-5690-1227


仲間のために、ありがとニャいます。


  


Posted by Toshiro Abe at 12:34Comments(38)

2015年02月09日

スピタメ!サポートより

日頃よりお世話になっております。
いまここ塾の新入社員、阿部敏郎の愚息阿部普仁と申します。
社長に代わりまして、この場を借りて一筆したためております。


昨日に公開致しました「スピリチュアル・エンターテイメント!」(以下スピタメ!)でありますが、
現在既に2000名程の方にご利用頂いております。
たくさんのコメントを頂き、大変励みになっております。これからもよろしくお願いいたします。

それと同時に、様々な問題が相次いでいるようです。
サポート体制として「abeshabadabada@yahoo.co.jp」でご対応してまいりましたが、
一度ここで質問事項、解決策をまとめて公表させていただきます。
「Q&A」として後日サイトの方でも順次更新してアップロードしていきますので、
何かご不明な点が御座いましたら併せてご利用下さい。



Q.会員登録をしても、招待状メールが返信されない

A.招待状メールが返信されない状況は、下記の二点が考えられます。
一点目は「迷惑メール設定」をご確認下さい。
現在、スピタメ!から送信されるメールは「abeshabadabada@yahoo.co.jp」から送信されております。
御使用のメールソフトの迷惑メール設定で、「yahoo.co.jp」のドメインを許可して頂かなければメールがご確認できません。
一度迷惑メール設定をご参照下さい。
また、こちらの設定で不備がありますと、サポートからのメールもお受け取りになることができません。
サポートに問い合わせる前に、まず「迷惑メール設定」をご確認下さい。

二点目はサーバーの状態に関するものです。
現在多くの方に会員登録を頂いております。その分サーバーに負荷がかかり、動作が重くなったりすることが御座います。
その一環としてメール障害が起こり、送信される筈のメールが送信されないといった事が起こりえます。
時間を置いて再度会員登録をお願い致します。

これらの問題を対処しても解決なされない場合は、
手動で招待状メールをお送り致しますので、
スピタメ!にご登録になられるメールアドレスと一緒にサポートまでご一報下さいませ。


Q.キーワードがよくわからない

A.キーワードは会員登録をされる方皆様に入力をお願いしております。
存在意義としてはセキュリティの側面から導入しております。ご了承をお願い致します。

キーワードの入力に関してまして、入力の際には半角英数字での入力になります。
大文字、小文字の区別も御座いますので、お間違えのないようにお願い致します。

また、どうしても対処できない場合、
手動で招待状メールをお送り致します。
スピタメ!にご登録になられるメールアドレスと一緒にサポートまでご一報下さいませ。


Q.会員登録したけど動画が見れない

A.会員登録されても、ログインをしなければ動画をご視聴いただけません。
http://toshiro.socialcast.jp/
上記のトップ画面右上に御座いますログインボタンから、ご登録頂いたメールアドレス、パスワードを入力してログインをお願い致します。
ログイン後、ご視聴になられたい動画をクリックしていただきますと、動画をご視聴になられます。

また、スピタメ!でサポートしておりますのはパソコン、スマートフォンの二種類になります。
それ以外の媒体ですと正常に動作されない可能性があることをご了承お願い致します。

パソコン、スマートフォンからのご利用であっても、御使用になられているネット環境、サーバー状態等でも左右されます。
お時間を空けられるか、今一度ご利用環境を見直して頂きますようお願い申し上げます。


Q.ログインしたのに動画が見れない

A.ログインされても動画がご視聴頂けれない場合、下記の二点が考えられます。

一点目は、ご利用のサーバーの負荷が考えられます。
現在多くの方々からアクセスを頂いております。
一時的にアクセスが集中すると、動作が重くなり、正常に動画が視聴できなくなることが御座います。
こちらに関しましては、サーバー強化の対応策を話し合っている最中で御座います。
現状、お手数ですがお時間を空けて再度試して頂く他方法が御座いません。

二点目は、ご利用になられているネット環境が考えられます。
スピタメ!ではPC、スマートフォンでのご利用をお願いいたしております。
それ以外の媒体ですと、正常な作動は確約出来かねます。ご了承下さいませ。
また、回線が遅い、動画視聴に必要なソフトがインストールされていない等の問題ですと、
こちら側で対処ができない場合も御座います。
改めてご利用になられている環境の見直しをお願い致します。



最も多かったご質問が以上の4点になります。
今後こちらは「Q&A」としてサイトの方でもアップロード、順次更新していきます。
何かお困りの際は、こちらの方をご参照して頂ければと思います。
一人でも多くの皆さまに安定して動画をご視聴頂くため、サービス向上に努めてまいります。
また、若輩者の身でありながら皆様のお目に触れるブログに記事として投稿させて頂いた事を謝罪、感謝致します。


最後に一つお知らせですが、サポートメールを「yahoo.co.jp」から「nifty.com」への変更を進めております。
変更した際は皆さまにお知らせとしてサイトの方で掲載致します。
トップ画面に表示されるように致しますので、今後表示された際には一読お願い致します。

ここまで拙い文章では御座いましたが、御拝見誠にありがとうございました。
スピタメ!ではより多くの皆さまに楽しんで頂くため、スタッフ一同(現在1人)尽力致します。

これからも、スピタメ!をよろしくお願いいたします。  


Posted by Toshiro Abe at 17:45Comments(53)

2015年02月09日

今日もシャバダバダ!

親子でラジオ番組制作の余韻冷めやらぬ今日この頃。

みなさん、いかがお過ごしですか。


やっぱり自分が楽しいことをするとイキイキしてきますね。

案ずるより産むが易しで、失敗しないように完璧な計画案ができてからやろうとするのではなく、とにかく「やる!」と決めてやり始めれば、途上でいろんなアイデアが湧いてきたりしして、事前に考えるよりずっと早くて生産的だったりします。


やりたいことがあるのに、条件が整うのを待ってばかりいると、機を逸してしまいますよね。

そんな時は、とにかく「やる!」と決めてやり始める。

これが物事を実現する秘訣だというのが、阿部流の考え方です。


さて次回のテーマは「創価学会」

日本で最も大きな組織で、いまや政府与党の一員でもあるのに、なんとなくその名前を言うことも憚れるこの陰湿な風潮に一石を投じたいと思います。


昔、「お笑い大蔵省」という本がありましたが、それを真似して

「お笑い創価学会」

というタイトルでいってみます。

だって楽しくなきゃラジオじゃないから。


そんなわけで、ゲスト出演してくれる創価学会員の方を募集します。(マジで)

もちろん池田大作さんも大歓迎です。

一度会って、人間はみんな同じ価値で、特別な人などいないという話をしてみたいです。


傍から見ると謎に包まれた巨大組織、創価学会。

我々一般庶民に、真の創価学会の姿を教えてくれる学会員の方を待っています。

趣旨を理解して参加してくれる方は

abeshabadabada@yahoo.co.jp

に連絡ください。


特に宗教談義をしてみたいです。

一番聞きたいのは、なぜ自分たちが一番正しいと思っているのかの根拠です。

否定するのが目的ではなく、本当に知りたいのです。

僕の目から見ると、創価学会だけが仏教の真髄を説いているとは到底思えないのです。

だから教えてください。

誤解のないように言っておきますが、僕は否定ありきではなく、本当に知りたいのです。


そうそう、以前沖縄のRBCという放送局で、メインのパーソナリティに抜擢された時、

「阿部さんは何でも喋っちゃいそうだけど、天皇と創価学会の話だけはしないでほしい」

って真顔で言われたことがあります。


放送局がそんなだから、いつまでたってもタブーがタブーのままなのだと思いました。

したがって「シャバだ!バダ!」では、両方ともテーマにする予定です。


このラジオ番組、いつまで続くか分からないけど、どうせやるなら、とことんやってみましょう。

500円の聴取料は、各電話会社のスマホからでも簡単に決済でき、電話料金に加算されるシステムです。

そして、いちど購入すれば半永久的に好きなときに聴くことができます。


・・・・・・・・・


2月22日の東京講演会、ぼんやりしていたら2週間後になってしまいました。

この日は、13時から14時半までの1時間半になります。

時間はいつもより短いですが、参加費は1000円(当日)にさせてもらいました。

詳細はコチラから。


延暦寺会館の「魂の夜明け」は、若干名のキャンセルが出ました。

二度と見られない顔ぶれなので、この機会にいらしてください。

宿泊は琵琶湖グランドホテルになります。

大津京駅から延暦寺までの往復と、延暦寺から琵琶湖グランドホテルまでの往復は、共に大型バスをチャーターしてあります。

参加ご希望の方はコチラからお入りください。

なお前回は日帰りコースがありましたが、今回は宿泊者だけの会になります。
  


Posted by Toshiro Abe at 09:20Comments(59)

2015年02月08日

シャバだ!バダ!

おはようございます。

昨日は深夜にお騒がせしました。

今朝になってサーバーも落ち着いたみたいです。

一斉にアクセスが集中した時の対策を新入社員に頑張ってもらいます。


しかしこの新人ディレクター、いままで沢山のディレクターと仕事してきましたが、根性の座りが半端ない。

意図的に暴言を振りまいたというのに、一切動じずに、「うん、面白い」と平然と言い放つ。


今朝になって、やや弱気になった僕が、「あのあたり編集してカットしようか?」って言ったら

「何言ってんの?あそこが一番人間らしくて面白い」

って。


そんなわけで、最初からノーカットでお届けしています。

くどいようですが、内容に関しては一切責任を持ちません。


時間がある人は聴いてください(^^)

https://toshiro.socialcast.jp

から登録して聴くことができます。


パソコンとスマートフォンに対応しています。

アクセスが集中している時間帯は、大変繋がりにくくなっています。

時間をおいてからお試しください。





今日は日曜日。

みなさん、素敵な一日をお過ごしください。
  


Posted by Toshiro Abe at 09:32Comments(99)