2012年08月04日

放浪記 7

葬式にどんな意味があるんだろう、やらなくてもいいんじゃないかって、そんなことを母に言った覚えがあります。

でもケジメにもなったし、やっぱりやって良かったと思います。


突然死だったこともあり、実はあまりピンときていませんでした。

僕の音楽仲間や友人達もたくさん家に来てくれて、なんだか嬉しくなって、やたらハイだったのを覚えています。

「なんだよ、お前、もっとちゃんとしろよ」って、複雑な顔で言ってくれたNSPの天野君の顔が忘れられません。


「だって、親父は死んじゃいないよ。人は死なないんだよ」

どこかで読んだ本の知識にすぎませんでしたが、このときは本当にそんな気がしていました。

だって父の存在感が、生前よりもっと強くあったのですから。

いまは死が幻想であることを確信していますが、友人達は一年前から急におかしなことを言い出した僕を、むしろ心配していたかもしれません。

その天野君も数年前に他界しましたが、いまはあの時の僕の話が本当だったことを知っていることでしょう。



荼毘に付したあと、遺骨を抱いてマイクロバスに乗っていた時、初めて父がいなくなったことを実感し号泣しました。

幼い頃からの思い出が走馬灯のように蘇ってきました。


母が言いました。

「生前のお父さんの口癖は、本当にいい子供に恵まれたって、そればかりだったよ」

その言葉を聞いて、また号泣しました。

中学に入った頃から、照れ臭くて「オヤジ」なんて呼んでいましたが、そのときは、「お父ちゃん、お父ちゃん」って。



葬式が終わったあとは、また静かな日々が続いて行きました。

僕の人生が一変するような大きな気づきが訪れたのは、それから2ヶ月後のことです。





Posted by Toshiro Abe at 13:12│Comments(67)放浪記
この記事へのコメント
私もよくわかりませんが、
祖母が亡くなってからの方が存在を近くに感じるようになりました。
思えばすぐにそこにいるような気がします。
Posted by ともとも at 2012年08月04日 13:20
阿部さま
>僕の人生が一変するような大きな気づきが訪れたのは、それから2ヶ月後のことです。

気づきというのは、こうやって段階的に訪れるのですね。

私は、瞑想を伝授していただいてから、小さな気づきが、
頻繁にあるようになりました。



阿部さんのお父様って、素敵な方だったのですね。
悲しい思い出を書いてくださって、ありがとうございます。
Posted by ショコラ at 2012年08月04日 13:20
話に続きがあるようですね。今年、父がなくなったので、余計に興味がわきます。晩年は親父と呼ぶと怒っていました。
Posted by ゆず at 2012年08月04日 13:45
僕の父ちゃんも中3の冬に他界しました

子供の頃から病気で学校から帰ったら看病の毎日でした

凄く辛さを感じる事が沢山有りましたが父ちゃんの事が大好きでした

寝たまま自転車の修理を教えてくれたり釣竿の修理や釣り餌の準備を教えてくれたり めじろのつかまえかたを教えてくれたり

看病は僕と母親でやってましたが 寝たきりでも子育ては一生懸命でした

僕も今は女房がひとりと子供が三人 楽しい家族恵まれています


でも心のなかはあのときと全然変わりません

父ちゃん大好きです
もっとあまえたかったよ
Posted by としあき at 2012年08月04日 14:27
どんなに頭で理解していても

どんなに心から確信していても

やっぱり、死を悼んでいる人の話には、涙が出ます。(泣)
Posted by さとコ at 2012年08月04日 14:32
うちの父は亡くなる前、9ヶ月間いわゆる植物状態でした。
1番原始的な生命に関わる脳幹を残し、脳細胞は死んでしまっていました。
私が精神世界と介護に興味を持つ、きっかけとなりました。

人は死なない。
今、納得できているように思います。

ただ、植物状態だった9ヶ月間、父はどこにいたのでしょう…

その答えは自分が死ぬまで得られないのでしょうか?
または、悟りを得られれば、わかるのでしょうか?
Posted by みさこ at 2012年08月04日 14:32
本を読んでいて光が差した一回目の気付きは、思考の気付きですか?
人生が一変するような大きな気づきは、体験ですか?

違いがわかりません。次回楽しみです。

死(特に肉親の)が悲しまなくて良い事柄だったら、人生とても楽になりますね。
Posted by みつばち at 2012年08月04日 14:34
ドキドキ。

続きが気になります。


悟りを目指して
楽になりたくて
瞑想中。
これだと悟れないんですかね。
Posted by u-n at 2012年08月04日 14:38
阿部さんはこんにちは(^_^)

僕の家族は、両親の祖祖父母が両方健在です。
両親も元気に働いています。

僕のお父さんは、僕にアセンションや、精神世界、阿部さんの存在を教えてくれました。

僕の父親には、叱られた記憶が数回しかありません。
その分母親には良く叱られましたが笑

父親は良く本を読みます。
小林正観さんという方の影響を受け、
なにかあればありがとう
なにもなくてもありがとうと言っています。
穏やかで、人間関係を大事にし、平和的に物事を解決しようとする父親のおかげで、僕が禅や精神世界、瞑想、太極拳に興味を持ちました。

10代の頃は、冴えない父親と思っていました。
母親の方が、パワーがあり、仕事もできて、事業を成してきた人だからです。

ただ、20代に入り、自分も社会に出て仕事をし挫折した時、父親は受け入れてくれました。

僕は母親と父親を比べて、母親の方ができる人間と思っていましたが、実際は、母親と父親が、お互いの良いところ引き出す、絶妙なバランスを持っているから、うまくいっているんだなぁと、今では感じています。

母親は個性に、父親は仕事に多大な影響を、与えると聞きます。

僕は今、素直に両親に感謝することが必要なんだと思います。

今日も気付きをありがとうございました(^_^)
Posted by イーファン at 2012年08月04日 14:52
阿部さんの記事を読み、皆さんのコメントを読んでいたら涙がたくさんこぼれてきました

でも悲しいというより、とても温かい涙です

改めて「いまここ」を大切にしたいと思います

阿部さん皆さん、ありがとうございます
Posted by ハイジ at 2012年08月04日 15:18
ジーンときました。

親の死はきっと
今の私には受け入れられない
ように思います。


目覚めのお話
続きがとても気になります。


『いまここ塾』
読み終わりました。

心が解放されました。

なにかが変わり始めてます。


他にお薦めの本
どれが良いのか
良かったらどこかで教えて頂けたら
ありがたいです。
Posted by まゆ at 2012年08月04日 15:19
私は近しい人との死に別れを経験したことがありません。
自分が死んでしまうより、恐ろしいことのように思います。
精神世界のことを腑に落としたい、目覚めたいと思うのは、根底にそのことへの恐怖があるからのようにも思います。

今日のこの記事を読んでそのことに気づかされた思いです。
Posted by MIYABI at 2012年08月04日 15:36
こんにちは


    生♪


死♪  命   死♪


    生♪


本当の私達は生死という幻想を越えているんですよね
Posted by 甲賀忍者 at 2012年08月04日 15:57
私は祖父が亡くなった時、涙が出ませんでした。(入院中は涙こらえてたのに)

冷たいな~自分と思っていました。

その後一年位「死」から離れず、周りは何も変わらず流れて行く、自然界が一つでも欠けたら生きられない、人間ってささやかな存在だなぁと思ったり。

変化しても揺るがないものは、やっぱり目に見えないものか~と思ったり。

生きざまを見せてもらいましたが、死んで後に学ばされるとは思わなかった。

最後は答えのでない問題と無理矢理止めました。

周りは自然な事と受け入れ「今」を生き過去は過去という感じで、だから辛い事も乗り越えられるんだと感じたりします。
Posted by ブルー at 2012年08月04日 16:22

僕も、中3の頃、父親は亡くなりました、、、未熟な僕は人が死ぬなど、これっぽっちも思ってなく、父親は入院はしていましたが突然、死はやってきました、、、僕はびっくりはしたものの、あっけらかんとして一滴の涙も流すことなかったのを覚えています、父親が息を引き取った直後、部屋の窓の外を見たら一匹の黄色い蝶々がひらひらと飛んでいました、地上よりかなりの高さがあるところに、、、僕は思いました「あぁ、迎えにきたんだな」と、皆が泣いているなか一滴の涙も出ない僕の心にちっちゃな罪悪感が生まれたのです、多分そこからだと思います本格的な苦しみの始まり、精神的な地獄の始まりは、子供のようなちっちゃな罪悪感を僕は僕自身の手により怪物まで育て上げたのです、、、その怪物に僕自身により精神的地獄、絶望を与えられたのです、自分の内面の闇を見ず、逃げては新しい仮面をかぶり、新たな怪物を育て上げ、たくさんの怪物が僕の内面に巣を作り住みだしたのです、、、何度も押し潰されもう限界のところ、僕は、しょうもない人生、もうどうでもいいや!と思い、逃げるのをやめ、僕は自ら不幸になれ!と、なってほしくない現実を願い、僕は家族を失い、友達も恋人も失い、たくさんの借金を抱え病気になり、住むところもなくし最悪な事ばかり起これと心の中で願い思い描いたのです、、、そしたら幸せを追いかけていた僕は、その思いは突然消えたのです、、、あきらめたと同時に内面深くかすかに光るわずかな光を信頼したのでしょう、そしたら突然!その光りから愛が溢れ出したのです、いまここにあるたくさんの大切なものに気付かせてくれたのです、たくさんの愛に!生かされていたと!、、、今なら言えます、苦しみに、僕自身に心をこめて『ありがとう』と…ちっちゃな苦しみが怪物にまでなり教えてくれたのです、人間の、ありとあらゆる存在の尊さを、、、
あ!お陰様で今はたくさんの涙がでます、すぐ泣きますよ、涙もろいですよ(笑)

お父さんありがとう、そして阿部さんありがとう(^O^)/。
Posted by 優。 at 2012年08月04日 16:35
ありがとうございます。自分の親父の生き方や考え方って、かなり自分に影響を与えていることに、改めて気づかされました。
Posted by Powanko at 2012年08月04日 16:41
脱水状態になるほど、これでもか!というくらいに涙が止まらなかった仲の良かった知人の葬式に参列したことがあります。
葬式が終わり火葬場に向かい、係りの方が知人の娘さんに火葬炉のボタンを押してくださいと言われたのですが、押したら最後のお別れだと思って押すのをためらっていました。

とっくに冠婚のピークは過ぎ、いまは葬祭の体験が続々と起きています。
今日も尊敬する知人の通夜です。
今年の2月にお会いしたのが最後になりました。

IZのようにmy boneは故郷の海(豊後水道)に散骨して欲しいと考えています。
Posted by アーサー at 2012年08月04日 16:43
「愛する」という事は、本当に素晴らしい事ですね。

生も死も関係ありません。

「愛」が全てです!^^
Posted by 近藤 at 2012年08月04日 16:48
このブログがアップされた時刻に、コンビニで蝶を見ました。
黒で、真ん中が光沢のあるブルー。
こんなに綺麗な蝶を見たのは初めてでした。

死者の霊を運ぶものともいわれる蝶。
ギリシャ語の魂・いのち・気息をあらわす“プシュケー”とは、蝶のことでもあるようです。

田口ランディさんの書かれた「パピヨン」を思い出しました。

お付き合いしている人が亡くなる前にも、めずらしくアゲハチョウを見ましたが、
その時の蝶も、今日見た蝶も、一瞬私の視界に入ってきてサッと消えたのでした。
Posted by o maririn at 2012年08月04日 16:55
優。さん


涙♪

涙♪

涙♪


優。さんの愛の深さの理由がわかりましたよ


ありがとうございます
Posted by 甲賀忍者 at 2012年08月04日 17:27
去年3月に東日本大震災が起こり

4月に非常に敬愛していた方が亡くなりました。


4月終りに初めて

阿部さん、ボブさん 向禅師、黒斎さんに会いました。


そして8月に

わたしに大きな目覚めが起こりました。


大きな試練も

大きな目覚めも

人智では計り知れない大いなる宇宙の愛から起こっていると

強く実感しました。
Posted by 大空 at 2012年08月04日 17:58
もうすぐ原発関係のパブリックコメントの受け付けが終了します。
https://form.cao.go.jp/aec/opinion-0027.html

原発反対を外に向かって対立的に使えば、原発賛成をあおり、かえって原発賛成の力が増すことになります。

要はあなたはどうありたいのか? 何を選択するのか? 自分の内側の問題です。

パブリックコメントはあなたはどうありたいのか? 何を選択するのか?を表明するいい機会だと思います。

(阿部さん違っていたら指摘して下さい。)
Posted by アム at 2012年08月04日 18:09
優。さん
o maririnさん

こんにちは。
人の死を研究し続けたアメリカの精神科医であるエリザベス・キュプラー・ロスも、蝶は人の魂の象徴と、著書に書かれていますね。
第二次大戦中の強制収容所の壁に、爪で描いた蝶のあとがあったとも。

キュプラー・ロスは、人の死を さなぎから脱皮する蝶に例えていますが、ひらひらと美しく飛ぶ蝶は、本当に人の魂を運んでいるのかもしれませんね。

田口ランディの著書「パピヨン」は、強制収容所に描かれた蝶の絵を探す旅の話なので、読んでみたくなりました。
Posted by ショコラ at 2012年08月04日 19:45
私は自ら苦しみを作り出してるような気がして、それが分かっていながらもどうしようもなくもがいてます。大空さん、目覚めが早く訪れてくれるにはどうしたらいいのでしょうか???
Posted by フミ at 2012年08月04日 20:03
大空さん

私も、大空さんに質問です *^^*
大空さんは、4月に瞑想伝授を受けられたのですか?
Posted by ショコラ at 2012年08月04日 20:14
7月に甥をなくしました。
まだ、若い50代初めの死でした。

40代で脳梗塞で倒れ、植物人間のまま6年間も病院に
入院していました。

亡くなった後、法事で集まる親戚の
関係がより深くなっていく,不思議さを感じています。


大空さん

よかったですね。おめでとうございます。

僕も4月に、小さな気づきがあったのかな?
と思っていましたが、すぐいつもの自分にもどたみたいです。

大空さんの

>そして8月に
>わたしに大きな目覚めが起こりました。

大空さんが、どのような目覚めをしたのか、気になるところです。
Posted by matasan at 2012年08月04日 21:01
フミさん


大きな試練も

大きな目覚めも

人智では計り知れない大いなる宇宙の愛から起こっているので

大いなる宇宙の愛に身も心もゆだねるしかないんですよね。


フミさんからの質問を読んで返信コメントを書いていたら

平原綾香さんが歌う「ジュピター」を思い出しました。


大いなる宇宙の愛は多く人に対して

このように歌という形でも

「すべてはひとつ」という真実の目覚めのメッセージを伝えてくれていますね^^


これからyoutubeで「ジュピター」を久々に聴いてみます☆☆☆彡
Posted by 大空 at 2012年08月04日 21:10
こんばんは。

死は存在しないと言っても、亡くなった方のお話しは神妙に聞いてしまいます。泣くのは、正しいと無意識に決めている自分に気がつきハッとしました。

優さん

今日のコメントは胸に響きました。優さんのすべてにありがとう
Posted by ラブ∞マヨ at 2012年08月04日 21:35
ショコラさん


わたしはフルフィルメント瞑想の伝授は受けていません。


matasanさん


去年4月30日の朝

目が覚めたら

「いつもの自分」の前に

「広がりきって静まりきった自分」が現れていて、驚きました。


それはものすごい平安でした。


そしてそのまま、東京に行く準備をして

初めて阿部さんの講演会に行きました。

そのとき、ボブさん、向禅師、黒斎さんも会場に来ていました。


この後、どんどん神秘的なシンクロニシティに導かれ続け

「いつもの自分」がどんどん落ちていって

「広がりきって静まりきった自分」がどんどん大きくなっていきました。


そして8月に

「いつもの自分(思考である自分)」が完全にふっ飛んでしまい

「広がりきって静まりきった自分」が完全に現れてきた

という体験をすることになりました。


この体験以来

「広がりきって静まりきった自分(空である自分)がいつも在る」

という状態になっています。


フミさん


フミさんのおかげで久々に「ジュピター」を聴くことになりました。

平原さんの歌もメロディーも歌詞も本当に素晴らしいです。

ありがとうございました^^
Posted by 大空 at 2012年08月04日 21:49
優。さん


いつもとは違うタッチの今日の優。さんのコメント。

優。さんが、これほど自分の内面をさらけ出してくれたことは、
今までないように感じます。

素直で純粋な気持ちから自然と湧き出でる謝罪と感謝の気持ち、言葉。
読んでいて、心が締め付けられるようでした。

「いいんだよ。いいんだよ。優。さん。それで、いいんだよ。
誰も優。さんを責めていないし、誰も優。さんに罰を与えようなんて思っていない。
優。さん、もうそれ以上、自分を責めないでね。もう十分苦しんだのだから。
自分をもう許してあげてね。」

自分の中に罪を認め、その責任をとろうとして苦しんだ優。さんだからこそ、大いなる存在や愛を体験できたのでしょうね。

優。さんが、わたしが知る限りでは初めて
気付きに至る心の軌跡を見せてくれたことが嬉しくて、
わたしは、今泣いています。(昔から、涙もろいので・・・^^;)

ありがとう、優。さん。

優しさは、愛の必要条件だと思います。
あなたのHNは、愛を知るあなたにピッタリですね^^

もっと、もっと、己が創り上げた殻を破って、
優。さんという「個」を、自由にありのままに生きて下さいね。
(阿部さんのように(笑))。

優。さんの更なる変容を楽しみにしています^^
Posted by ニュートリノ at 2012年08月04日 22:11
大空さん ありがとうございました。

私は、たったさっき、自分の意識は 自分の身体から広がるということに 気づきました。

意識は自分の身体の中だけにあるのだと、ずっと思っていました。
Posted by ショコラ at 2012年08月04日 22:14
大空さん、ありがとうございます。身も心も委ねる...ってなるようにしかならんって思ったらいいとでしょうね。しかし、空の体験のお話はホントにうらやましいです。今日は私もジュピター聴いて休みます。
サッカー男子も勝ててメデタイ!!!
Posted by フミ at 2012年08月04日 22:20
ショコラさん


おお~、空の体験が始まってきましたね!


わたしも大空ですが

ショコラさんも大空で

みんなも大空です^^


フミさん


空がどんどん現れてくる体験は

自我がゆるかった幼い子供のときに

どんどん戻っていくような感覚ですね。
Posted by 大空 at 2012年08月04日 23:01
私の父の死も突然の事故でした。多くのことが阿部さんの場合と重なります。長男なので後かたずけで気が張っていたのですがようやくさまざまのことが片付いた4年のちに初めて悲しみが襲ってきて号泣したことも。
今でも父を一番尊敬し愛しています。
Posted by 山本 烈(列舟) at 2012年08月04日 23:04
>いまは死が幻想であることを確信していますが
そうですか---

今日、私は夫に「もう長くない」と言いました---2004年のクリスマスイブに乳ガンを告知され手術・抗がん剤・放射線お決まりのコースで生き延び、そして2010年のクリスマスイブ骨のガン転移告知 2011年6月余命早くて半年長くて一年といわれましたが4月から新薬を使っての治療で生き延びていますが---頑張るのも疲れ、何度も「生きてる意味ってあるのか」と---

一応---終わった時「なぁ~んだ」と思ったとしても---なんだかなぁ~
なんとも言えない気持ちになります。

やっぱり色んな思いが常に交差し涙が出ます。
早く終わってしまいたい気持ちと、ずっとずっとこのままいたい気持ちと
Posted by 白い花 at 2012年08月04日 23:09
白い花さん


ささやかですが愛をお送りいたします

少しだけでも悲しみが和らぎますように

今ここで愛を感じることに理由はいらないと思っています
Posted by 甲賀忍者 at 2012年08月04日 23:44
白い花さんへ。
何かお声をおおくりしたいのですが、私の思いを言っていいものか、どうかわかりません。
肝は、すわってる気がするのですが。

まずは、お気持ちだけおおくりさせていただきます。
Posted by みどり at 2012年08月05日 00:19
その夜、それまで見たことがないくらい夜空にたくさんの
星々が煌めいていて、空から降って来るかのように感じられ、
弟とふたりで余りの美しさに歓声をあげました。
そして私達が寝静まった夜半に、父が亡くなりました。

優。さんは、泣かなかったことからの罪悪感だったのですね。
私は突然父が亡くなった時11歳でしたが、
父が亡くなって一番最初に感じたほっとした気持ちを
周りの人に隠したくて泣いたこと(悲しんで見せてたこと)、
その演技が罪悪感として残りました。

その罪悪感は、私に人としての底を見せました。
そんな体験が強固な自我形成に繋がったのだなぁと、
今なら解ります(笑)

親の死を悲しめる人は幸いです。
親の死を悲しめない人も幸いです。

父はずっ~と私を愛していた。私もずっ~と父を愛していた。
現れは現れでしかなく、それが教えてくれたのは、
現れの源にある変わることのない愛だったから。

人其々が持つ物語が、やはりとても愛おしく感じられます。
阿部さん、優。さん、ありがとうございます(^^)
Posted by 真在(まある) at 2012年08月05日 00:36
まあるさんへ

なんか、せつなくて、涙がでます。

癒しに包まれますように。
Posted by ブルー at 2012年08月05日 01:05
白い花 さん


わたしは、癌ではありませんが、
12年前に難病に罹り、医者に完治は不可能と言われました。
それから、西洋医学での治療が始まりましたが、
医者の言う通り、病状は悪化していく一途でした。

そんな状態でしたが、8年前にマクロビオティックという食事療法(厳密には、食事療法ではありませんが)に出会い、素直に実践した結果、
その後、奇跡的に健康を取り戻すことが出来、
病だったことがまるで嘘だったかのように、今は元気に暮らしています。

今、癌の進行で苦しんでいらっしゃる白い花さんに、
このようなことを書くのは、酷かと思いましたが、
このようなケースもある、ということで己の体験を書かせてもらいました。
(ご気分を害されたら、大変申し訳ありません)

癌や多くの病気が、自分が食べた食べ物によって引き起こされている、などとは、夢にも思わないのは、当然だと思いますが、
わたしを含め、わたしの周りには、食事の内容を変えたことで、
癌や難病と言われる病や生活習慣病、精神的な病などを克服し、
元の健康な体を取り戻し、元気に生き生きと生きている人は沢山います。

そんな馬鹿なと思われる人は多いかと思いますが、
これは、紛れもない事実であり、真理である、と
わたしは、自分の体験を通して、断言できます。

食事とは、ただ食べ物を食べることではありません。
体に宇宙のエネルギーを食べ物という形で取り入れ、
体内で消化器官を使って燃焼し、生命活動を維持するためのエネルギーに変換し、
それにより、わたし達は、この地球で生きて行くことが出来るのです。
ですから、宇宙の理(ことわり)を知らずに、そのエネルギーを誤った形で、取り入れていると、
その不均衡は、やがて病となって、表面化してきます。

死は、現実であり、誰も死を避けることはできませんが、
病によって死を、また苦しみを招いた、ことを悔い、悲しんでいらっしゃるのなら、
病は、むしろ、宇宙の真理に目覚める気付きへのチャンスであり、
わたし達人間が、いかに宇宙の理(ことわり)によって生かされ、
その宇宙の理そのものを体現しているか、
を実感できる好機と捉えることは、可能かと思います。

白い花さんの苦しみの前では、こんなことを書いても何の効力もないかもしれませんが、
宇宙の真理をお伝えしたいという純粋な気持ちから、
反発覚悟で、以下の文を引用させて頂くことをお許し下さい。

(「いまここ」と関係ない内容で申し訳ありません。不適切でしたら、削除して下さい)

『健康とは、動的で絶えず変化し続ける過程であり、1か所にとどまることもなければ、健康と病気を分け隔てる境界線があるわけでもない。一見健康そうで、病にもかかわらず、エネルギーに満ちあふれているように見受けられる人の多くが、やがて病気になっていくのは、食事・環境・生活法に注意を払わないことが原因である。その一方で、さまざまな症状が見られ、しばしば病気にかかって、活力に欠ける人が、次第に健康を享受する方向に向かうのは、自らの食事法に気を配り、環境との調和と心がけ、生活様式を修正したためである。完璧な健康状態というものは存在せず、ただ、絶え間なく変化し続ける状態や完璧に適応している状態があるにすぎない。
「いつになったら健康を享受できるであろうか」という問いに対する答えは、心底から変化を願って、巨視的生命観(マクロバイオス)に目覚めるならば、まさに今この瞬間において、すでに健康な状態にあるということになろう。自らの病気に責任を取って、直面した困難を引き受け、犯した過ちを認めるなら、たちまちにして自然の秩序が取り戻される。次第に直観力もとぎすまされてくる。中でも食事法の変更によって、健康状態は、次第に改善されていく。むろん、肉体的・感情的・スピリチュアルな状態を根底からすっかり変容させるには、数か月から数年の年月を要するものであるが、変化を遂げる防げとなっていた過去への執着から解放されたおかげで、今この瞬間という現在に存分に適応することができる。陰陽両極を自らの羅針盤と定めるなら、無限なる健康・幸福・平和という果てしない夢を実現していくことができるのである。』

(THE マクロビオティック:久司道夫)

白い花さんの苦しみが、少しでも和らぎ、
生き、生かされている実感と共に、
愛と感謝と安らぎの気持ちが、共にありますように。

少しでもお気持ちが晴れますように、祈ります。

(マクロビオティックの他に、「ゲルソン療法」という食事法で、癌を克服している方々もいます。少しでもご参考になれば、と思い、書かせて頂きました)
Posted by ニュートリノ at 2012年08月05日 01:15
           ^^*みなさんのやさしさが・・・・。うれしい。

       白い花さん・・・みなさん^^*

  嬉しくて・・・なんて書こうと想ったのか・・・・忘れちゃいました。


       アーサーさんIZのように・・・私も。 

  とんちんかんでごめんなさい。・・・皆さんのコメント・・・あったかさに・・。

 
            涙があふれちゃいました。



久々のコメントで・・・私だけが皆さんのお名前を知っている・・・・だけなのに。

思いっきり、みなさんの事近くに感じて。失礼しました。でも、嬉しかった。


             ありがとう御座いました。
   
Posted by ^^☆ at 2012年08月05日 01:39
白花さんへ

痛くて苦しい治療で大変だと思いますm(__)m

祖父もガンで亡くなくなりました。

あの頃は告知しない時代で祖父には「治るから」と顔で笑って心で泣いていました。
熱が出て心配して医者に聞くと、「生きよう」としている、その言葉で号泣しました。
最後は悟ったのか…医者や周りの人にお礼を言って亡くなったそうです。

未だに、残された時間を言えばよかったのか?何か片付けたい事があったのではないか、伝えたい言葉があったのではないか?旅立った今でも引っかかっています。

どんな形でも生きてる存在感のあるなしは、天地の差もあります。

誰でも尊い存在だと忘れないで下さい。

心にわだかまりなく平穏な日々を過ごせますように祈っています。m(__)m
Posted by ブルー at 2012年08月05日 01:47
ウチは私が高1の時だから22年前かな~。

遺体の前で祭壇の斜め上あたりの天井付近を眺めました。
なにか、居るような気がして。(遺体は目の前ですがね)

そうすると「キーーン」と甲高い音が一つ聞こえました。
私は振り返り、親戚のおばさんに「聞こえました?」と聞くと、頷いていました。

(ああ、往ったのかな)と想いました。

亡くなる前から、何の本を読んだんだか、「墓参りには来なくて良い」「そんな所に俺は居ないから」なんて、「千の風になって」みたいな事をほざいていました。

亡くなる少し前、いつものように深夜叩き起こされて晩酌していると(未成年で飲んでたな!とか、突っ込まないようヨロ。家族で付き合っていたのは私だけ。)
「俺が死んだら、必ず何か(霊現象だろうね)やってやるからな!?」と言っておりました。

自分で言った約束は守ったようです。

・・・

私はほとんど泣かなかったな。兄貴には「薄情だな」と言われましたが、出んモノは出ん。
遺骨を持って(帰ってきたよ。と)家の敷居を跨ぐ時。
号泣している近所のおばさんに釣られて涙ぐんでいましたが、それっきりでした。

生前「死ぬのは怖くねぇ」「好きなことやって死ぬ」と医者に止められていた酒は最後まで止めず。
いつ死んでもおかしくは無かっただけに、恐れていなかっただけに、悲しいことでも無かったんでしょう。

「本人の意思のままに逝った」んですから。
Posted by at 2012年08月05日 02:52
白い花さん★

2004年からご病気の手術や治療を頑張ってこられているのですね…。

頑張るのも疲れますよね。

私の両親は2000年の7月と11月にこの世を去りました。二人とも癌でした。

その時の体験がキッカケで、私はその後癌の患者様と共にいさせて頂く機会を多く持つようになり、何人もの方の心の動きや生きざまを見せて頂きました。

「生きてる意味ってあるのかな」とご自身の存在がすでに価値のないもののように、家族に迷惑をかけるだけの存在のように考えていらっしゃる方もたくさんいました。

私自身は体験がないので、その辛さはわかりませんが、両親やその他の患者様のご様子から、治療の辛さは肌で感じていました。

>やっぱり色んな思いが常に交差し涙が出ます。

色々な思いが交差してしまいますよね…。

>早く終わってしまいたい気持ちと、ずっとずっとこのままいたい気持ちと

本当に複雑な思いでしょうね…。

解放されたい気持ちと、このままでいたい気持ち…

私としましては、どんな状況であっても“いまここ”に生きていて頂けたらというのが、勝手な希望です。

私の母には本当のことを告げてあげれず、母の好きなように残りの時間を過ごさせてあげれなかった。

私自身、サヨナラしなきゃいけない悲しさ辛さにばかりとらわれ、残された貴重な時間をどうしてもっと楽しく良い時にすることができなかったのだろうと後悔しました。

お別れしなきゃいけないのは今日か明日かとビクビクしていたんです。

白い花さんは、この世で残されている時間が限られているとしたら、どのように過ごしたいですか?

私は両親とお別れした後、姿は見えなくてもちゃんと近くに存在していることを確信しました(存在を感じました)。

なので私自身はこの世を去ることは全く怖くなくなり、むしろその後得た知識で愛の源に帰っていくのだから苦痛もなにもなく、愛に包まれ至福なんだろうなと思っていました。

さらに、阿部さんや黒斎さんのおかげでその考えに確信を得ました。

私にはそういう体験があったからこそ、そのように思えるのであって

白い花さんにとっては、ご自身で体験されていることやご自身で納得されることが全てですので

ただただ

白い花さんの心に平安がもたらされることを祈るしか出来ませんが…

白い花さんが祝福された存在だということだけは忘れないで下さい。

大切な白い花さんだということを…
Posted by ミルキー☆ at 2012年08月05日 03:47
メッセージを書いて下さった皆様へ
心から感謝いたします。

又、今日という日の朝を迎えました。
朝は、素晴らしいです。
体中が痛いけど---私は、まだ働いています。
こんな病人の私が働く場所は「禅寺」です。
週に三回通っています。

山門をくぐると本堂があり、須弥台の上にお釈迦様が祭られています。
どの場所からも中心は変わることなく絶対的なお姿でお釈迦様は座っておられます。

そして「静まっています」完璧です。

私の心は「静まり」とは、かけはなれています。そのギャップで又、苦しいー
だけど生きるということは「そうゆうもの」なんだと思います。

腐るほど精神世界のブログ読んできました。
なかなかしっくりするものはありませんでしたが「いまここ」は、深い所へ連れて行ってくれました。
この場所を通過していく皆様の未来が良きものでありますように---願っています。
阿倍さん、書き続けてくださいね。
Posted by 白い花 at 2012年08月05日 07:36
阿部さん、皆様、おはようございます

この場をお借りして、絵本を紹介させてください。

「はっぱのフレディ」
「だいじょうぶだよ ぞうさん」(息子さんを亡くされた柳田邦男さんの翻訳絵本)
「タギーへの手紙」(脳腫瘍を患った9歳の男の子からの「いのちって何? ぼくは、どうして死ぬの?」という質問の手紙に答えたエリザベス・キュプラ・ロス博士のお返事)
「ミルトンズ シークレット」(エックハルト・トールさん作)

私は、多少絵本に関わる仕事をしています。

絵本だと、スピ系苦手な大人でも、すんなり内容を受け入れてくれます。


阿部さんも、そろそろ、絵本作家デビューはいかがでしょうか^^
阿部さんの絵本が、全国の学校や図書館におかれたら嬉しいです^^
Posted by ショコラ at 2012年08月05日 07:50
教えてください。


沖縄は暴風警報が出てますが

フォローアップは予定通りあるんでしょうか?
Posted by @沖縄 at 2012年08月05日 08:48
「生きるとは、そういうものだと思います」。

重みを感じました。ありがとうございます。

余談ですが、雲黒斎さんのブログもぜひとも、ご覧あれ。

私は黒斎さんのブログから阿部さんのブログも覗かせてもらってますf^_^;

(向こうはハード・こちらはソフト的です)

過去のブログからウロコポロがあるかもしれませんのでぜひ。

(阿部さん、黒斎さんとは同志なのでオッケーですね~)
Posted by ブルー at 2012年08月05日 08:52
阿部さんこんにちは!

お父さんが亡くなったのはもしかしたら阿部さんに何かをつたえたかったのかもしれませんね。
Posted by サラ at 2012年08月05日 09:15
それぞれの、宇宙の、物語。

一人一人が大切な大切な、人生という旅を歩いている。

阿部さんの物語、とても励みになります。
Posted by オンプ♪ちゃん at 2012年08月05日 09:18
おはようございます。

私の父は去年長い闘病生活を経て、亡くなりました。
何度も危険なときはあったのに生き延びてきて、
亡くなるときは、なんともあっけなく亡くなりました。

亡くなった父の顔を見て、気がつきました。
父は納得していると。。
まるで全てを悟り、亡くなったかのような顔でした。
そして、自分で亡くなる時期を決めたかのような亡くなり方でした。
その後の葬儀などは全て順調に決まり、当日もお天気もよく、
あぁ、父が微笑んでいるなぁと感じました。

父は家族を家族を愛したくて、でも出来なくて・・
それでも最後に亡くなり方で家族に愛することができて、
今、とても満足して幸せそうにしている。
そんな父を今、感じます。
私だけじゃなく、母・姉も同じようなことを言っています。

だから葬式のときは家族から悲しみの涙はなかったです。
笑顔で父を見送りました。

それにしても、未だに父が亡くなったという実感があまりありません。
どこかの病院に入院しているような感覚もあります。
寂しがり屋の父だったので、こんな感じで父を感じているのもありかな?(笑)とも思っています。

昨日の講演会、とてもよかったです♪
ありがとうございました。

阿部さんが黒斎さんを見つめる目は、とても優しいですね。
仲のよい兄弟を見ているようでした♪
今日は名古屋ですね。
フェイスブックに写真があがるかな?楽しみです☆
Posted by いぬ at 2012年08月05日 10:34
誰かが亡くなり、誰かが生まれる。
この世のものは、すべては生まれ、破れ、消えていくと言われます。
嬉しいことも、悲しいことも、ただただ、嬉しくて悲しいと、反応があるだけと言われます。

大丈夫、愛からすべては生まれては消えているだけ。
大丈夫、愛が私たちの生まれ故郷だから。
大丈夫、愛とは、私たちの意識のことだから。
大丈夫、誰でも、自分の番がくるという思いこみがあるだけ。
大丈夫、恐怖も怒りも愛から来ているものだから。
大丈夫、私たちは、全員、考えられないくらいたくさんの愛の中にいて、意識そのものが愛で出来ています。
大丈夫、神のご加護とは、あなたのやさしい気持ちに宿っているものだから。

私は、あなたを愛しています。
Posted by nori at 2012年08月05日 11:03
白い花さんへ

わが社のH市営業所長が数年前、癌で胃を全部摘出しました。その後抗がん剤治療を続けていましたが、その数ヵ月後、首のリンパ腺に転移しました。これは現代医学の常識では絶望的な状態だそうで、本人も家族も担当医もほとんど諦めていたそうです。

私は、彼が自分亡き後の仕事の善後策をこうじる為に本社に出張して来た時にこの話を聞きましたので、あるアイテムをプレゼントしました。それはコピー用紙にプリントアウトした、ある「手形」の画像です。

彼自身も諦めていましたので、なんということもなく受け取って帰って行きました。その晩寝る時にその手形を首のグリグリがあるところに当てて寝たところ、翌朝そのグリグリがかき消すように無くなっていたそうです。

その後抗がん剤の投薬を続けながら、毎月の定期検診を受けていましたが、それ以後ずっと検査数値は健康者と変わらなかったそうです。そしていよいよ抗がん剤も卒業という時、H市民病院の外科副部長でもあるその担当医の言ったことは、「○○さん、これは奇跡ですよ!」だったそうです。彼は、その病院ではお医者さんも看護師さんも知らない人はないという、有名人になったそうです。

ベンジャミン・クレーム氏によりますと、スペインのバルセロナのある農家の洗面所の鏡の中に、突然、キリスト・マイトレーヤの手形の画像が、それも3Dの立体画像が現れたそうです。これだけでも奇跡現象といわれてもいいものなのですが、それを写真に撮ってプリントアウトしたものに奇跡的治癒効果もあったということです(長くなりますので詳しい説明は省略致しますが、現在のキリストの個人名は“マイトレーヤ”で“イエス”は実はキリスト・マイトレーヤの弟子でした)。

詳しくは次のサイトの http://sharejapan.org/signs/si_02.html 「世界中に溢れる“徴”―わたしの助けはいつでもあなたがたの意のままである」の項目をご覧ください。 

私はここにある画像をパソコンに取り込んで、色々な大きさに加工して保存しています。クレーム氏によりますと、これをプリントアウトしたものでもコピー(白黒でも)したものでも、また現物がなくても、心にイメージしただけでもすべて同じ効果があるということだそうです。もちろん無料です。要るのはコピー代金くらいですね。

またクレーム氏によりますと、ブラジルのリオデジャネイロのコルコバードの丘にあるキリスト像、京都太秦の広隆寺及び奈良の中宮寺(法隆寺のすぐそばにあります)にある弥勒菩薩像からは、常時マイトレーヤの祝福のエネルギーが流出しているそうです。ちなみに“弥勒”とは、サンスクリット語の“マイトレーヤ”の中国語の音写だそうです。

よく家内と両寺の参拝に行きます。私は、エネルギーは全くといっていいほど感じないタイプですが反対に家内は非常に敏感なタイプです。以前に中宮寺に行った時も二人で像の前でじっと座っていたのですが、彼女は像の方からエネルギーが“ぶわん、ぶわん”と来ると言います。私は例によってさっぱりなんにも感じません。当時彼女は膝の半月板の具合が悪く、痛くてまともには歩けなかったのですが、20分ほどして退席して外に出たところ、彼女の膝の痛みはうそのように消え、普通に歩いて帰ることが出来たことでした。(あと京都南禅寺の山門にはヒーリングエネルギーが流れているそうです)

白い花さんはどこにお住まいかは存じませんが、もしお近くでしたら一度行かれてみるのもありかも知れませんね。手形の件ですが、もしご希望でしたら、送り先を次のPCメールアドレス宛て連絡していただければ、私の手持ちの現物を郵送させてもらいますが…。 baepb205@jttk.zaq.ne.jp

クレーム氏によりますと、手形の効果はカルマの許す範囲内でかつその人の[信]によると言われています。[信]といいましても信仰心の篤い人とかいうのではなくて、心理的な抵抗がないというようなことではないかと思います。誰にでも“自由意思”がありますのでマイトレーヤの祝福といえども拒否することが出来ます。現に件の営業所長氏もこれが効くなんてことは夢にも思っていなかったはずでした。

カルマもそれぞれ個人千差万別ですから、要はやってみなくては分らないということになるのかも知れません。ただ、これは一切無料ですので、たとえ効果の程が芳しく無かったとしても、ダメ元ということでご了承のほどお願い致します、ということになると思います。

P.S.闘病中で御大変なところ、変な事を申し上げて申し訳ございませんでした。”変な”内容だということは私自身承知しておりますので、白い花さんにおかれましては全部スルーしていただいても、私の方は一向に構いませんので、どうぞお気遣いございませんように!(笑)削除も承知の上です。長々と失礼いたしました。(汗)
Posted by てなんつ at 2012年08月05日 12:10
noriさん


そうですよね。

よく考えると、死とは、元居たところに戻るだけ?ですものね。

この現象界で肉体を持った存在である間の方が、短いくらいなのですから、
死を恐れたり、悲しんだりは、こちら側の世界から見た時の感情なのでしょうね。

そうは言っても、この世で生きることを愛する魂には、
この世の全てのものとのお別れは、少々寂しい、哀しい、と感じるのは、
人間として当たり前の感情とも言えます。

この世にさよならした後は、源(ソース)に戻り、
「お帰り」と、全なる存在に迎えてもらえることを信じて、
個として、残された人生を精一杯悔いのないように、
最期まで生きたいと思います。

大切なことを思い出させてくれて、ありがとうございます^^
(つい、つい、忘れてしまうんですよね^^;)
Posted by ニュートリノ at 2012年08月05日 12:13
泣いています。

母も、祖母が亡くなった時
「おかあちゃん、おかあちゃん」って呼んでいたなぁ
って思い出しました。

続き、すごく楽しみです。
Posted by さや at 2012年08月05日 12:15
白い花さんへ。

貴方は今、好きなこと、やりたいことを出来てますか?

あなたの痛み、苦しみが、和らぐことを願います。
Posted by みどり at 2012年08月05日 17:26
ニュートリノさん

ありがとうございます^^
ニュートリノさんが、仰る通りだと思います。

言葉で伝えるとは難しいものですが、、、
生滅変化の一形態が生であり、死だと言われます。

道元さんの言葉を紹介します。
薪は薪として、灰は灰として存在しているだけだと言われます。
目には、薪が燃えた結果として灰があるように見えてしまいますが。
冬は冬としてあり、「冬が春となると言わない」とも言われます。

ニュートリノさんが仰る静けさ、その静けさもおこすわけではなく、起こるのでしょう。
全ては起こっている、ハプニングです。人生に意味がないとはそのことでしょう。運命だと言ってしまえば簡単かもしれません^^
運命や出来事、現象を起こす「もと」があるとしたら、それは何から理解できるでしょうか?
ニュートリノさんの持つ理解を、意識を通さないで、わかるものでしょうか?
私にとって、ニュートリノさんの意識は、何よりも大事なものに思えます。
Posted by nori at 2012年08月05日 18:30
優。さんの壮絶な体験、、
常に光を発する優。さんに、そのようなことがあったのですね。。
怪物を呑み込み、光に昇華出来たのは、優。さんだからですね。
素晴らしいです。
Posted by nori at 2012年08月05日 19:05
甲賀忍者さん
ショコラさん
ラブ∞マヨさん
ニュートリノさん
真在さん
noriさん



皆さん、あたたか〜い、あたたか〜いコメントありがとうございます



何ひとつ欠けることなく、いまここに同時に完全完璧にひとつとして存在するありとあらゆる現象、起こる奇跡に感謝します



ありがとうございます(^O^)/。
Posted by 優。 at 2012年08月05日 22:53
優。さん


遅ればせながら・・・(笑)


ハグ・ハグ♪


おやすみなさ~い^^
Posted by 雪光(ゆきひかり) at 2012年08月06日 00:57
雪光(ゆきひかり)さん



おぉー雪光さん



ありがとう(^O^)/。
Posted by 優。 at 2012年08月06日 01:23
おはようございます(^-^)

優。さん

「。」を付けるのを忘れていました。ごめんなさいm(_ _)m

いろいろあって、愛を知る。人間だもんね。私もハグハグ
Posted by ラブ∞マヨ at 2012年08月06日 10:23
ラブ∞マヨさん



「。」は全然大丈夫ですよー


でも、わざわざありがとうございます(^O^)/



ラブ∞マヨさんと雪光さんのハグ・ハグ♪で思い出したのですが、RADWIMPSと言うミュージシャンのオーダーメイドって曲の歌詞おすすめです



よければどうぞ^^*。
Posted by 優。 at 2012年08月06日 14:34
優。さん


さっそくYoutubeでオーダーメイド視聴しました。


・・・これはヤバいですよ~もう、いきなり泣けました。
オプション付けてきてよかったですぅ・・・しょっぱいの(笑)
また塩分補給しなくては(笑)


歌詞もいいですが、曲もいいですね!


やっぱり、音楽は歌詞とメロディーと歌う人と・・色々が調和することによって、その相乗効果で素晴らしく感動的なものになりますね。
私達人間も、一人の人間の中でも、人と人との関係でもそうですよね。


この曲、好きです~♪


これは、何回も聴いちゃうと思います!


やっぱり、ハグ・ハグ♪をはじめ、スキンシップはいいよね(笑)
ちょっと肩に手を添えるとか、手と手が触れ合うとか、ちょっとしたことでも言葉を超えて一気に心の壁を解きほぐすような気がするのです^^


ハートに響く、いい曲と出会えて嬉しいです^^
優。さんステキな曲の紹介ありがとう♪
Posted by 雪光(ゆきひかり) at 2012年08月06日 16:30
優。さん 雪光さん

ハグ♡ していますね!(笑)

山口のお元気クリニックの岡原仁志医師とか日本ハグ協会とか、
ハグ普及活動は秘かに?進んでいますね(^^)

優。さんと雪光さんの交流から、久々にハグの動画が見たくなって
ユーチューブでフリーハグの動画を二つ見ました(^^)v
一つ目は昔見たもので、懐かしいかったです。

FREE HUGS in JAPAN
FREE HUGS by 4 JAPANESE STUDENTS

ミスチルのBGMもしみる~♪

ハグする時、両手を広げて、みんな笑顔なのがいい!
ハグ大好き\(^o^)/
Posted by 真在(まある) at 2012年08月06日 20:33
今日、不思議なことがありました。

仕事場で、仕事を始める準備をしていたら、
「チリリリ~♪チリリリ~♪・・・」と聞きなれない音が。。。
誰かの携帯の音?
って、周りに誰もいなし・・・?

私は携帯を持っていますが、
全て無音設定にしているのです。
だから、「チリリリ~♪」なんて、私の携帯から聞こえるはずがないし、
今まで聞いたこともないです。

でも、まさか・・・私の携帯?
って、携帯を取ったら、私の携帯から音が鳴っていました!!
画面は見慣れない画面で「お知らせ・・」ってテロップが流れていました。
その画面を見て、ボタンをひとつ押したら音が鳴り止みました。
仕事中なのでひとまず携帯をしまいました。

そこで、ふと今日って何日だっけ?
8月6日・・・
あぁ・・!去年なくなった父の誕生日だ!!
まさか、父が???
そのときに、父が元気そうに幸せそうに暮らしている姿が思い浮かびました。

休憩時間に携帯をあれこれいじってみましたが、
その「お知らせ・・」っていうのが、なんだかわかりません。
やっぱり父が・・・(笑)

生きているときは、冗談なんてのも忘れていた父ですが、
どうも今は冗談ってのもできるようになったみたいです(笑)
なんか今の父は、いい感じなんだなぁと感じました。
Posted by いぬ at 2012年08月06日 23:03
真在(まある)さん
雪光さん



ハグ・ハグ〜♪



ありがとう(^O^)/。
Posted by 優。 at 2012年08月07日 00:45
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