精子と宇宙の計画

Toshiro Abe

2011年09月23日 08:50

もしあなたの曽祖父が曾祖母と出会わなければ、あなたはいない。

そのまたお祖父ちゃんが、特定の日に運命の女性とS○X(ソックスじゃない)しなければ、あなたはいない。

何かがほんの少し違うだけで、全てが変わってくる。



そしていま僕たちは知っている。

この世に偶然はなく、起きることが起きてきたと。


僕はある時、道を歩いていてふと、街路樹の葉がどのタイミングで、どんな舞を見せながら、どのポイントに落ちるのかも、あらかじめ全部決まっていたと直観した。

当然、数億の精子の中の、どの精子が最終地点にたどり着くのかも決まっている。

あなたという存在も、気まぐれな精子による偶然の結果などではなく、宇宙の完全な計画の中で起きている現象だ。



すべてが偶然の結果だと考える人は、無数の精子の中で生存競争に勝ち、一番早く卵子にたどり着く選ばれし種が、新しい肉体の基になると言う。

体力があり、健康に優れた1匹を選ぶために、過酷なサバイバルレースが繰り広げられると言う。

適者生存、競争原理、弱肉強食などの、進化論の考え方がベースになっている。


しかし、本当にそうだろうか。

もし受胎する精子が決められているとしたら、他の精子は形式上の競争をするために存在するのだろうか。

いいや、そうではない。

もっと違う存在理由があるはずだ。

おそらく他の無数の精子は、最初から選ばれている一匹の精子を守り、目的地へと無事に送り届けるために存在している。

そして新しい受胎を起こすためには、全ての精子が必要なのだ。


僕たちはわずか数百年前に編み出された進化論によって、競争社会や、優劣、適者生存という考えを受け入れてきた。

それが資本主義社会の基盤哲学になってきた。

しかしその結果、人々の心は荒廃し、分離は進み、周りはみんな敵になってしまった。


本当は、一見ライバルのように見える相手も、対立する敵ではなく、お互いを切磋琢磨するために配置された掛け替えのない存在なのだ。

同様に、自分の心を傷つけた相手も含め、幾多の人生で出会う全ての人たちは、最終的な魂の受胎(神との合一)になくてはならない人なのだ。

現象界で言うならば、社会で突出した功績を収め、大きな社会貢献をする人生があったとしても、その背後に一見無価値な多くの人生があるからこその偉業なのだ。

それは一人ではなく、全体が作り出している。


誰一人不要な人はいない。

全ての人は、意識的に、そして無意識に、お互いを支えあいながら、影響を与えあいながら、壮大な宇宙のタペストリー(織物)を作り出している全体のパーツなのだ。

もし、自信を無くしてくじけそうになったら、今日の話を思い出してほしい。





最後に、この歌をあたなに。


♪もし自信を無くして、くじけそうになったら、いいことだけいいことだけ思い出せ。

アンパンマンたいそう