車輪の真ん中 2

Toshiro Abe

2019年08月15日 09:28

来てくれてありがとう。








今日も、中心にまつわる話をしましょう。


この世にはいくつかのタイプの人たちがいます。


政治家タイプや、彼らの支持者、あるいは何かの運動家など、彼らは社会や世界を変えることに生きがいを感じます。

いまのままではいけない。

国も政治も構造も、とにかく変えなければならないというわけです。


しかし全ては自ずと変わっています。

変わらないものは何もありません。




もう一つのタイプは、変えようとせず、変わることに抵抗もせず、ただ変化と共に生きていきます。


このタイプはさらに二種類に分かれます。


一つは自分と関わるタイプ。


社会や世界を変えようとする必要はないけれど、自分自身のことは改善していく必要がある。

人は己の成長にこそ責任を持たなければならない。

世界や周辺のことに関わる者たちは、そうやって自分から逃げているだけだと言います。


まさしくその通り。

社会問題に関わる人は、それによって自分の問題から逃げられることを知っています。





しかしここに、もう一つのタイプがいます。


それは世界も自分も両方共に変えようとせず、ただあるがままの変化に寛ぐ生き方です。


世界を変える必要も、自分を変える必要もありません。

変化は刻一刻と起きています。


関わる必要はないし、ただ変化を認めてその変化に身を任せていればいい。

このような心境に至ったとき、人は初めて寛ぎます。


そして、そうやって手放しになった時に見えてくるのが中心です。

あなたが変化と一つになることで、変化していない不動の一点が見えてくるのです。



自分や世界を変えようとしているうちは決して見えてきません。

自分自身が動いてしまっているので、中心を見つけることなど不可能です。


そうやって彼らは本質的でないところに人生を懸け、やがては消耗していくのです。



一方で存在の中心を見出した者は、その中心と共に安らぎを得るようになります。


そして不死の何たるかを知るのです。


それが永遠という言葉の意味することです。






今日はこんなところで。




いつもありがとう。