2019年01月23日

違う世界の住人達

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さてこんなことを感じてみてください。

人は自分の周りにいつも夢を漂わせているということ。

いつだってあるがままを見ているのではなく自分の夢をフィルターにして物事を見ています。


例えば僕が何かを話したとしても、聞く側は話をそのまま聞くのではなく、自分の解釈を挟みながら聞きます。

要するに、僕に耳を傾けているのではなく、自分に耳を傾けているわけです。


絶えずこういうことが起きています。

これを読んでいるいまも、考えながら、判断しながら読んでいるかもしれません。




ここで言う夢というのは、その人のマインドが作り出している全世界のことです。

人生、自分、社会、他者、それらに対して持っている独自の価値観が、その人の周りに固有の夢(世界)を作り出しています。

100人いれば100個の夢(世界)があり、それは全く違う世界なのですが、お互いに様子を探りながら何とか折り合いをつけているのです。


僕は、人間はよくやっていると思います。

誰もが自己を中心としていますが、その一方で協調しようという力も使っています。

だからこうして基本的な社会秩序が保たれているわけです。




それでも時には、なぜあの人はあんな考え方をするのか理解不能なことも起きます。

違う世界に住んでいるのだから、当たり前のことではありますが。





自分と同じ世界を生きていると思うから腹も立つわけで、違う世界の中で違う解釈を生きてると思えば納得がいきます。

このことを知っていれば、他者に対して過剰な期待を持たなくなりますし、大抵の事は許せるようになります。



お互いに相手は自分と違う世界を生きているのだということを忘れなければ、よりよい人間関係が作れると思います。


今日あなたが語る言葉のすべては、そのまま人に伝わるのではなく、その人の夢(世界)を通して伝わるのだということを覚えておきましょう。




ま、仲良くやりましょうね(^^)





仲良きことは美しきかな












Posted by Toshiro Abe at 09:05│Comments(6)
この記事へのコメント
価値観の違う意地悪なその人たちのフィルターを通して伝わる…
自分と同じだと思うから辛いんですね。嫌な奴に同調してるから辛いのか…
ステージが違うと思えば腹の虫が収まる?
う〜〜ん、割り切れないのですが…
Posted by 鈴 at 2019年01月23日 09:31
頭の中の想念は人それぞれ違います。

想念の背後にある静寂はみな同じです。

「頭の中の想念が自分だ」と感じるほど
人と頭でぶつかり合うことになります( `ー´)ノ

「静寂が自分だ」と感じるほど
人と心で調和することになります←(*´▽`*)→

自分の心を静かにして安定させるほど
人の心と調和できるようになります。

←(*´▽`*)→←(*´▽`*)→←(*´▽`*)→
Posted by 大空(おおぞら)大空(おおぞら) at 2019年01月23日 09:32
いつもありがとうございます

なるほど~、といつも思うのですが
私はわかったような気分がしているだけだと思います

だって、すぐに忘れて感情的に一日を過ごしてしまいます

何度も何度もここにきて、読み返して、思い出して・・・

わかったような気分から脱出したいと思います

深呼吸、深呼吸
Posted by さんとる at 2019年01月23日 10:11
しばらく考え腑に落ちました。

この世は仮の宿
ストーリーは私の原作

ありがとうございます。
Posted by 鈴 at 2019年01月23日 10:12
そうなんです。
仕事に対していちいち文句言う人が嫌いでそんな第一印象で判断して冷たい感じしてお喋りでイケスカナイとおもっていたのに
たまたまその人におやつをあげたら、
マクロビ高いおやつを倍返ししてくれて、あれ?もしかしてそんな悪い人じゃないのかなと思いなおしてみたり、表面的な部分で他人と折り合いながら繋がってる感じです。
いいとこあり、悪いとこあり、わたしもそうだから。
色んな世界がありわたしとは別の世界もあり、それぞれがそれからの解釈をして生きてるのは分かります。
わたしが家出してるから半分見下げてやさしくつきあってくれる人もいるし。まあっかあって感じです。
Posted by ダンボール at 2019年01月23日 10:59
>100人いれば100個の夢(世界)があり、それは全く違う世界なのですが、お互いに様子を探りながら何とか折り合いをつけているのです。

"100人いれば100個の夢(常識)があり、~(以下略)"とも言えますよね。
常識というのは、万人共通で不変であるという思い込みが,軋轢を生みます。

常識というのは、あくまで「私は100%こう思っている」に過ぎないので、自分が思う常識を疑ってみるしかありません。
自分の常識を疑わないと、「常識だから当たり前だろ? なぜそれが分からないんだ」とばかりに相手を疑ったり、罵ったりするから世の中(自分の世界)がギスギスします。

勿論、常識は常識として抱えててもいいのですが、その常識とは相反する世界もあることを認め受け入れるかどうかです。
自分の常識が正しいこともあれば、間違っていることもあると認められれば、阿部さんの『お互いに相手は自分と違う世界を生きているのだということ』という言葉がすんなり入ってくると思います。
Posted by 模察模察 at 2019年01月23日 11:14
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