2006年09月17日

かんながら・月光編




記憶が鮮明なうちに書き残しておこう。

事が起きたとき、人はそれを自分なりに解釈し、経験し、意味を見出す。
したがって一つの出来事でも、そこに居合わせた人の数だけ意味と教訓が生まれる。

僕にとって今回の出来事には2つの意味と教訓があった。

ひとつは自分をとりまくあらゆるものへの感謝。
もうひとつは神への信頼、そう信心だ。

そしてそれは同じものの両側面なのかもしれない。



沖縄の放送局から突然メールが届いた一年後、またしても直感が導くままに、家族を連れて沖縄に転居することになった。

その後は今までとは打って変わって、ギターを抱えたライブ活動が生活の主流になっていった。

人口130万あまりの、多くの離島からなる沖縄で、音楽だけで生計を立てるのは至難のわざと考えられたが、どの会場も大入り満員の盛況が続き、奇跡的なスピードでその知名度も上がっていった。

そんなある日の出来事・・・



2004年9月25日 
午前11時

沖縄本島には大型の台風21号が接近していた。

朝から激しい雨が庭の樹木に襲いかかっている。
晴れた日には寝室の窓に広がるエメラルド色の海も、今日はその色を失い荒波がそそり立っている。

ふいに携帯電話が鳴る。
「今日はどうしますか?」
バンドメンバーの声だ。

天気予報を見ても野外ライブができる状態ではない。

「やるよ、今日はやれるから。本当さ、やれるよ」





12日前(9月13日)

その日は沖縄だと言うのに早めの秋の清々しい日差しがベランダに差し込んでいた。
とても気持ちのいい朝だった。


「??!!」
一瞬、時間が止まった。
体が凍りついたかのようにそのまま固まってしまった。

その日は朝から、25日に予定している「くるくま」でのライブ情報をHPに載せるためにパソコンに向かっていたのだが、それが突然、瞬時にしてそこに載せていた一枚の画像が変わってしまったのだ。

突然変わってしまったこと自体初めてのことだが、不思議なのはそれだけではなかった。

もうなくなったはずの画像が出てきたのだ。

しかも出て来た絵は、普通の絵ではなかった。

弁財天やそれをとりまく神々が、雲に乗って地上に降臨しようとしている、とてつもなく光に満ちた絵だ。

そして次の瞬間・・・
・・・あの時の声がした
「アナタヲ 祝福シマス」


「!!!」


(くるくまコンサートは成功する)
静かにそう直感した。


僕の思い過ごしかもしれないけれど、とにかく素晴らしいことが起きたのだから、このことを皆に伝えておこう。
間髪いれずにBBSページに書き込みをした。


2004/09/13 (月) 11:13
「今、とても不思議なことが起こりました。
スケジュールページに、自分の想いを書いていたら、突然写真が変わったのです。
それも変わりようがないものに変わったのです。
でも変わった絵がとても素晴らしく、弁財天を感じました。」

(後にこの現象はサーバーにストックされた多くの過去の素材の中から、何かの拍子で選ばれてしまったと判明するが、それにしても不思議な出来事だった)





9月25日 午後1時

会場に到着。

音響さんがすでに来てくれている。
初めての人だったのでお互い軽く会釈を交わした。

「で、どうします?」

彼が何を言いたいかはすぐにわかった。
今はかろうじて雨が上がっているものの、この先また天気が崩れていくことは明白だった。
約束どおり来てくれはしたが、この天候での野外ライブは常識では考えられない。
中止ですの声を待っているのは当然だった。

「やりますよ」

「え?ここで?それは無理でしょ、バンドの楽器とか・・・」

会場は縄文遺跡のすぐ隣にあった。
石舞台の下には芝生のスペースが広がっている。

しかしこの天候では屋根のない石舞台の上に楽器や機材をセッティングするわけにはいかない。

それに芝生は午前中に降った雨で水浸しになり、とても観客が坐れる状態ではない。


急遽、舞台を変える提案をした。

その芝生の向い側に、縄文遺跡から出土した貝塚や世界各地の化石を納めた大きな倉庫がある。

その軒下は一段高くなっていて屋根もせり出し、ステージには持ってこいだった。

「それではこっちにしましょう」

「ここにしても正面から雨が振り込めば、楽器や機材が水浸しになっちゃいますよ」

「今日はできるような気がするんです。ここでやりましょう。よろしくお願いします」


「・・・・・」

まったく根拠のない意見を突きつけられて、音響さんは少し戸惑っていたようだった。

なんとなく気まずい出会いになった。



その後、照明さんやバンドのメンバー達がぞくぞくと会場入りした。

みんな本当に決行するのか半信半疑の表情だった。

僕がやることしか考えていないのを見て、それならばとセッティングを始めてくれた。

もしこの時点で雨が降っていたら、僕が何を言おうが中止になっていただろう。
機材がずぶぬれになってしまうからだ。

しかしこの時、他の地域では強い雨が降り続いていたにもかかわらず、不思議なことに「くるくま」の上空だけは雨が止んでいた。




午後5時

セッティングが終わりリハーサルをしていると、突然今まで持ちこたえていたものが力尽きたかのようにドシャ降りの雨が会場の広場を襲った。

容赦のない雨足が客席の土を泥に変えていき、PA機材を守る小さなテントが強風に吹き飛ばされそうになった。

台風が近づいているのは誰の目にも明らかだった。

リハーサルを中断し、機材にビニールシートをかぶせ、しばらくは雨が止むのを待つことにした。


しかし一向に雨は降り止まない。
このまま一昼夜降り続きそうな気配だった。

僕は一人で車の中に避難した。


向こうで皆が何やら相談をしている。
何を相談しているかは聞かなくてもわかった。
僕はその場から離れたかったのだ。
それに車のラジオで台風情報や天気予報を聞きたかった。

あいかわらず雨はやむことがなかった。
唯一幸いだったのは、風向きの影響でステージの裏から雨が降りつけ、正面の楽器は強い雨風にもかかわらず、たいした被害が出なかったことだ。

これも風が逆向きであれば、コンサートどころの話ではなかった。
かろうじて運のよさに助けられていた。



しばらくして共演する妻の智子さんが車の助手席に乗ってきた。

「みんなあなたに結論を出して欲しいって言っているわよ」
彼女は昨夜から今日の雨が心配で、あまり眠れなかったようだ。
少し疲れた顔をしている。

「何の結論?」
僕はとぼけて見せた。

「何時の時点で決定するのかって」

「何の決定?」

「中止のよ。これ以上は電気系統の事故が心配だし危険だって」


智子さんも今回のコンサートには特別な想いがあった。

女性として女性のために女性からのメッセージを贈る、そんな役割を担おうとしていた。
今日のコンサートで初めて唄う「月」という歌は、揺れ動く女性の心を歌ったこの日のテーマのような曲で、「くるくま」の幻想的な月の下でこの歌を唄うことが最大の願いだった。

さらに沖縄への感謝を込めて愛と命の歌「童神」も月光の下で歌えればと願っていた。
僕もそんな光景を何度となく想い描いていた。


しかし今夜は月どころではない。
天気予報は最悪の結果だった。
これから先、沖縄本島は暴風域に入り台風は予想より速度を上げて、まっすぐに沖縄に向かっていたのだ。

ラジオからは次々とイベントの中止情報が流れてくる。
屋内開催のイベントまで、台風を考えて早々と中止を決めている。

我々がこれから行うコンサートは野外であり、台風となれば知念半島の海に面した高台にある「くるくま」は最も激しい風に晒される場所だ。

延期という選択もあった。

にもかかわらずここまで今夜の決行を決意させてきたのは他でもない、あの日、突然変わってしまったHPの絵と、同時に聞こえたあの声だ。

「アナタヲ 祝福シマス」

僕は今まで、まったく理にかなわない決断でも、その声の指示どおりに生きてきた。
そして全てうまくいってきた。

しかしこの時ばかりは、確信が揺らぎ始めていた。
事故が起きた時の責任は誰が取るのか。
それにお客さんは来てくれるのか。


雨の中をわざとゆっくり歩いてスタッフ達のいる場所に向かった。
わずかの距離にもかかわらず、髪の毛もジーンズもビショビショになった。

何を言うかは決めていなかった。

ギターのトミーが先に口を開いた。
「僕達は沖縄人(うちなーんちゅ)だからわかるんですけど、この天気はこれ以上悪くなることはあっても、よくなることはないですよ」

他のスタッフが言った
「やめるなら今です。これ以上ひどくなると片付けもできませんから」

その時とっさに僕の口からはとんでもない言葉が飛び出した。
「でも天気予報では雨が上がるって言ってるいるよ。大丈夫みたい」

嘘だった。

皆が動揺しないためには僕が確信を持ち続けるしかない。
その確信の根拠は、極めて個人的で神秘的な体験であり、そんなことで人を納得させられるわけがなかった。

嘘はいずれバレるだろう。
その時はあやまるしかないと思った。





午後6時半(開場30分前)

降ったり止んだりを繰り返していた雨が、ここにきて再び強くなっていた。

ドシャ降りだ。

すでに何台もの観客の車が会場に入ってきている。
でもみんな車から出ることはできない。
ワイパーの向こうからどうしていいかわからない不安そうな顔が覗いている。


そんな一人一人が無性にいとおしくなった。
<ありがとう・・・こんな天気なのにここまで来てくれて・・・>




この日偶然にも「くるくま」ではもう一つのことが行われていた。

数体の仏像が縄文遺跡に設置されたのだ。
雨の中クレーン車が仏像を安置するために働いていた。

気の利いたオーナー社長の計らいで、この日の楽屋には縄文遺跡の竪穴式住居のひとつが充てられていた。

中は近代的に整備され、素敵な居住空間となり、正面には安置されたばかりの美しい釈迦如来坐像がこちらを向いていた。

誰もいない楽屋で間接照明が釈迦像を照らし出していた。
あとまもなくで開場の時間だ。

僕は仏像の前で同じ坐禅の姿勢をとり、ゆっくり呼吸を整えた。
自然に口から般若心経が流れ出た。


<願わくばこの雨を止ませ給え>

ここで雨が止んでくれたら心から感謝します。
もし僕があなたと共に生き、この全ての流れがあなたの流れであるのなら、その証拠を見せてください。

もしコンサートの間中雨を止めてくれたら、今度こそあなたを全面的に信じます。
だからあなたがいる証拠を見せてください。



「証拠を見せろ」
初めて口から出た挑戦的な言葉だった。

証拠はこれまでにもたくさん見せられてきた。
これでもかというくらいにたくさんの奇跡を目の当たりにしてきた。

それなのにそんな言葉が飛び出したのは、心から雨が止んで欲しいと願ったからだ。


しばらくして外に出てみた。
雨はいっこうに収まる気配を見せない。
すでに会場には何十人もの人が椅子を並べ、雨ガッパを羽織り、さらに傘をさしてコンサートの始まりを待っていてくれた。

感動で目頭が熱くなった。

お客さんがこんなにありがたいと思ったことはなかった。

沖縄に来てから50回近くライブコンサートをしてきたが、会場はいつも観客であふれかえり、それが当たり前のようになっていたのだ。

自分の傲慢さを改めて感じた。

<ありがとう・・・ありがとう・・・>
雨に打たれている人たちに心の中で手を合わせた。


もう少しで雨は止む。
止むはずだ・・・

心の中には期待と不安が入り混じっていた。





午後7時(開場時間)

まだ雨はふり続いている。

もう駄目かもしれない。
僕の中に初めて「あきらめ」が顔を出していた。

と同時に若干の怒りと、それに相反する虚脱感のようなものを感じていた。

嵐でコンサートがうまくいかなくなることだけでなく、何日も前から感じていた「祝福」や「啓示」がただの思い込みであったことへの失望感だった。


ステージになる倉庫の後ろは小さな崖のようになっていて、そこからは何一つ視界をさえぎるものがなく、一面に広がる海と神の島「久高島」を望むことができる。

が、今は暗闇の中に白くそそり立つ荒々しい波以外、何も見てとることはできない。

その場所に立って天に向かって顔を上げた。
大粒の雨が顔に襲いかかってきた。

「やっぱり全ては思い込みなんですね。考えてみたら僕の都合で天気が変わるはずなんてない・・・ハハハ・・・とんだヒロイズムだった」


その時だった。
(僕は今、事実だけを正確に振り返りながら書き記しています。人からどう思われるかという恐れを捨てて、僕に起きた事実だけを書いてみます)


その時、
今度は腹の底から鳴り響くような低い声が聞こえた。

「この不信心者め!まだそんなことを言っているのか。この現実は誰が作っていると思っているのだ!」

「!!!」

「今夜の出来事をしかと見とどけるがいい!」

「!!!」


・ ・・・・・・・・・


腹が決まった。
これではっきりとする。

もしこの後、コンサートの最中だけ雨が止めば(それは非常に考えにくいことだったが)一連の出来事や啓示は僕の思い込みではなく、確かな現実として受け止めることができる。

もしこのまま雨が降り続けば、全ては僕のイマジネーションであり、それはそれですっきりする。
神と共に生きてきたつもりの人生観を、もう一度見直すいい機会だ。

いずれにしてもコンサートは決行だ。

音響や照明のスタッフ、そしてバンドのメンバー達は、度重なる風雨にあおられる中、様々な困難を克服しながら、なんとかここまで踏ん張ってくれていた。

そんな彼らにはっきりと伝えた。

「このまま決行します」

「はい」
笑顔で即答してくれたスタッフ達。
涙が出そうなほど嬉しかった。



その2へ続く



この記事へのトラックバックURL

http://abetoshiro.ti-da.net/t1023433
この記事へのコメント
初めまして~♪
沖縄生まれ、横浜育ちの檸檬です。
宜しくお願い致します。

沖縄を愛して下さって、ありがとうございます。
奥様の経営されている 母屋 の近くに父方の叔母が住んでいますので次回沖縄へ行った時には是非寄らせて頂きたいと思います。
無農薬とか作る方も大変興味あります!ここ塾も是非参加させて下さい。
沖縄へ行く楽しみが2つも増えて嬉しいです♪

ブログのつづきも大変楽しみです。

追伸;ブログ内の顔写真は大変イイお顔をさせています。
生き方ってお顔に出るんですね。
私も倣いたいと思います♪
Posted by 檸檬 at 2006年09月17日 14:12
はい、実は私もあの日「くるくま」にいました。ただ ただ 阿部さんの声が 聴きたい!それだけの理由で、どこをどう行って あの場所にたどり着いたのかもよく覚えていませんが…行ってみたら今までに味わった事のない とても気持の良い空間でした。そしてその空間で私たちが観たものは まんまるいお月さん‥ありえない!‥でも雲の合間にしっかりと見えました。そして、密かに海に向かい 気持良さそうに両手を広げる阿部さん…あの日私達は宇宙からの「祝福」を受けたのですね、これは とても光栄なことです。神様、ありがとう!不思議な事に阿部さんと出会ってから 私も次から次にいろんな良い事が起こるんです…
Posted by まりあ at 2006年09月17日 14:40
阿部さん、奇跡のくるくまライブ!!

くるくまライブは私たち夫婦が奇跡にたちあった場所です
もう2ヵ年になりますね、3時過ぎに家をでてくるくまに着く

あいだ凄い豪雨で、もちろん暴風域ですラジオからはかく
イベントの中止や延期の放送がながれていて、いつライブ

の中止がながれるか注意ぶかく聞いていました。
泊まる覚悟で弁当を買って・・4時過ぎに会場につきました

阿部さんと合ったら決行しますとの返事でした。
ライブに参加する、ファンもこんな台風の中来るひともすごい

みんな絶対に雨が止むと信じていたと思います、それも8割
近く女性でした、女性パワーはすごい!!
私達、 中国旅行キャンセルされたおかげでクルクマライブに参加
   した阿部さん大好き夫婦です
Posted by ピー at 2006年09月17日 16:34
> 檸檬さん
そうですか、きっと会えるときがきますね。
沖縄は本当にいい所です。

>まりあさん
経験した内容は話せても、感じた事をそのまま言葉にできないのが残念ですよね。それはあの時いた人達の共通の思いだと思います。

>ピーちゃん
あの日、ドシャ降りの雨のムコウから、ワイパーを最速にしたフロントガラスの奥に、ピーちゃん達ご夫妻の不安げな顔が見えたことを、すごく印象的に覚えてます。
ピーちゃんからはいつも大人の優しさと奥ゆかしさを感じてます。
ありがとう!
Posted by 阿部敏郎 at 2006年09月18日 16:08
※このエントリーではブログ管理者の設定により、ブログ管理者に承認されるまでコメントは反映されません