2024年03月19日

幸せのありか

自分の人生を振り返ってみると、ドラマチックで変化にとんだストーリーでした。

だからこそ気づいたことが沢山あります。


明日の生活を心配するくらい経済的に困窮した頃もあったし、願いが全部叶って好き放題の時期もあったし、まさに波乱万丈。

それが良かったのは、「どちらも同じだ」と経験的に知ったからです。


お金の苦労をしている人は、お金さえ手に入れば幸せになれると思うし、他の問題を抱えている人は、その問題さえ解決すれば幸せになれると信じます。

確かに状況が改善されると快適だし、お金があると便利ではあります。

でもそうなったところで相変わらず「いま」があるだけで、いろんな感情や思考が行き来しているのは同じことです。


人から何か言われて落ち込んだり、自分でも嫌になるような歪んだ思考が現れたり、気分がいいときもあれば、腹が立ってイライラする時もある。

精神的な日常は何も変わりません。


富裕層と呼ばれる人も、貧困生活を送る人も、「いま」どんな気分でいるかが幸・不幸の分かれ目です。

どこまで行っても同じこと。

マインドが描く幸せな状況と、実際の幸せは違うのです。


理想的な状況になれば幸せだというのはマインドの空想に過ぎず、その理想を生きる生身の自分が、いまと同じ自分だという視点が欠けています。


自我(分離意識)を生きている限り、どんな環境を手に入れようと欲求不満は残ります。

そしてその欲求不満を解決するために、さらなる理想を追い求めます。

その姿は、何も持っていなかったころに理想を追い求めていたのと何も変わりません。

結局はどこまで行っても同じだし、いまの自分以上には幸せになれないのです。



本当の幸せは「いま」の中に隠れています。

実際は隠れていないのですが、僕たちの目が遠くを見ているので見えなくなっています。


いまここに寛ぐことから始めましょう。

マインドが約束する幸せな未来など来ないことを見極めて、潔く諦める。


そのとき初めて人は「いま」に向かうことができます。

そして、最初からそこにすべてが備わっていたことに気づくのです。

そうやって目覚めが始まっていきます。


これが僕からのメッセージです。


・・・・・・


いつもコメントを書いてくれる人たちがいますが、このブログには意見も反論も補足も必要ありません。


もし何か役に立ったら「ありがとう」の一言だけで嬉しいです。











  


Posted by Toshiro Abe at 09:26Comments(26)

2024年03月18日

凄い時代

昨日の記事に頂いたコメント


>自らが「仏」たることを思い出して、更にその精神に生きる時代・・・それが「凄い時代」であると私は想う。。。 ぽよぽよ~~~。


まさにそのとおり。

このような解釈ができる人は宗教家の中にも少ないです。

彼らは釈迦や経文に恐れ入っていて、それを学ぶことが正しい姿勢だと信じているからです。

宗教家がそうなのだから、宗教にすがってきた民衆に救いの可能性はありません。






昨年の暮れに、宗教界のリーダーや文化人たちが集まる会に招かれて、発言の機会を得ました。

そこで


「真理を語る場に社会の肩書を持ち込んでいる時点で失格だ。

宗教こそが我々を真理から遠ざけてきた。

権威や伝統を振りかざして民衆を惑わしてきた。

この罪は大きく、いまこそ素直に謝るべきだと思う。」


というような発言をしてきました。


場は息を呑んだようになり、当然反感も買いましたが、一部の参加者からは「よく言ってくれた」という意見も貰いました。

あのような場で僕に賛同するのは勇気がいたと思いますが、これも時代が変わり出した証しだと思います。


現代は外側の権威に惑わされるのではなく、自らの仏性(ぽよぽよ)を生きる時代です。


そんな時代に生まれたことを喜び合い、まさに今日という日をぽよの精神で生きましょう。

でも人は一人だと自らの思考の世界で完結してしまう。

だからサンガが必要なのです。


宣伝するわけではないですが、今日の最後に「ぽよぽよサンガ」を宣伝して終わるとします。(笑)







  


Posted by Toshiro Abe at 10:50Comments(6)

2024年03月18日

どこまで行っても同じこと

一昨日の記事ですが、まだまだ補足したいことがたくさんあります。


「あなたはいまより幸せにならない」


そもそも「あなた」って何を指しているのでしょう。

このことを理解するだけで、人生は逆転しますよ。

もう同じ生き方はしなくなることでしょう。


とまあ、含みを残したまま今日の記事はおしまいです。


  


Posted by Toshiro Abe at 09:30Comments(6)

2024年03月17日

開講偈

放っておけば、まず間違いなくマインドが作り出したストーリーにハマっているはずです。

そしてそれを現実だと思っている。

そこにいくばくかでも真実があればいいけれど、それらは完全に「夢」です。

だから繰り返し気づくしかありません。


このような指摘を一笑に付してしまう人には、何も言うことはありません。

でももし何かを捉えだしたとしたら・・・それは実に稀なことだと言っておきます。





無上甚深微妙法 

百千万劫難遭遇 

我今見聞得受持 

願解如来真実義



僕たちは凄い時代に生きているのですね。


今夜は恒例の日曜瞑想会。

21時からコチラです。






  


Posted by Toshiro Abe at 09:30Comments(6)

2024年03月15日

ゴーマンかましてよかですか?

人間の皮肉は、いまよりもっと幸せな未来に向かいたいという願い自体が、自分をいつまでも満たされない思いに繋ぎ止めていることです。

人生がどこにも向かっていないことを見抜けば、人は初めてあるがままのいまと向き合うことができ、真に望んでいる安楽を得ることができるのです。


以前、まだ会場で講演会を開いていた頃、僕が口癖のように伝えていたのは、

「あなたは決して、いまより幸せにはなりません」

ということ。


ウケが悪いのは覚悟の上でした。

というのも多くの講演会は、いまよりもっと素晴らしい自分や現実を手に入れるための方法を説いていたからです。

新しい論者が出現すると、今度こそこの人が私を幸福な高みに連れて行ってくれるはずだと期待し、会場に足を運びます。


でも彼らはどこにも導いてくれません。

なぜなら彼ら自身が夢を見ているからです。


僕の講演もそのうちの一つだと思って来た人もいたことでしょう。

だから

「あなたはいまより幸せにはなれない」

なんて言葉は悲しいお知らせ以外の何物でもなかったはずです。


少しはサービス精神を持てば良かったかもしれませんが、真実だけが人を救うと思っているし、それはいまも変わりません。



どうでしょう。

あの頃僕の言葉を聞いたあなたは、いまならその意味がわかるのではないですか?

だとしたら、あなたはすでに救済の道にいます。

それともまだ、幸せな未来を描いて生きていきますか?


未来への期待は、惨めな現在に麻酔を与えてくれることでしょう。

でも麻酔は眠りであり、何かを解決してくれるわけではありません。


たとえいまがどんなに苦しくても、この苦しさと向き合った時初めて、苦しみが幻想であることを知ることができます。

この理解こそが根本的な救済です。


「いまここ」がその秘密であり、瞑想こそが真実への道だと、今日も同じことをお伝えして終わります。








おいちゃんのそばにいなさい!

おいちゃんこそが救世主だから!










  


Posted by Toshiro Abe at 09:06Comments(17)

2024年03月14日

TAO 21

思考を使わないでいるようになると、あらゆる分離が消えてすべてはただ同時に存在しているでしょ。

最初のうちは難しいけれど、必ずできるようになる。


このような文章を読みながらも、内容を判断したりする人もいて、なんだかんだと意見を言いたくなったりして(笑)


書き手は無力だけど今日もポイントを記しておこう。


これからの人生は、ぽよぽよ。

21世紀の老子だね。












  


Posted by Toshiro Abe at 08:59Comments(9)

2024年03月12日

他人の目

もし50人があなたの周りにいるとすると、そこには人数分のあなたがいます。

50人それぞれが、心の中で作り出しているあなたです。

そこにはいろんなあなたがいて、いい人だったり、近づきにくい人だったり、評価もまちまちでしょう。


どれが本当のあなたなのか。

どれもあなたではありません。

それは各自の心の投影だからです。


あの人は私のことをどう思っているんだろうって、そんな不安を抱える時もあるかもしれませんが、一つ言えるのは、その人はあなたを見たいように見ているということ。

たぶんあなたが想像しているのとは違うことでしょう。





あなたはどんな人でもありません。

その瞬間どんな人だったかということが、入れ替わり立ち替わり表れているだけです。


僕たちは誰一人、どんな人でもないのです。

だから人の評価を気にせずに、力を抜いてあるがままのあなたでいてください。


少なくとも僕は、あなたが何でもいいです。








  


Posted by Toshiro Abe at 09:28Comments(9)

2024年03月11日

瞑想の極意

昨夜の瞑想への導入で、ボブさんがサラッと

「期待しないこと」

と言いました。

ともすれば聞き逃してしまいそうな言葉でしたが、実はこの一言はとても重要です。


何度瞑想しても実感が湧かないという人の多くが、これを理解できていません。

良い瞑想、深い瞑想、静寂の瞑想、無の境地、といったイメージを追いかけることで、それらを損なっているのです。


ボブさんが言うように、「期待しない」ということを徹底すれば、知らないうちにそれが実現しています。

期待を持てば、何とかそれを実現したいと無意識に頑張りだすことでしょう。

何度もマントラを言い続けたり、集中しよう、深く入ろうと力が入るのです。

なぜなら、なんでも自力で成し遂げるということが癖になっているから。


でも事実を言えば、瞑想は自分がやることではなく、彼方から起きてくることです。

手に入れようとすれば遠ざかり、期待せずに諦めた時に手に入っています。


何もしないで、一切を手放す。

これを老子は



「無為の最奥を極める」

と言いました。

これこそが瞑想の極意です。


風の時代と呼ばれる現代は、瞑想だけでなく自力でがんばらないことを通して何事も成就していくことを学ぶ時代です。

そもそもあらゆることは「起きている」のであって、誰かがやっているのではありません。

究極の真実を言えば、誰もいないのだから。


でもそこに「わたし」という自我が現れ、自分が現象をコントロールすれば、よりよい現実を作れると信じます。

したがって今の時代は、いかに流れを信頼して任せるかを学ぶ時代と言えるでしょう。


もちろん自我は抵抗します。

そんなことをしたら大変な事になってしまうと騒ぎます。


いかに自我をスルーして、全体に任せられるか。

瞑想は、何もしないということの基礎レッスンです。


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2日前に案内を始めたスーパーパゴダマントラですが、とても多くの人たちが申し込んでくれて身が引き締まります。

ここにも時代の変化を感じます





  


Posted by Toshiro Abe at 09:31Comments(6)

2024年03月10日

思考から離れるということ

楽しい時や幸せな時って、あまり思考を使っていませんよね。

ただ楽しいし、ただ幸せ。

たぶんゴチャゴチャ考えていないはずです。


一方で悩んでいるときは考えが渦巻いています。

しかも堂々巡りで行き着くところもない。


どうやらこのあたりに、僕たちが快適に過ごすための秘訣が隠されていそうです。


結局のところ、修行と呼べるものの本質は「考えない練習」なのだと思います。

禅では「成りきる」という言い方をします。

考えを持ち込んでいまと分離するな!ということです。





今夜の日曜瞑想会は沖縄から智子さんと一緒に、さらにはボブ・フィックスさんともオンラインでつないで、ゴールデントライアングル(?)でお届けします。

お時間がある方は今夜も一緒に過ごしましょう。

サザエさん症候群の方もお待ちしています(^^)



21時からコチラです。

https://youtube.com/live/5h3LRJX_GBQ







  


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2024年03月09日

人生無駄なし

久しぶりに一週間続けての投稿です。

連投することはもうないと思っていたけれど、始めてみると面白い。



昨夜の「阿雲の呼吸」で雲黒斎さんが、

「人が物事をありのままに見れないのは、チェックシートを重ねて見ているから。

シートを外せば本当の現実が見えてくる。

それが六根清浄です。

阿部さんはチェックペンって知ってます?」

って。


知っているも何も、この製品が発売されたときのCMソングを担当したのは僕だよって、久しぶりに歌ってみせました。


そしたら今朝の彼のFBに当時の唄をアップしてくれているという連絡が入って、見てみたら何と若々しい声。


あの頃はCMソングを作ったり歌ったりするのが楽しくて、ずいぶんたくさんの唄を作りました。

でもこの男は何をやってもすぐに飽きてしまって大成しない。

何もかもが中途半端。


その中途半端だったすべてが、いまの活動に活かされています。

人生無駄なし。



それでは阿部君の20代の唄声をどうぞ。





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昨日ご紹介した「スーパーパゴダマントラ」の詳細はコチラです。

















  


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2024年03月08日

宇宙的錯覚

最近は毎日が楽しいです。

理由は楽しいことを選んで活動しているからだと思います。


昨日も突然思い立ったようにオンライン瞑想会を開きました。

日曜瞑想会とはだいぶ中身が違いますが、日常の中で思考を遮断し、永遠の自分を感じていくコツのようなものを分かち合いました。

永遠とは、とてつもなく長い時間の事ではなく、時間を超えた次元の事です。

そこにすべての人の実相が隠れています。


人間が陥った皮肉は、本来宇宙大の存在である自分を、とてつもなく小さな存在にまで凝縮して、自分が身体の中に存在していると勘違いしてしまったことです。

巨大恐竜が自分を蟻だと勘違いするより、もっと極端なことが起きています。


よくもここまで神を貶めたものだ。

まさに宇宙的錯覚です。


本来我々は宇宙よりもっと大きく、もっと偉大な存在なのです。

宇宙がなければ自分は存在できないと思うかもしれませんが、実際はあなたがいなければ宇宙は存在できません。

あなたは宇宙から生まれたのではなく、宇宙があなたの中で創造されているのです。

言葉にすると変な感じですが、この表現が一番真実に近いと思います。

これは知的に理解できることではなく、経験的に納得することです。






さて話は変わりますが、昨年の秋分の日にパゴダというマントラ瞑想をボブフィックスさんが伝授してくれました。

この激動の時代に、変化に翻弄されることなく安定した自分を保っていくためのものです。

新しいマントラを取得した人からは、毎回のように感謝のメールをいただくのですが、このパゴダマントラは、その数が突出していました。


そうしたら先日ボブさんから連絡があり、さらにパワーアップしたパゴダマントラを提供したいとのことでした。

そこで来たる春分の日に急遽ボブさんにお願いすることにしました。


このマントラはいつでも受けられますが、このようなイベントの際は破格な料金で受けられるので、ここでも紹介しておきます。

明日から受付開始なので、また明日ご案内します。


思考に巻き込まれる時間を減らしていくことが、アセンションの流れに乗る基本だと思っています。


宇宙より偉大な私たちに、乾杯!






  


Posted by Toshiro Abe at 09:30Comments(7)

2024年03月07日

PERFECT DAYS

規則正しい生活をしてみたい。

そう思ったのは映画「PERFECT DAYS」に影響されたからかもしれません。

先に観ていた向禅師が、「この映画はまさにZENの心だ」と言うので、久しぶりに映画館まで足を伸ばしたのですが、とてもいい映画でした。


一人の男の日常を、ただ淡々と描いただけの映画で、ハリウッド映画のような娯楽的な仕掛けは一切ありません。

でも、現代人が忘れてしまった大切な生き方が滲みでていました。

まさに「ぽよぽよ」の生き方。



主人公は毎朝決まった時間に起きて、出勤のために安アパートのドアを開けて、空を見上げてニッコリします。

このシーンだけは、「あっ僕と同じだ」と思いました。

僕も毎朝、古びた家の玄関を開けて、目の前にある一番好きな山を見上げてニッコリします。

自覚はなかったけれど、毎朝ニッコリしていたことに改めて気づきました。


ただ主人公のように毎日が同じ繰り返しではなく、寝る時間も起きる時間もまちまち。

それを同じような時間に起きて、同じような時間に瞑想するように心がけてみました。


このことの変化としては、なぜか朝の瞑想が終わると、何かを書いてみたくなること。

以前は毎朝ブログを書いていたので、その頃の名残りなのかもしれません。

頭がすっきりしているからか、よどみなく言葉が出てきます。



今日で5日目。

書くことが楽しいです。

あと何日かは続けてみたいです。


今日もあまり考えることなく、ただ「いま」を生きようと思います。

仕事も活動もいままでの人生で一番充実していますが、これはひとえに運が良かったからでしょう。

これからも運を味方に「ぽよ」を生きることにします。


運がいい人というのは、「自分は運がいい」と思っている人の事です。

本当はみんな運がいい。

だってこうして生かされているのだから。



日々是好日







  


Posted by Toshiro Abe at 08:50Comments(7)

2024年03月06日

エッセイ 「やさしさの時代」

三丁目の夕日という映画が話題になったころ、「昔は人情があって良かった」という話をする人がいましたが、実際に当時(昭和30年代)を生きて、その実態を記憶している人からすれば、「昔はよかった」とは言い切れません。

僕の記憶では、確かに近所のオジサンやオバサンは、自分の子供でなくてもあれこれ干渉してきたし、そのような意味では誰とでも交流がありました。

が、おしなべてみんな不機嫌で、いつも腹を立てていたように思います。


もちろんその時代ならではの味わいもありましたが、いまのほうがずっとマシだと思います。

いまも世の中への不満は絶えませんが、良くなっていることも忘れないでいたいですね。





僕が青春を迎えたころは、先輩たちは学生運動に精を出し、難解な共産主義の本を小脇に抱え、いつも何かを怒っていたし、喫茶店に入っても店員は冷ややかで、コーヒーを注文するのもビクビクしたものです。

あれから半世紀近くが過ぎ、いまの社会のムードはだいぶ変わりました。

コンビニに入っても、お店に入っても、若い店員たちの態度を見ると、世の中そのものが優しくなってきたと感じるのです。

たぶん衣食住が安定し、物にあふれる時代に育ったということもあり、欲というものの質が変わったのでしょう。


と同時に、子供たちの質も違ってきていると思います。

愛という言葉をあえて出さなくても、愛を基盤にした世代が増えてきたように思うのです。

これがアセンションの目に見える実例なのかもしれません。


昨夜の雲黒斎さんのサンガ講演で、「アセンションとは愛に向かう事」という話をしていましたが、全くその通りで、愛とは全体意識に属するものであり、分離した自我意識の対極にあります。

そのような意味では、いまの若者や子供たちから学ぶことは沢山ある気がするのです。

彼らはアセンションを生きる世代であり、最初からその素養を持って生まれています。


そこに対して愛のない世代で育った大人たちが、厳しい世の中を生きるための自立心を育てようと、愛から自我への教育をしているようにも見えます。

子供を心配する親心は分りますが、知らず知らずに魂を殺してしまうような教育をしている人もいるのではないでしょうか。


不登校児童はこれからも減らないと思います。

このような現象を子供の忍耐力のせいにしないで、彼らが参加したくない社会を作ってきたことに目を向けられたらと思います。



これからの時代はますます愛に向かって動き出していくことでしょう。

僕たちもそんな流れに乗って、これまでの人生で溜め込んだ心の傷を少しずつ癒しながら、心優しくあることを目指していきたいですね。


博識でなくても、立派でなくても、心優しい人が一番好きです。







  


Posted by Toshiro Abe at 10:57Comments(9)

2024年03月05日

白龍とともに

今日の天河は冷たい雨が降っていて、春の気配もどこかに消えてしまいました。

思えば導かれるようにしてこの地を訪れたのが平成元年3月、あれから丸35年が経ちます。

それがまた令和になってこの地に導かれてきました。


ここは龍神の里。

実際に龍のパワーと存在を感じています。

不思議なことばかり。

不思議は不思議のまま、わからなくてもいいと思っています。





山奥のそのまた奥にあるこの小さな集落は、一通りの享楽を味わってきた身としては物足りないはずなのに、こんなひなびた古民家での暮らしに幸せを感じるのだから、人は変われば変わるものです。


今日もこうして一人静かに過ごしています。

いつも穏やかな気持ちで生きられるのは瞑想のおかげ。

どんなに高い境地にいる人にとっても、瞑想は必須習慣のはずです。

仏像として現わされた覚者も、たいていは瞑想姿で描かれています。

彼らも日常を瞑想して過ごしていたのでしょう。


瞑想は修行などではありません。

余分な思考や感情を静めてくれる休憩所のようなもの。

安楽の法門と呼ばれる所以です。



いまの心境を書き残してみたくなり、ありのままを記してみました。



日々是好日







  


Posted by Toshiro Abe at 12:12Comments(8)

2024年03月04日

幸福論

昨夜のオンライン瞑想会の後半は質疑応答の時間でした。

その中で、僕にとって新鮮な質問が幾つかありました。


たとえば

「阿部さんはいま幸せですか?」

というもの。


このようなことは意外と聞かれたことがないのですが、出てきた答えは


「『幸せ』という言葉は、自分が幸せではないと感じる人のもので、幸せな人はそのことに気づかないのでは」

というものでした。



太宰治は

「幸福感というものは、悲哀の川の底に沈んで、幽かに光っている砂金のようなものではなかろうか」

と書いています。


「幸せ」とは不幸な人が持つ幻想。

そんな気がします。



そこでこう言い直しました。


「幸せかどうかはわからないけれど、不幸ではないと言えます」



でもその直後、質問者の気持ちに素直に従おうと


「はい、幸せです」

と言い直しました。



( ̄д ̄) 最初からそう言えよ!







僕たちに必要なのは、幸せを求めることではなく、何故いま自分が不幸なのかを調べてみることだと思います。

真実から言えば、不幸の感覚のすべては「自分」という幻想に固執しているところから生じています。

早い話が不幸とは自我の影みたいなものです。


自我への囚われがなければ、いつもただ起きることが起きているだけであり、そのありのままの中に幸も不幸もありません。

訪れる感情も思考も、ただそのようにあるだけで、全ては変化しながら過ぎ去っていきます。

感情は存在のムードを作るけれど、そのムード自体が自分ではありません。

言ってしまえばムードがあるだけで、それを「体験している自分」はいないのです。


結局は分離した自己の視点から人生を捉えているのか、愛の視点から捉えているのか、その違いなのだと思います。

自分の不幸を外側の出来事のせいにしているうちは、救われる可能性はありません。


外側に見える世界をコントロールしようとするのではなく、自力を手放して、存在の流れを信頼し委ねること。

これが安楽への道だと思います。




今日も一日、いろんな思考や感情が来ては去っていくことでしょう。

ただそれだけのことです。








  


Posted by Toshiro Abe at 09:25Comments(12)

2024年03月03日

じゃあね

僕の目を心配してくれてありがとう。

お医者さんに診てもらったら、深刻な病ではなく、放っておけば大丈夫とのことでした。

でも今回のことで、身体はいつまでも丈夫のままではないということに気づけて良かったです。


人間とは不思議なもので、歳をとるとそれなりに死への覚悟のようなものが芽生えるみたいです。

こんな僕も自然に「終活」を意識し始めました。

旅立つ前にいた場所を整えておくというのは気持ちがいいですね。

そんなわけで、そろそろ終活にとりかかろうと思いながらも、後々になっている今日この頃です。


残された日々が少なくなっても、マイペースでのんびり生きるのは変わりません。

これからも同じように時が流れ、いろんな感情が来ては去っていき、こんな調子で「じゃあね」って終わるのだと思います。


最期の言葉は

「じゃあね」

あっ、これいいかも。






エキサイティングという言葉は、「ワクワク」だけでなく、「ワクワク・ドキドキ」の両方だと聞いたことがあります。

まさに最後の瞬間を迎えるのは「ワクワク・ドキドキ」ですね。。


人生で初めての体験だから「ワクワク」

人生で初めての体験だから「ドキドキ」


みんな公平に一回ずつ味わえる。


味わった後はどうなるかって?


どうにもならないと思いますよ。

だって肉体は死んでも、本質は死なないから。




今夜の日曜瞑想会、アドレスはこちらです。

https://youtube.com/live/1EVFvtbG_FQ



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このあと10時からは、「What's Holy Spirit?」

サンガのみなさんは会員サイトの「ライブハウス」に来てください。

今朝は僕が一人で担当します(^^)








  


Posted by Toshiro Abe at 09:00Comments(12)

2024年02月25日

久しぶりに不調報告

いつも元気だけが取りえなのに、今日は調子がいま一つ。

というのも、右目の視界に墨で描いたいたずら書きみたいなものが出てきて、前がよく見えない。

目をこすっても関係ないから、目の奥の方に原因がありそうです。


飛蚊症の症状とよく似ている。

昔はこんなことがあっても一日で治ったのに、今回は1週間くらい続いています。

これって目の疲れかなァ。


みなさんはそんなことないですか。





思い当たることと言えば、最近はモニターを見る時間がめっきり長くなったこと。


こういうときに、普段いかに身体を大事にしていないかわかりますね。

人って、何かが上手くいかなくなって初めて気が付くこともある。

もっとこうしなきゃって。


それでいて、のど元過ぎれば熱さ忘れるんだから(笑)



なにはともあれ、今夜21時は日曜瞑想会。

調子のいい時も、そうじゃない時も、一緒に瞑想できて嬉しいです。


https://youtube.com/live/uLL2TgDavuo








  


Posted by Toshiro Abe at 11:59Comments(16)

2024年02月18日

最短コース

どんな日曜日をお過ごしですか。

いま何をしているにせよ、心静かでありたいですね。


僕らの内側で騒がしく動き回る思考は、単なる混乱の表現であり真実ではありません。

この内側の声が、もっとも大切な本質を隠してしまっています。


実際に人生でやるべきことは、その本質と共に在ろうとすることだけです。

何故なら、それだけがリアリティであり、その他は全て幻想(夢)だからです。

今夜も21時から、そのポイントを分かち合いたいと思います。

https://youtube.com/live/MUDhJ3swiT8







さて、お待たせしていた「ぽよぽよサンガ」へのご案内が今日からスタートしました。

この案内ページには「ぽよぽよサンガ」のたくさんのコンテンツが紹介されていますが、サンガの目的は「ぽよ」(本質)を生きることであり、コンテンツ群はその下地に過ぎません。


そんな「ぽよぽよ村」への入村は、この案内ページから可能です。

とてもリーズナブルで、いまは入会費も無料です。


この看板からお入りください。





ほんの小さなシフトが、人生最大の目覚めへと繋がっています。

この会は目覚めへの最短コースだと思います。


阿部敏郎






  


Posted by Toshiro Abe at 13:11Comments(10)

2024年02月11日

時間の世界から「いま」へ

ほんの少しものの見方を変えるだけで、人生観が一変することもあります。

たとえば、「実際には人生はどこにも向かっていなかった」という気づきです。


この一言に深く納得した時、生き方そのものが変わります。

物語の主人公から、いまを生きる命に変わるのです。

そして瞑想の本当の意味を知ります。


そんなことを思いながら今夜も瞑想会をします。

https://youtube.com/live/pH7CVyzQAno










  


Posted by Toshiro Abe at 12:35Comments(11)

2024年02月04日

立春の今日、スタートしました

今日は立春。

またすべてが新しく始まっていきます。

この良き日に、ZENサンガは「ぽよぽよサンガ」に生まれ変わりました。

僕も「阿部敏郎」を捨て、今日からは「ぽよヨン」として活動を始めます。

ヨン様とお呼びください。


ちなみに「ぽよぽよ村」の住人は、みんな頭に「ぽよ」が付く名前を持ちます。

たとえば翻訳家の山川紘矢・亜希子夫妻は、「ぽよじい」「ぽよばあ」

かっちょええ~!!!


量子物理学者の船井正太郎さんは

「ぽよ博士」

そのまんま!

といった具合です。






「ぽよ」とは誰もが持つ高い次元の意識のこと。

愛、真理、目覚め、宇宙意識、ハイヤーセルフ、神、仏性・・・いろんな名前で呼ばれてきた存在の総称です。

形だらけで愛を忘れた地上世界を、「ぽよ」の精神で生きてみようという仲間たちの村です。

もっと成長したら「ぽよ」になるのではなく、「ぽよ」を生きようとすることで、この二元の世界の幻想から目覚めようという訳です。

まさかこんな自分がと思っている人も、本当は最初から祝福され見守られていたことを知ることでしょう。


時代そのものが人間の意識を押し上げようとしていて、その波に乗っていち早く未来文明を生き始めようと考えました。

それが今日の立春の日からスタートします。

入村希望の皆様へのご案内は、近日中に紹介します。


今夜は日曜瞑想会です。

https://youtube.com/live/TXB1Yshibyk











  


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